俺はこの「手」で世界を救う!
第56話
「まずは早急に隊長を決めなければいけない。この隊長という役職は、僕の考えるに十二人を一つに纏め上げる統率力は勿論、頭脳、力にも優れているものが望ましい。そういう点では、僕としてはできれば……一年一組一番のアナスタシアさんに担ってもらいたいのだが」
ローソ君の仕切りで話が進められる。
アナスタシアを隊長に?
「私からも注文させていただくと、攻撃タイプのスキルの方がより望ましいかと。私のような補助タイプですと後方支援に徹した方が効率がよろしいですし、先頭に立って皆を誘導することもあろう隊長には、不適格と言えますわ」
マリアネットさんが手を挙げ発言する。
「その点、アナスタシアさんのそのスキルは相手の力を吸収するだけでなく、それを誰かに分け与えることもできるとか。頭脳明晰で、芯もしっかりしていらっしゃる。十二歳とは思えないまさに才女ですわ」
最上級生の二人はアナスタシアのことをべた褒めだ。
「えっ、そんな、私なんかが!」
指名された当人は慌てて否定する。
「私も、アナスタシアさんがいいかな、なんて。王女様という高貴なご身分なのに、学園内では私たちのような街で暮らしていた一般人にも気さくに話しかけてくださっているみたいで……貴族様って少し苦手でしたが、貴女なら信頼できます。あ、別に他の方が信頼できないと言っているわけじゃ!」
と言うは、二年のフィエさんだ。最後らへんはわたわたと話していたが、こちらもアナスタシア派のようだ。
「私も……スタシアちゃんがいいかな?   こんな私にも優しく接してくれるし……」
三年生のモアさんはアナスタシアと仲が良いらしく、この二週間という短い期間でだいぶ打ち解けたとアナスタシアは言っていた。
おっちょこちょいなところもあるが、良い娘なんだと。こちらは能力等ではなく、純粋に友達であるアナスタシアに率いて欲しいと思っているようだ。
「フィエさん、それにモアまで!」
皆示し合わせたようにアナスタシアの事を推す。
「お、俺も……アナスタシアさんが適任だと思うぞ!」
そして、トルツカ君も。顔が赤いままだし言い方が張り切りすぎなような気もするが。
次々と味方が減っていくアナスタシアは俺のことを縋るような目で見る。
「く、クロンさん……」
「いやあ、ははは!   まあ、アナスタシアは一年生だからなあ……」
「じゃ、じゃあ」
ぱあっ、と顔が明るくなる。が
「だが隊長は年齢に関係なく適格のある人が就くべきだよな!   アナスタシア、よろしく」
俺がそう言い切ると、一気に絶望の表情へと堕ちた。
「クロン、さん……!」
うるうると泣き顔で俺のことを見つめてくるアナスタシア。
「何事も経験だろう、な!」
他のみんなもウンウンと頷く。嫌、あなた達も実はなりたくなかったとかじゃないですよね?   本当にアナスタシアが適任だと思って推したんですよね?   特に言い出しっぺのローソ君とかさ。
「ぷいっ!」
口でそう言い、横を向いてしまった。
「アナスタシアさん、これは我輩含め皆君が頼りになると確信しているからのことなのである。ローソ君のいう通り、一年生といっても心の強さは人一倍あるし、教養もある。それに男女間の差もなく接せられることも強みと言えるのである」
五年生のギャザラク君は片足のかかとを上げ膝を少し突き出し、両手を変な動かせ方をさせ、中空を見つめながらいう。
「パフルもぉ、アナスタシアちゃんなら安心して任せられるなぁっ!」
パフルさんがキャピっと効果音を出し人差し指と中指の間から片目を出す。あざとい。ほら、ローソ君が頬を少し赤らめているじゃないか。眼鏡を指であげる速度が上昇しているぞ。
「ぼ、ぼくもっ!   あああアナスタシアさんが……すみませんっ」
四年生の少し気弱な男の子ガルーチョ君が、同じ四年生のパフルさんの勢いに続けて少し長めの前髪から目を覗かせながら、おずおずと片手を上げていう。が、アナスタシアの半眼に睨まれてすぐに顔を下に向けてしまった。
アナスタシア、俺でもその顔は怖いぞ。
「私も……貴女を推薦する」
五年生の、プッチーナと似た大人しめな雰囲気の娘テーズラさんは、一言そう言う。
最後に残った一人、プロスクキシタシス辺境伯家の清楚なお嬢様、ヴェナテリスさんは。
「私は……反対です」
え?
