俺はこの「手」で世界を救う!
第43話
<ザザンガ=ザンガ山脈北東、天聖山の麓の開拓村>
「よっこらせ」
「えっさ、ほいさ」
「トン、と、トンと、」
「あーらよっと、こーらよっと」
村人達は今日も早朝から畑の開墾に乗り出していた。
山脈の麓には大小様々な河が流れている。その為雨が降ると洪水に見舞われ、村丸ごと流されることが多々あった。
その度に費用もかさみ人的資源の消失も多く、長らく開拓は中止されていたが、三十年前の停戦協定を機に、帝国への牽制も兼ねて再開したのだ。初めは山脈の中央から、徐々に東西に向けて村が作られていった。
この村も、そうした開拓地の一つを切り開いて作られているものだ。
ただ、そのぶん山から流れてくる水が土に染み込み栄養が豊富で、作られた野菜は街では高値で買い取られる為悪いことだけではない。商人は誰もが当たり前のように仕入値を買い叩いて持って行く為、村人にとっては何の益もないが。
「ふう……おいゴタクサ、ここが終わったら一度休憩を取るぞ!」
「わかった!   皆、あと少しだ、頑張れ!」
『おう!』
ここの村人達は村長とその息子であるゴタクサを中心にまとまっていた。
思いも思いに声を出しながら、土を掘り起こして行く--
「ゴタクサぁ、弁当持って来たよ!」
「お?   エキーヌ!   いつもすまんな、ありがとう」
「い、いいさぁ。ゴタクサの為だものぉ、遠慮せず食べてくれぇ」
お昼時、休憩時間ちょうどに幼馴染のエキーヌが持って来た弁当を二人並んで食べる。
モサモサしたパンに少しの肉、やたら栄養のある野菜といつも殆ど変わらない中身だが、そのぶんには愛情がこもっている。二人は付き合っているわけではないが、周りからは事実上の恋人として扱われていた。
「この村も、随分と大きくなったなあ」
「そうだねぇ。子供達も増えたしぃ、これからもっとおおきくなるさぁ」
「子供か……」
「ふぇっ?」
ゴタクサがエキーヌの下半身をチラ見する。
「ちょ、ちょっとぉ、どこみてんのさ!」
ゴタクサはエキーヌに頭を叩かれた。
「あいたっ。いや……俺も親父の後継ぎと思われているんだ。将来のことを考えると、な」
「しょ、将来……」
エキーヌは何を想像したのか、顔を赤くして俯く。
「……エキーヌ」
「な、なにえぇ?」
ゴタクサのことを横目で見る。
「…………あ、秋になったら--」
「大変だあ!」
「--けっ……どうした親父!」
「えっ、ゴタクサぁ?   あれ、おじさんじゃあ。どうしたん?」
ゴタクサが何かを言いかけたとき、中心部から村長が走って来た。二人は丸太でできた椅子から立ち上がる。
「それが、山の上から神様の使いが現れたんだ!」
「はあ?   何言ってんだ親父?」
「おじさん……」
二人は可哀想な人を見る目をする。
「ほ、本当なんだよ!   いいからとにかくきてくれ!」
「わ、わかったよ。引っ張んなって」
「ちょっとぉゴタクサぁ!   言いかけておいてぇ、それはないでしょぉ?」
三人は、中心部へ戻る。
「というわけで皆様、ここは神の土地なのです。一般人は今すぐ出て行ってもらわないと困ります」
「何言ってんだおめぇ!」
「そうだそうだ!」
「ここまで耕すのに、どれだけ大変だったかわかってんのかい!?」
井戸を中心とした村の広場には、見たことのない神官服を着た女性が、両手を組み何かを訴えていた。
たまに街の方からくる神官様とは違う、本当に知らない人だ。
「皆、どうしたんだ!」
「おお、ゴタクサ!」
「ん?   貴方は?」
女性がゴタクサへ歩み寄る。
「俺はゴタクサ。村長の息子だ。親父が変なことを言うから来てみれば、この騒ぎは何なんだ?   それにあんたは?」
「私は聖天教の布教を務めております、カーマウィエルと申します」
「カーマ……何だって?」
「カマエルで構いませんよ」
「はあ。それでカマエルさん、村人は何を騒いでいるんです?   とても布教活動を行っていたという雰囲気ではないように思えますが」
「わかりました、もう一度説明致しましょう」
カマエルは一つ咳払いをする。
「この土地は代々聖天教が主、絶対神ヤフアエが治めていた土地なのです。あの山が見えますか?」
カマエルは少し遠くに見える、山脈の中でも一番大きな山を指さす。
