俺はこの「手」で世界を救う!

ラムダックス

第51話


「瘴気の放出は止めることができません。止めてしまえば、世界樹は枯れてしまうでしょう。それはすなわち、世界の死です」

「世界の死……」

「放っておいても駄目だし、無理やり止めても駄目、か。これはこの前決めたあの方法を試してみるしかなさそうだね」

「あの方法?」

「ああ、教えるよ。まず、瘴気というものはどうすれば無くせると思う?」

「え?   うーん……世界樹のように吸い取る、とか?」

「そう、それも一つの方法だねっ。他には?」

「他……村では、いらないものは燃やしていたんだよね。でも瘴気って燃えるのかな?」

あの狼の魔物の死体は、燃やして片付けたんだった。そうしたら、瘴気があふれなくなるってランガジーノさんも言っていたし。

「あはは、面白い発想だね。残念ながら、燃やすことはできないよ」

「そうなんですか……じゃあ、魔法、とか?」

「おお、いい線いってるね!   ……正解は、スキルだよ」

「スキル??」

なにそれ?

「スキルというのは、特別な力のことだよ。人間はエルフよりも比較的手に入れやすいみたいで、大体千人に一人がその力を持っている。そのスキルの中でも、とあるスキルを持つものが今回の作戦では重要なんだ」

「そのスキルって?」

「<浄化プリヒカーチオ>というもので、聖女だけが使うことができるものなんだ」

「聖女?」

「君の国、神皇国にある聖大会という組織が神の信託によって選出するんだ。今の聖女は確か……」

「エナ、でしたかと」

皆の前に立ち説明をしていた女性が答える。

「そうそう、エナって娘。アナちゃんより少し年上だけど、まだ少女なんだ。だから今は泳がせておこうかなと思っていたんだけど……折角だし、その力を確認だけでもしてみようかなあ」

「「殿下!」」

またか……今度はハゲと白髪両方いっぺんにだ。

「やはり私は反対です!   人間の力を頼るなどと……そもそも、そんな子供の持つ力など全く信頼が置けません!」

「その通りです!   ですが、どうしてもと仰るのであれば、そのエナという少女を洗脳し我々は道具とするくらいの処置を施すべきです。所詮人間など下等な生き物、我らハイエルフの言うことを聞かせればいいのです。殿下がわざわざ確認しに出向かれる必要はありません!!」

……駄目だこりゃ……

「はあ。あのね、いいかい?」

ガイアナガラさんも、椅子から立ち上がる。

「我々は世界樹を護る使命を課された高潔な種族、それはつまりこの世界に住まう全ての生き物を護る使命なんだ。その使命は、他の種族を力でねじ伏せ従えたところで果たされるものではない。世界の調和を保つためには、力ではなく頭を使って協力し合わなければなし得ないことなんだよ」

世界の調和……

「君達二人は、もう何回『世界の危機』を目の当たりにしたんだい?   その度に余計なことをし、他の種族との軋轢を生み出してしまっている。なぜこの会議に参加しているのが不思議なくらいだよ。まあ、人々の推薦があったからこそ、私達王族も強くは言えないだけ。もし許されるのであれば……この場で処分・・してもいいんだよ?」

と、ガイアナガラさんが二人を睨みつけた瞬間、言いようのない恐怖が全身を包み込んだ。

部屋の空気が凍りつく。気温はちょうどいいくらいのはずなのに、まるで真冬の川に飛び込んだかのような。

「「…………」」

「私の話がわかったなら、溜まって座りなさい。まだ何か文句があれば、どうぞ続けて」

二人は互いに顔を見合わせ、渋々椅子に座った。

「……ふう、本当に今日はごめんね、アナちゃん」

「い、いえっ」

「一度休憩とする、再開は夜の五時から!   皆、遅れないように!   アナちゃん、ついてきて」

ガイアナガラさんのいう通り、後ろについて部屋を退出した。



「あの二人は、昔だからああいう考えなんだよ。それこそ私が生まれる前からね。この国の重鎮だし、その独裁的な考え方には意外にも支持者が多い。それは、人間がエルフを差別しているからなんだよ」

「えっ、エルフをですか?」

「うん。この耳に加えて、異常な魔力量。ハイエルフじゃなく普通のエルフであっても、そこらへんの人間なんか指一本の火の玉で焼き殺すことができるんだ」

「そ、そんなに」

「だから、人々はエルフを恐れ、迫害の対象とした。それは今も続いている。さらにいうと、ハーフエルフの問題もあるんだ」

「ハーフエルフ?    それも、エルフの一種なんですか?」

「というよりも、人間とエルフの間に生まれた子供のことだね。ハーフエルフとハーフエルフの間に生まれた子供もそう呼ばれることがある。ハーフエルフと人間の間には……普通は生まれることはないけどね」

