俺はこの「手」で世界を救う!

ラムダックス

第52話


「わあ、美味しい!」

「お口にあったようで良かったよ。ユグドラスで取れる木の実は美味しいとエルフ達に評判なんだ。人間がどう感じるか心配だったけど……嬉しいよ」

さらに盛られた木の実は色とりどりで、味も様々だ。だが、その全てが絶妙な美味しさを誇っている。
一緒になされた容器に入れられた水らしき透明な液体も、不思議な味だがこの木の実達ととても相性が良い。

わたしたちは客用の部屋で二人で遅めの昼ご飯を食べていた。これからまた会議だ、今のうちにしっかりお腹に収めておかないと、もし会議中になったりしたら恥ずかしいもんね。

「こちらこそ、こんな美味しい食事を出してもらって。本当にありがとうございます」

「そんな。ラビュファト様の使者様を無下に扱う訳にはいかないからね。我々ハイエルフはそれだけ君に期待しているんだよ、アナちゃん」

「き、期待……」

一気に体が重くなった……

「ああっ!   そんな顔しないで!   気楽に気楽に、ね?」

「で、でも、私も皆さんと一緒に『世界の危機』に立ち向かわなければならないんですよね?   とても気軽になんて……」

「それは、アナちゃんだけじゃない。他の知ある生き物すべてで立ち向かうものなんだ。だからこうしてわたしたちはアナちゃんを迎え入れ種族間の橋渡しとして、また神の預言者としての役割を求めているんだ」

預言者……神の声を聞ける人のことをそういうらしい。必要な時に、ラビュファト様からの声が聞こえてくるのだとか。それを伝えるのも、私の役目なのだ。

「勿論、その役割は決して簡単なものではないだろう。言えば、矢面に立たされる訳だからね。さっきみたいに、人間嫌いが染み付いてしまっている種族はエルフ以外にもいるんだ」

「そ、そうなんですか?」

私達人間は、今までの歴史の中で一体何をしてきたの?

「瘴気が溢れるという事態は、それを全てひっくり返すくらい大変な出来事なんだ。いくらいがみ合っていても、国が滅びたら元も子もない。手を取り合って、それから話し合いで解決できることを片付ければいい。変な話に聞こえるかもしれないけどね」

「いえ、私も賛成です!   この世界を救うことは、みんなが力を合わせないとできないと思います……私にできることがあれば、少しでも力になれるのであれば、お手伝いしたいです!   それに、ここでこうしてお世話になっている恩もありますし、ガイアナガラさんの手助けになれれば」

「ありがとう……」

「が、ガイアナガラさんっ」

ガイアナガラさんは目尻に涙を浮かべる。

「アナちゃん、頑張ろっ!   わたしも、王女として、人間とハイエルフの架け橋になりたい!   二人で一緒に、平和な世界を作ろう!」

「は、はいっ!」

私達は抱き合う。ガイアナガラ、凄くいい匂い……

「あと、わたしのことはガーラでいいよ!   親しい人には、そう呼ばれているから」

ガイアナガラさんはわたしの体を離す。
さっき、女王様もそう呼んでいた。なるほど、だから。

「わかった!   えと……ガーラ」

「っっっ!   か、可愛いっ!」

「ひゃあっ!」

恥ずかしくて少し俯き加減でガーラと呼ぶと、また抱きついてきた。
今度は顔をムニムニとこね、しまいにはおでこにキスをしてきた

「なっ!?」

顔が一気に暑くなる。

「あはは、やっぱり可愛い」

「やっ、くすぐったい!」

「それそれ」

「ひゃはっ、えいっ!」

二人で互いの体をくすぐり合う。私の息が上がり床に寝転がるまでそれは続いた。




「では、続きを始めよう。先ほどは、 聖女の力を使って瘴気を浄化するという話だったね。他の案はどうなっている?」

日もだいぶ沈んだ五時丁度には、あの円形の部屋で会議が再開されていた。

「まだ実現可能な案としては、強制移住です。数を絞り魔法で作り上げた瘴気の及ばない土地へ生き物を隔離するのです。勿論、どう選別するのかという問題が非常に大きい壁となります。下手をすれば戦争が起こりかねません」