「ごめんなさい、別にアナスタシアさんのことが嫌いだとか、認められないだとか、そういうことではありません。ただ、家の都合で反対しなければならないもので……要は立場の問題ですわ」
「立場?」
「そうか……プロスクキシタシス辺境伯家は、ロンデル王国との国境にある、副首都イシホンスチを代々統治する家系。今の御当主、ヴェナテリスさんのお父様はロンデル王国を少し見下す傾向があるらしいからね」
ローソ君が皆に説明をする。博識だなあ。
「少しではありません、大分です……ですので、例え勇者候補の皆さんの前であろうとも、ロンデル王国の、特に王女殿下であらせられるアナスタシアさんに少しでも甘い顔をしたことがバレれば……というわけで、形だけでも否定させていただきます」
ヴェナテリスさんはアナスタシアに頭を下げる。対するアナスタシアは、悲しそうな顔をしながらも特に反論はしなかった。
「他の方の中では……ローソさんを推薦致します」
「ぼ、僕かい?」
「はい、先程からこの場を取り仕切っていらっしゃいますので。それに最上級生で、スキル名からも分析系統とお見受けします。戦場で皆を指揮する資格は十分お持ちなのではないかと」
確かに。
「これで最後はアナスタシアさん本人だが……」
ローソ君は冷や汗を一筋垂らし、話題を変えようとアナスタシアに話を振る。
「クロンさんを推薦しますっ!」
ええっ!?
「お、俺?」
「べーっ」
それだけ言うと、先程とは違う意味で舌を突き出しそっぽを向く。おいおい、なんで俺だけにそんな怒るんだよ?
「あはは……こほん、じゃあ、九対一対一、ということでアナスタシアさんが隊長ということでいいかな?」
ローソ君の言葉に、アナスタシアとヴェナテリスさん以外の皆が頷く。
「じゃあ、アナスタシアさん!   よろしくお願いするよ」
「はあ……決まってしまったものは仕方ありません。責任は全うさせていただきます……」
こうして、満場一致、とまではいかないものの、アナスタシアが今回のミナスティリアス帝国軍討伐遠征隊別働隊長と決まったのであった。
「よし、決まったようだな!   じゃあ、昼食をとって、昼一時からは予定通りスキルの見せ合いとしよう。皆、遅れないように!」
ガルムエルハルト様が客席から叫ぶ。
『はい!』
皆ぞろぞろと模擬戦場を後にする。アナスタシアはぷりぷりと怒っているが、何故か俺の後をついてきた。
と、モアさんがトテトテと音を立てながら俺たちに近づく。
「あのあの、私も一緒によろしいでしょうか!」
「え?」
モアさんは身体の前で両手で小包を持っている。
「大丈夫ですよ、ね、クロンさん?」
アナスタシアは怒り顔から一転、笑顔で応答する。
「ああ、俺は別に良いが」
俺もアナスタシアも弁当だしな。
「ありがとうございましゅ……す!」
噛んでしまった恥ずかしさからか、顔を赤くし俯く。
「うふふ、行きましょうか」
「そうだな」
「は、はうぅ……」
俺たちは三人、模擬戦場近くの木陰へ向かう。
「クロンさんがあんな意地悪だなんて思いませんでした。ね、モア?」
「えっ?   あのあの……」
「おいおい、まだ怒っているのかよ」
「当たり前です!   本当に私が隊長に適任だとお思いなのですか?」
不安そうな、それでいて怒ってもいるような微妙な顔をするアナスタシア。
「ああ、そうだが?   別にその場のノリで言ったわけじゃあないぞ。アナスタシアはしっかりしているのは間違いないし、頭も良いからな。学年一位の力は嘘をつかないだろう。ですよね、モアさん?」
「えと、その!」
モアさんはわたわたと手を動かし落ち着きがない。
「そんなに慌てなくても大丈夫よ。クロンさんは優しい人だから……私以外に」
「そ、そう、ですか?」
「俺は、アナスタシアにも優しく接しているつもりなんだがなあ」
適当な木陰を見つけたので、俺、アナスタシア、モアさんの順で横に並んで腰掛ける。
「ぷいっ!」
アナスタシアはモアさんの方へ顔をそらし、またあの頬を膨らます仕草をする。
「だからそれ口で言う必要あるのか?   まあ、可愛いから良いけどさ」
「か、かわっ!?   女たらし!」
今度は慌てて俺の方を振り向く。
「はあっ?   そんな赤い顔で言っても説得力ないぞ」
「た、確かに……スタシアちゃんは女の私から見ても、可愛いと思うよ?」
「モアまで!」
「あうあう」
目をバッテンにし彼女の肩を揺らすアナスタシア。モアさんは可愛らしいうめき声を上げる。
「まあとにかく、選ばれたからには頼むよ、な?」
「はあ……わかっていますよ、責任はきちんと果たします!」
揺するのをやめ、一つため息を吐く。色っぽい中にも子供らしさが混じっておりなかなか……ごほん!