「はい?   ああ、村ではテッペンと呼んでいますが。それがなにか?」
「あの山は正式にはシーネ山と言います。我らの主が現界に現れるときの仮住まいです。というわけで、あの山からこの麓までは全て、主とその使徒である我ら聖天教の土地なのです。ですので今すぐに立ち退いて貰わないと困るのです……」
「……そんなこと言ったって……」
ゴタクサは後頭部を手でさすり困り顔だ。
「なあゴタクサぁ、この女、本当に教会の人なのかぁ?   こんなけったいな胸してさぁ」
エキーヌが濃紺のローブの盛り上がっている部分を人差し指でつつく。
「ひゃんっ!   な、何するんですか!」
カマエルがピクリと跳ねエキーヌから遠ざかろうとずり下がる。
「何してんだエキーヌっ」
「いたっ、だってぇゴタクサ、この女ばかり見てるじゃぁ……」
「ご、ごめん……」
『……わはは!』
村人達が笑う。
「エキーヌ、よくやった。そうだ、この話が本当かどうかもわからないのにいちいち言うことを聞く必要はねぇ!」
「その通りだぁ!   さっさとけぇれ!」
「帰れ帰れー!」
「……み、みなさん……」
村人に追い詰められ、カマエルは後ずさる。そして村の入口の柵まで追い立てられてしまった。
村長が前に出、対面する。
「というわけで聖天教とやらのお方、ここは一先ずおかえりください。そもそも我々は国の命令で開拓しているのです。貴方のような得体の知れない人間の言うことを聞く必要はない!」
『そうだ!』
「なっ!」
更に、ゴタクサも横に並ぶ。
「もし何かあれば、きちんと国の部署を通してください。それに聖天教?   我々は聖大会の信徒です!   聞いたこともない宗派に肩入れする義務はない!」
『そうだ!』
「……くっ」
カマエルは下を向きフルフルと震える。
「……わかりました」
「そうか、ではどうぞ」
村長は、手で街道と村をつなぐ砂利道を指す。
「……みなさんには、死んでもらいます」
『は?』
その瞬間、空から大きな影が降りて来た。
そしてこの日、開拓村がまた一つ滅んだ。
★
春の三月、この頃になると、南の方から湿った空気とともに雨の季節がやってくる。まだ本格的ではないものの、小雨が降る日が増えて来ていた。
今日は春の三月一日、座学の授業一日目だ。四週目の座学最終日、つまりは毎月二十四日にはその月の授業を理解できたかを問う小テストが行われる。今月の内容は、教会と神についてだ。
「お前達は、神というものを信じるか?   どうだ、フェル」
ティナリア先生が、目の前の眼鏡をかけた生徒、出席番号十四番のフェルメルノを当てる。
フェルメルノは七対三に分けられた茶色っぽい黒髪を指で撫で、答える。
「はい、そうですね……神、というものをどう解釈するかによると思います。自然や災害の比喩なのか、それとも本当に人知を超越した存在なのか……ですが、少なくともこの国においては今上陛下が神そのものですので、否定は出来ませんね」
「そ、そうか……相変わらずだな」
「何がでしょう?」
「……いや、なんでもないぞ、うん」
「はあ、そうですか」
フェルメルノはメガネを人差し指でクイッと上げた。
こいつは哲学とやらが好きと言っていたな。どんな話題でも、最終的に話をうやむやにされるから、俺はあまり好きではないが。
「こほん。ではアナスタシア、どうだ?」
今度はアナスタシアだ。
さん付けもやめろと言われたので今は呼び捨てにしている。
「はい。神……創造神、破壊神。私は、様々な神がいると思われます。実際、神話にも沢山の神が登場するものがあります」
「そうか、ロンデル王国は多神教なのだったな」
「はい。火の神もいれば、水の神もいる。一神教の神皇国の皆さんには、もしかしたら理解が難しい概念かも知れませんね」
「そうだな。私達は今上陛下、神皇帝を現人神、この世に座すいわば今この時を”生きる”神として崇めている。歴代の神皇帝が崩御遊ばされる時には、お隠れという言葉を使う。次代の神皇帝に現世を譲り、当人は天に昇られたのだと」
開拓村で生活していた俺は、先生が言うような考え方は全くもっていなかった。街、とりわけこの皇都グリムグラスでは強く根付いている信仰らしいが。