「そもそも、それは選ばれなかったもの達を見捨てることになるよね?   それはこの会議の望むものでは無いはずだ。わたし達ハイエルフが世界樹の管理を任されているのは、その知恵と強大な力を持つからこそ。他の種族でもできるような中途半端な案では意味がない、却下だ」

大昔、ハイエルフは世界の管理者として生み出された種族なのだという。ラビュファト様は自らの手で全てを管理することを嫌い、生き物の自立を促した。そのため、ハイエルフに世界の中心である世界樹の管理を任せたのだという。
このユグドラスという国は、世界樹の麓の森を利用して作られている。ハイエルフ達は真上にある世界樹をラビュファト様の化身として扱い、また同時に任された仕事を全うするため何千年にも渡りこの地に留まり続けているのだとか。

そのため、ハイエルフは他の種族との交流が殆どない。それは普通のエルフが人間といくつかの問題を引き起こしたことでより顕著となった。
この世界に住まう種族の中で、今までの「世界の危機」はハイエルフによって事無きを得てきたことを知るものは少ない。人間も勿論知らない。
だが今回は私という人間種のラビュファト様の使者が現れたことにより、ガーラさんはこれを機にそういった状況を変えてしまおうと考えているのだ。

ラビュファト様の使者は預言者として約三百年ごとに現れる。それは偶然かそれとも必然か、世界樹が瘴気を発するようになる時期と被っているのだ。
今まではエルフと友好的な種族に使者の紋章が現れるものが出てきていたため、そのものと交流をすることによってラビュファト様の御言葉を授かることが出来ていた。
が今回は何故か、初めて人間に使者が現れた。ハイエルフの高名な占い師によってその出現が既にわかってはいたが、ハイエルフの情報網を持ってしても、それがどんな人間なのか掴みかねていたのだとか。

幸い、今回は事前の調べで”聖女”が有用なスキルを手にしたことがわかっている。最悪、その聖女一人だけでもどうにか招き入れて瘴気を浄化させようとしていたのだ。

だが、私が現れたため、できるだけ穏便にことを進めようとガーラさんは考えた。最終決定は議長であるガーラさんに一任されるため、人間嫌いの議員達も渋々従うふり・・をしているのだとか。
確かに、さっきのアーデースさんとゲハマさんの態度は正に渋々といった感じだった。

私がどのような預言を授かるのか。それはまだ不透明であるが故、平行して複数の案を絞り出そうとしているのだ。

因みに、前回の時は水棲族という水の大陸に住む種族に預言者が現れた。世界樹から取れる樹液と、ある場所で清められた聖水と呼ばれる綺麗な水を混ぜ薄めた『聖液セイエキ』を振りまくことにより、その蒔いた一面の瘴気を浄化することができることがわかったため、ハイエルフの知恵を結集して装置を作り、聖液を世界中に振りまいたのだという。

だが、その聖液は思わぬ形で益をもたらした。瘴気を浄化した聖液は消えてしまうのだが、作り余った聖液の上に作った畑から、とても栄養のある野菜が取れたのだ。さらに、聖液はあらゆる病気を治す万病薬としての効果があることもわかった。

ではそんなものが出回るとどうなるか。戦争だ。余ったと言っても聖液は残り少なく、種族関係なくあらゆる国が追い求め始め、軍隊を使ってまで強奪しようとした。そして多種族間で世界規模の戦争が起こり、瘴気をなくしたにも関わらず甚大な被害が出てしまったのだ。

それに反応したのか、ある時世界樹の根が地上に湧き出てきて、保管されていた数少ない残った聖液を吸収してしまい、免疫メンエキができてしまった。もう同じ手は千年以上使えない試算なのだという。世界樹が世界のバランスなるものを取ろうとしたためそうなったのだとか。