「スタシアちゃん……ごめんね?」
縋るような目つきで謝るモアさん。
「うーうん、モアちゃんが謝ることはないよ?   悪いのはクロンさんだから」
「うにゅう……」
ま、まだ許してもらえませんかそうですか。
アナスタシアって、モアさんにはタメ口なんだな。
「ごめんよ、な?   この通り!」
両手のひらを顔の前で合わせ、頭を下げる。
「……はあ、わかりました。私もそこまで怒っているわけではありません。ただ」
「ただ?」
「トルツカ君の件のときには助けてあげたのになあ〜、なんて……」
そういうことか……これは申し訳なかったな。
「なるほど、確かにそれはすまなかった。俺も今回はアナスタシアを擁護する側に回るべきだったよな」
「べ、別に強要している訳ではありませんよ?   ただ、少し寂しかったのです」
「本当に、ごめん!」
「じゃあ……お詫びをしてください」
「お詫び?」
「あっ、あたあた頭を……撫で……やっぱりなんでもありませんっ!」
人差し指をツンツンとつき合わせながら呟くアナスタシアだが、頭を振って話を打ち切ってしまう。
でもそれくらいなら、いくらでもしてやるのに。
「ほら、これでいいのか?」
「ふえっ!?」
「わ、わあっ……!」
アナスタシアの耳にかかる程度の長さの、さらさらな金髪を優しく撫でる。
「い、嫌だったか?」
ビクッと身体を跳ねさせたので、一度手を離す。
「いえ、続けて、くださいっ」
だが俺の手を取り、自分の頭を押し付けるので、撫でるのを再開する。
「……むふぅ」
目を瞑り、鼻から軽く息をはき嬉しそうにする彼女を見て、こっちも自然と笑顔になる。
と、モアさんが何故か指をくわえて俺たちのことを眺めていた。
「?   どうしたんですか?」
「えっ!?   あ、あの、なんでもないです!」
「あれ、もしかして、モアちゃんも……?」
「ふぇっ!?」
慌てて手を振るモアさんを見て、アナスタシアがニヤニヤとし口元に手を当てる。
「えっ、えっとぉ……その……」
「はい?」
「……わた私も、なでなでして欲しい……でしゅ、あっ、です!」
噛んだからなのかそれとも違う要素からか、顔を真っ赤にする。
「大丈夫ですよ、これでいいでしょうか?」
アナスタシアの横に座っていたのを、二人の前へしゃがむよう位置を変える。
そしてもう片方の手で、モアさんの少し長めの茶髪を軽く撫でた。
「ひぅ」
びくりと身体を一度跳ねさせる。
「あっ、痛かったですか?」
「い、いえっ!   男の人にこんなことされるの、初めてなので……」
「じゃあ、続けても?」
「はいっ!」
言われた通り”なでなで”を再開する。
「初めてをあげちゃいましたぁ……」
目をトロンとさせ”はふっ”とか”もにゅぅ”などと変な声を出すものだから、こっちまで変な声を出しそうになってしまった。
モアさんの髪を傷つけないように気をつけながら撫でていると、アナスタシアが俺の手に頭をこすりつけてきた。
「ん、どうしたんだ?」
「私の方がおろそかになっていますっ!   忘れていませんか、これは私へのお詫びなんですよ?」
「ああ、すまない。少し意識を割きすぎたようだ」
今度はしっかりとアナスタシアの頭を撫でる。
それにしても、本当にサラサラだな。アナの髪を思い出す。あいつ、元気かなあ?   でも村が本当に……嫌、そんな訳ない!
「く、クロンさん?」
「ん?」
楽しそうに鼻歌を歌っていたモアさんが不意に話しかけてきた。
「少し顔が怖いですよ?」
アナスタシアが言う。
「え?   そ、そうか?   すまない大丈夫、何でもないよ」
「…………」
何かを見透かしたような目で見てくる。そんな俺たちを、モアさんは不安げな表情で眺めている。
「本当だぞ?」
「……そうですか、私からは何も言いません、ええ」
「そうしてくれると助かるかな、ははは」
その後、キリのいいところでなでなでを終わり、弁当をちゃっちゃか食べて模擬戦場へ戻ったのであった。
さっきの一瞬で察するあたり、やはり、アナスタシアが適任だと思うなあ。
          
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