山脈に沿って作られている開拓村達を順繰りに回っている神父様が俺の中で一番身近な存在だったくらいだからな。
だが今では、少しずつ理解できるようになって来た。だって、陛下ってなんというか”怖い”んだよな。人が抗える存在じゃないと言う部分は同意できる。
「王国では、一般的に祠を作ります。この国でいう”教会”ですね。祠は神様の別荘という扱いをし、家の棚に小さなそれを安置したり、畑の近くに作ったり。そしてそこにお供え物をしお祈りするのです。祠の大きさは問われません、場所も村によってはあちこちに作っている所もあります。崇めたい神様のぶんだけ、祠が存在するのです」
アナスタシアは一度小さく息を吐く。
「勿論、神皇国でいう”神殿”も存在します。神皇国では教会を管理するのは”聖大会”でしたか。王国では”中央祭壇本部”と言う機関がそれに当たります。”祭壇”と呼ばれる大きな祠を作り、その周りの敷地を聖地として保護し崇めるのです」
「うむ。ありがとう」
--パチパチパチ
教室に皆の拍手が響き渡る。
「そ、そんな……ありがとうございます」
アナスタシアは、少し顔を赤くした。
でも、何も見ずにこんな詳しく説明できるだなんて、流石は学年トップだ。そりゃ拍手くらいおこるさ。
「おいカッツ!」
「ふぁ……アナスタシアしゃん……んぁつ!?」
「また寝ているのか!   いい加減にしろ!」
先生が投げたマナペンが机に突っ伏してよだれを垂らしながら寝ていたカッツの額に当たる。
「ううっ」
『ははは!』
カッツはそこをさすりながら渋々起きた。それに対して笑い声が上がる、いつもの光景だ。いい加減起きられるようにならないものかねぇ。これでも俺より順位が一つ上なんだよなぁ……
「その根性を見越して質問だ。この栄えある神皇国においては、なんという宗派が支配している?」
「ええっと……聖大会、です」
「その通りだ。では、聖大会の一番上は?」
「教皇様ですね」
「ではその更に上は?」
「えっと……」
「なんだ、わからないのか?」
ティナリア先生が予備のマナペンを構える。
「イヤイヤちょっと待ってください!   上、上……ああ、今上陛下!   です!」
「……ふん、やればできるじゃないか。その通り、この国における宗教のトップは今上陛下その人だ。ただそれは名目上のものだ。この大陸の一番東にある”海上都市アトラムーティカ”には、神殿の中でもひときわ大きな”大神殿”が存在する。そこにいらっしゃる教皇猊下が聖大会の実質的な指導者となる」
海上都市……海の上に街があるってこと?
「因みに、ロンデル王国にはクァツコトグゥアル中央祭壇と呼ばれる聖域が存在します」
「ありがとう、アナスタシア。国によって宗教の形も支配者も違う。各自寮に帰ってからも教科書をよく確認し、覚えておくように」
先生が皆の顔を見渡す。
『はい!』
「いい返事だ……ところで、聖大会以外にももう一つ、宗派があるのを知っているか?   あまり知られていないのだが。そうだな、プッチーナ、どうだ」
「……天聖教」
「おお、知っているのか」
「……フォーナ様から聞いた」
「ああ、なるほど……子爵ならそれはもう大変ご存知のはずだからな」
プッチーナはこくりと頷く。
フォーナ様が?   その天聖教とどういう関係があるのだろう?
「天聖教は、元々聖大会と一つの宗派として存在していたものが分裂した時にできたものだ。ザンガ山脈の北東部で一番高い山であるシーネ山の山頂に神殿を構えている」
へえ、そんなところにあるんだ。
「そもそもなぜ分裂したかというと----」
カーン、カーン!
先生が言いかけた時、授業終了の鐘がなった。昼休みだ。
「……続きは昼からだな。お前ら、遅れるなよ!   後、アナスタシアは一緒についてこい」
「はい?   わかりました」
先生が教室を出て行く。生徒達は伸びをしたり立ち上がってさっさと食堂に向かったり。
「おい、クロン。購買行こうぜ!」
「ん?  ああ、いいぞ」
カッツと連れ立って廊下に出る。
その時、奇妙な視線を感じた。
「ん?」
「どうしたんだクロン?   早く行こうぜ」
「ああ……」
今のはなんだったんだ?
          
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