「では、殿下はどうされるおつもりで?」

「当面は最初の案を進めよう。それにここには使者様もいる。焦る必要はない、できることを着実に推し進めるだけだ」

「ですな」

議員の一人が賛同する。あの人は、親ガイアナガラ派なんだとか。

「私も、賛成」
「俺もだな」
「わっちもじゃ!」

「くっ」
「ちっ」

こう見ると、議員達は八対四で親ガイアナガラ派の方が多いみたいだ。

「よし、ではそれで決定だ!   詳しいことはまた後ほど詰めよう。みんな、お疲れ様。いこう、アナちゃん」

「あ、はい。皆さん、お疲れ様ですっ!」

ガーラさんの後について部屋を出る。

「……はあ、疲れた〜〜」

「だ、大丈夫ですか?」

ガーラさんは背中を丸め溜息を吐く。

「みんな私より年上なんだよ!?   その人達を取りまとめないといけないんだから」

「た、大変ですね」

「そうだよ……だからこうして」

「へ?」

ガーラさんが指をわきわきさせながらゆっくりと私に近づく。

「心を癒すんだー!」

「いやぁー!」

ガーラさんの部屋に帰る頃には、二人ともクタクタになってしまった。






すぅー……すぅー……

ベッドの隣でガーラさんが寝息を立てる。

客室をあてがわれそうになったが、一人でいるのも心寂しいため、結局ガーラさんの部屋で寝ることにした。あの、最初に起きた時に寝かされていたベッドは二人寝ても余るくらいの大きさがあるため大丈夫なのだ。
ガーラさんも嬉しそうに頭を縦に振ってくれたし良かった。村が焼かれ、神様に会い、ハイエルフの国では使者として崇められる。ここ最近は、普通じゃ体験できないことばかりだ。でもどれも、体験したくないようなものばかりだけど……

ただ、ガーラさんと出会えたのは良かった。女の子の友達も少なかったし、人間でいうとまだ二十歳くらいらしいからお姉さんみたいな存在でもある。出会って一日も経っていないけど、心が強くてとても頼りになる。

「んー……あな……ちゃん……」

「うふふ」

私の横で寝るガーラさんが、寝言なのか私の名前を呼ぶ。
二人で湯船がある大きなお風呂に入ったのも打ち解ける要因になったと思う。この人、いつも凄くいい匂いがするんだよね。良い香りのお花を更に良くしたような、ずっと嗅いでいたい匂いだ。
それがお風呂に入ったことで更に引き立てられている。ガーラさんの胸の位置に私の顔があるため、無意識にそこへ顔を埋めていた。

すると、頭をゆっくりと撫でられた。

「え?」

「おはよう」

「あ、ご、ごめんなさい。起こしちゃった?」

「んーん、大丈夫だよ。わたしは眠りが浅い方だから、たまたまだよ」

「そう……ふぐっ」

頭を抑えられ更に顔を押し付ける形となる。

「今はゆっくりお休み。明日から色々と忙しくなるからね」

「……はい……おやす、み……なさい」

あれ?   急に眠気が……
ガーラさんの胸に顔を埋めたまま、夢の世界へと落ちて行った。



「ではこれより聖女接触の段取りをする。わたしはこの作戦に『愛の乙女作戦』と名付けることにした!」

ガーラさんが拳を握り堂々と宣言する。

『…………』

しかし、「世界の危機」対策会議の面々は微妙な表情になった。

「あ、あれ?」

「では、『愛の乙女作戦』の詰めを行いましょう」

昨日、色々と説明していた女性が立ち上がりそう言った。この人はアリーフさんという名前だ。三百八十五歳らしい。セドゥナさんやアエズロカさん(昨日鈴の音で部屋に入ってきた一人目のほう)のように青髪だ。

元々、ハイエルフは女性が多い。この会議もアーデースさんとゲハマさん以外は全員そうだ。
セドゥナさんとアエズロカさんは王族に使える使用人の家系で、このアリーフさんもそうなのだという。なお、三人とも姉妹だ。
アリーフさんが長女、セドゥナさんが次女で、アエズロカさんが三女。アリーフさんだけは女王様に仕えており、他の二人はガーラさんに。