「どうしてですか?」

「人間がハーフエルフをエルフの特徴を持つ人間だとして、普通のエルフよりも酷い差別をしているんだ」

「そんな!」

「これは事実だよ。奴隷はわかる?」

「ドレイ?」

「簡単にいうと、商品として金でやり取りされる人のことだね。物扱いされるのは当たり前で、女性の場合はその尊厳すらめちゃくちゃにされることも珍しくない。私達エルフやハーフエルフは、その奴隷として誘拐され、裏取引で売買されたという歴史があるんだ」

「…………」

そんな、酷すぎる……全部、人間のせいじゃない!

「特にハーフエルフは、生まれた瞬間殺されてしまうこともある。そうでなくとも、ほぼ確実に奴隷行きだね。見た目が麗しいから、性の対象にされやすいんだよ」

なんでそんな酷いことを出来るのだろう。信じられない。

「あの二人も、そうした時代を生き抜いた者たちなんだ。だから、彼らの考え方が全て間違っている、とは私も言い切れない。でも、されたからといって今度は逆に人間を同じ扱いにしてしまうのは明らかに間違っている。それは互いの溝を深めるだけだ」

「じゃあ、ガイアナガラさんはそのドレイについて、どう思ってるの?」

「絶対にやめて欲しい……と言っても、今も旅に出たエルフが行方知らずになることがあるからね。私達が手を出すと、また人間と争いが起きてしまう。なんとか穏便にやめさせたいけど、そう簡単にもいかないのが現実なんだよ」

「ご、ごめんなさい……私達人間が、あなたたちに迷惑を」

「なにもアナちゃんが謝る必要はないよ!   私も他のエルフも、心の優しい人間がたくさんいることはわかっているからね。そもそも、私達エルフを嫌うのは、生物として自分より強い生き物から身を守るための本能でもあると思うんだ。でも、人間には知恵がある。話し合って、互いについて考えに考えたら、いつかきっと分かり合える日が来ると、私は信じている」

ガイアナガラさんは、真っ直ぐな瞳で私の顔を見、そういう。

「だから、アナちゃん……ラビュファト様の使者様には、その橋渡しの役割も期待したい」

「えっ」

「あ、いや、そんな何か大それたことをしろというわけじゃない。ただ、さっき会議で出た聖女や、他の作戦でも、人間と関わるものは複数ある。その時に、話し合いの場に出たらして欲しいということだよ」

「そ、それでも私なんかに」

「出来るさ。アナちゃんは賢いし、心の強い子だ。だからこうしてラビュファト様に認められたんだと思う。きっとその心には強い芯があるはずだよ」

「芯?」

「そう。それに気づくのも、あなたの役目かもしれないね」

「はあ」

私の役目……ラビュファト様が私を選んだ理由。聞けば、教えてもらえたりしないかな?

「さあ、ついたよ」


「殿下、使者様。どうぞ中へお入りください」

目の前の大きな両開きの扉は、何個もはめられている見たこともない大きさの宝石に、扉の下からくねくねと生え伸びた何本もの蔦が絡まったような装飾が施されている。

そしてその前には、四人人のエルフが立っていた。二人は扉の両脇に立っており、背中には大きな弓を背負い、腰には短剣を指している。顔は黒い布で覆われて耳と目だけしか見えない。
もう二人は扉の前に何も持たずに立っている。この二人は顔を露わにしている。二人とも女性だ。

「ここが、女王陛下、わたしの母親が謁見に使う部屋だよ。さあ、入ろう」

ガイアナガラさんの合図で、扉の前に立つ二人が、片方ずつの扉を同時に押した。

扉がゆっくりと開いていく。そして全て開いた先には、奥まで続く横が広く天井の高い部屋が見えた。

「す、凄い!」

まだ扉をくぐる前だというのに、私はその光景に圧倒され足が動かないでいた。
部屋の左右には、大きな樹をそのまま一本使ったような柱が等間隔に何本も並べられており。
根が複雑に絡まったような床にはその上にとても豪華で綺麗な、黒色が主体の淵が白いカーペットが部屋の奥まで敷かれている。

左右に立つ柱の前には沢山のエルフが一列ずつ並んでおり、部屋の一番奥、カーペットから続く壇の上に置かれた大きな椅子に一人のエルフが座っていた。

「あはは、さあ行こう」

「は、はいっ!」

ガイアナガラさんの後ろに続いて恐る恐る歩みを進める。傍に立つエルフたちが私達へ一同に視線を向ける。やめて、そんなに見ないでーっ!
しかも、視線は冷たい感じがする。私が人間だからかな……?