会議に出ているハイエルフ達十一人は、通常この国の政を補佐する立場にあり、全国民による一人一票の選挙によって選ばれている民の代表なのだ。女王様にその知恵を持って色々な助言を行いながら国を動かす。
アーデース・ゲハマ両名にも一定の支持者がいる。だからこそ、簡単に切って捨てるわけには行かないのだという。
残った一人、アリーフさんだけは、女王様の監視の目代わりの特別枠らしい。

「現在、”聖女エナ”は、グリムグラス神皇国が首都、ソプライワードの国立学園に在籍しています。ただ、今は国中を周りそのスキルの力を民に示す活動をしているのだとか。要は宗教活動ですね」

国立学園?   それって……!!

「どうしたんだい、アナちゃん」

一瞬挙動不審になる私に、ガーラさんが小声で話しかけてきた。

「はっ。い、いえ、ナンデモアリマセン」

危ない危ない、ここは我慢だ。

「ん?   そうかい」

「聖女に接触する為には、先回りをしておかなければなりません。しかし、エルフの監視部隊によるとその移動先に一貫性はなく、本人の意の赴くまま自由に旅をしているそうです。今から人間の大陸に向かってもすれ違いになる可能性は大です。機会を見計らって会うしかありませんね」

「うーん、それは困ったな。出来るだけ早期に接触したいのだが……時間が経つにつれ瘴気の濃度が高まることは確実、魔物が増えると人間達に大きな被害が出てしまう。そうすると聖女が更にあちらこちらへ引っ張られ余計と接触する機会が減るだろうね」

「仰るとおりです」

ガーラさんは人差し指をあごに当て考える。

「……よし!   飛行船を出そう!」

『!!!』

ヒコウセン?

「しかしそれは!」
「人間に見られたら大変ですぞ!」
「我らの技術の高さが知られてしまいます!」
「またエルフが拐われる……」

反ガイアナガラ派の四人が一斉に反対の声を上げる。

「でも、移動速度から考えるとそれが良いし、一緒にこの国へ帰ってくることができる。いっそのこと大々的に見せびらかして友好条約の締結に一役買ってもらうというのはどう?」

「友好条約!?」
「何を馬鹿げたことを」
「頭を冷やされるべきです、殿下!」
「私達は、人間の行いを許しはしませんっ!」

等、四人がガーラさんを非難する。
アリーフさん含め他の八人はなぜか黙ったままだ。

「殿下、ここは決議を取るべきかと。今から海峡を渡り、帝国の領土を経て神皇国へ入るのははっきり申しましてほぼ不可能です。船で向かうにしても、陸よりも時間がかかるのは必須」

「なぜそう言い切れるのだ?」

ゲハマさんがアリーフを見て拳を机にドンッと叩きつける。

「二国は戦争中だからです」

せ、戦争?

「アリーフ、その話は」

「ですが、必要伝達事項です。アナさんの村を含め、神皇国と帝国の境界にある神皇国側が開拓途中の土地にあった・・・村々は、全てミナスティリアス帝国によって破壊の限りを尽くされてしまいました」

その通りだ。それで私はラビュファト様に救われ、今ここにこうして座っている。

「これを受けて帝国側の国境に待機してきた帝国軍十二万を、単独で出撃した神皇国の第一神子が全滅させたことがわかっています」

「全滅だとぉ!?」

「じゅ、十二万もの兵を一人で滅ぼせる人間がいるというのか!」

第一神子、ってことは、ランガジーノさんのお兄さんということだよね?   しかも、次の皇帝陛下。そんな凄い人がいるのか……

「というわけで、陸路はより難しい選択肢と言えます。ここは時間を節約し、また安全を確保する為にも飛行船を出すべきかと」

アリーフさんがガーラさんを見る。ガーラさんは一つ頷いた。

「じゃあ、採択を取る!」


          

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