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。もし何かあっても私が守るから安心して」

ガイアナガラさんが振り向き笑いかけてくる。

「そ、そうじゃなくて」

「ん?」

「こんなに沢山の人に見られるのは初めてなので……」

「そうなのかい?   そんなに可愛い顔をしているのに、人間の男たちは見る目がないなあ」

「そんな、かわいいだなんて……それにあの、私が家に引きこもりがちだったので……お父さんも村の人たちも畑の開墾や土地の開拓に精一杯で、私みたいな子供に構っている暇もありませんでしたし」

「でも、子供もいたんでしょ?   アナちゃんくらいの子なら、惚れる男の子はいたと思うよ」

「殆どの子は外で遊ぶか大人たちを手伝うかなので……一人だけ、仲のいい男の子がいましたけど……」

勿論、最愛のクロンのことだ。

「へえ、そうなのかい!   また、色々と話を聞かせて欲しいな」

「は、はいっ」

「さあ、着いたよ」

はっ。いつの間にか話し込んでしまっていた。って、ガイアナガラさんの横まで来てるし!

顔を前に戻すと、女性が椅子から私たちのことを笑顔で見下ろしていた。

「あら〜〜ガーラちゃん、どうしたのぉ?   急に謁見したいだなんて。ママ、お化粧整っているかしらあ?」

へ?
ガーラちゃん?

「か、母様……」

「母様だなんて、変なガーラちゃんだわぁ。それにぃ、そちらの人間は?   お友達?   それとも……」

女王様が笑顔を崩さず私のことを見る。

すると、急に寒気が全身を襲った。

「ひ、ひいっ!!」

足がガクガクと震え、床に尻餅をついてしまう。

「ちょ、ママ!   違うよ!   この娘はアナちゃん、ラビュファト様の使者様だよ」

「へ?」

「ほ、ほら!」

ガイアナガラさんが座り込む私の髪を優しくかき揚げ、首元を晒す。そして女王様の前にあの半透明の板を出現させそこへ映し出した。

「!   これはぁ……間違いないわ、この紋章。昔見たものと同じだわ!」

「し、信じてもらえた?   ほら君達も」

横に並ぶ人たちの前に、小さめの板が次々と出現する。それを見るや、声を出し私に向けて両膝両手そして頭までを床につくあの格好をしてみせた。

「ああ……ラビュファト様の慈愛に触れられた……幸せだわぁ」

女王様は天を仰ぎより一層顔を綻ばせる。

「……ごめんなさいねぇ、えいっ」

女王様が私に向かって腰から取り出した棒を向ける。そして一振りすると、先ほどとは逆に暖かな何かに包まれた。

「……あれっ?」

すると、体の震えがなくなり、私は何事もなく立つ事ができた。

「私達ハイエルフは、使者アナ様を心より歓迎いたしますわぁ!」

女王様も、あの格好をする。続いてガイアナガラさんも、
私は、場にいる皆から頭を地につけられどうしたらいいかわからなくなる。

「え、えと……顔をあげてください!   わ、私は、皆さんに協力する意思があります。使者として、世界のために出来る事ならなんでもします!   よろしくおねがいしますっ!」

私は咄嗟に思いついた挨拶をする。と、エルフたちは頭を上げたが、今度は胸の前で両手を組み泣き始めてしまった。

「有り難や有り難や……」
「ああ……これが愛」
「アナちゃんハスハス」
「はあ……はあ……好きですっ結婚してくださいっ」

皆思い思いのことを口にする。ごめんなさい、もう未来の夫は決まっているんです……



--パンパンッ!



女王様が二度手を叩くと、皆目をぬぐい立ち上がる。

「ガーラちゃんありがとう。この目で使者様を見られてよかったわぁ。で、これからどうするつもりなの?」

「はい、まずは『世界の危機』対策会議において、いくつかの最終案を絞り込みます。その中から今すぐ実行できるものから順次開始していくつもりです」

「うん、大丈夫そうねぇ。アナ様も、ガーラちゃんのこと、よろしく頼むわぁ」

「は、はい、こちらこそ」

「じゃあ、今回はこれで」

「はい、失礼致します」
「失礼しますっ」

私達は女王様に礼をし、部屋を逆方向へ歩き扉へと向かう。
エルフたちの視線は、入る時とは明らかに変わっており、また違う意味で緊張する。

私達が部屋を出ると、大きな扉は閉じられた。




          

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