俺はこの「手」で世界を救う!
第40話
「ふっ、負け犬がやってきたようだよ、みんな」
「何よ、不戦勝でもよかったのに」
「でもドン様の活躍が見られるのよ!」
「そうよ、不戦勝だなんて。あんな平民でもドン様のご活躍の糧となれるのだから光栄なことだわ!」
ドンダルマが髪をかきあげ煽るように言う。と、それに取り巻きたちが反応する。いちいち鬱陶しい集団だなあ……
「くっ!   言いたい放題言いやがって!」
反対側に立つカッツは拳を握り歯をくいしばる。
「カッツ、その怒りはまだ取っておけ。決闘が始まったら二人だけの戦いになるさ。俺たちの手出しは禁止されているからな」
「……わかっている。あんなへなちょこ野郎、五秒で切り捨ててやるさ!」
「おやおや、五秒とは随分大きく出たもんだねぇ。じゃあ、こっちは三秒、いや二秒で決着をつけてやろう。そのまま二組に落ちるといいさ、ははは!」
「いやん、ドン様かっこいいっ!」
「でもでも、二組に落ちたら、ドン様と過ごす時間が減っちゃうわ!」
「確かにそれは困るわ……あー、私の心の中で争わないで〜!」
取り巻きたちも皆二組の女子で、いつもドンダルマにくっついているらしい。
「言ってろ……!」
「カッツさん、頑張ってください!   あんな奴に負けてはいけませんよ!」
「……ファイト」
「二人ともありがとう!   あったり前よ、こっちは一秒で決着をつけてやる」
こちらの応援はアナスタシアさんとプッチーナだ。俺と合わせて三人、立会いができる人数は決まっているのだ。各陣営三人以上連れてきた場合は即時失格となる。
「二人とも、何故そんなドブのような髪をした奴を応援するんだい?   僕の方に来れば、とことん可愛がってあげるのに」
ドンダルマはいやらしい笑みを浮かべる。
「はい?   寝言は寝てから言ってください」
「しね」
だが二人とも拒否した。
「は、ははは、手痛い歓迎だね。でもすぐにこちらに来ることになるよ……何故かと言うと、僕のかっこよさに心を支配されてしまうからね!」
ドンダルマが髪をフサァとかきあげる。
『きゃー!』
取り巻きたちが黄色い声を上げる。
「くぅ〜〜、言いたい放題だなほんとに!!」
「決闘を始めるぞ。両者とも余計な煽り合いは慎むように」
今回の審判であるティナリア先生が発言をすると、場の空気が一気に引き締まる。
だが。
「おやおや、まさか本当にやっているとは。馬鹿にもほどがありますねぇ」
何時ぞや聞いた嫌味ったらしい声が聞こえてきた。
「エセスナ!   何をしにきた!   現在訓練所には、関係のない者は立ち入り禁止だぞ!」
「何を言っているのかな赤毛ちゃん。私も審判なのだよ」
割って入ってきたのは、金髪オールバック(という髪型らしい)の二組担任、エセスナ先生だ。
「なんだと?   審判は私が務める!   学園にも申請してある。それが何故お前がする話になるのだ?」
「やれやれ。君はルールをきちんと把握していないようだね。決闘の審判は、本来は三人まで増やすことができるのだよ」
「そんなルールは聞いたことがないぞ。今までは一人だったはずだ。私とお前のあの時もな!」
「は、はっ。それはあくまで慣例としてそうなっていただけだ」
「慣例だと?」
「つまりは、こういうことさ」
エセスナ先生が手を挙げると、もう一人誰かが訓練所に入ってきた。
「こんにちは皆さん。今回は私も審判を務めさせていただきますよ、あっはっは」
「教頭先生……!」
訓練所に敷かれた決闘用区画の線の縁に立ったのは、お腹が突き出たおっさんだった。
確か、二人いる教頭のうちのデブの方と呼ばれている、イワロン・ド・タメーボ先生だったか。
「ティナリア先生。エセスナ先生の言うことは本当ですよ。ですのでこうして私も三人目の審判として付きあわせていただきます。ティナリア先生は一組、エセスナ先生は二組の担任。そこに中立の私が加わることでバランスは取れていると思いますが?」
「……わ、わかりました。よろしくお願いします」
ティナリア先生は渋々承諾した。
だが、あの教頭、ニヤついた笑顔といい、どうにも好きになれないな。それに女子生徒の胸をチラチラと見ている気が……
「こほん。少し余計な時間がかかってしまったな。身体はあったまっているか?」
「いつでも大丈夫です!」
カッツはやる気満々だ。
「ふっ、この僕がそんな無駄なことをする必要はない」
ドンダルマはいつものポーズで自信満々に言い放つ。
ティナリア先生が台の上に、教頭が右の面、カッツの陣に。エセスナ先生は左の面、ドンダルマの陣に立つ。
ティナリア先生が片手をあげると、両者ともに剣を構える。
そして振り下ろした。
「--始め!」
「んらああああ!」
その瞬間、合図とともにカッツが一気に間合いを詰める。そして頭に向かって思いっきり剣を振り下ろした、
だがドンダルマは慌てた様子はなく、振り下ろされた剣を難なく受け止めた。
「ふんっ!」
腹の部分で受け止めたカッツの剣を、両手を使って押し返す。そしてその勢いのまま今度はドンダルマがカッツの肩に剣を振り下ろした。
「そう、くるかっ!」
だがカッツも一組にいるだけあって、攻守共に扱い慣れているようだ。咄嗟に剣を返し、無理やり肩の方へ剣を持っていく。
幾度となく剣がぶつかり合う。
互いに相手の隙を狙おうとするが、どちらもそれをことごとく防ぐ。
しかし、ドンダルマが胸に向かって突き出された剣を防ごうとしたとき、カッツが急に軌道を変え足を狙って横に振り切った。
「ぐあっ!」
狙い通り、剣の動きを予測できていなかったドンダルマの足に、カッツの剣が打ちつけられる。
「そこまで!」
ティナリア先生が手を挙げる。
「先生方、判定をお願いします」
そして三人の審判が、勝ったほうを指差す。
全員が、カッツを指した。
「よっしゃ!」
「そ、そんな……」
勝者は拳を振り上げ、敗者は呆然と腕を垂らす。
「やった!」
「……よし!」
アナスタシアさんとプッチーナも喜ぶ。
「カッツ、やったな!」
俺はすぐさまカッツの元へ駆け寄り両肩を手で掴む。
「ありがとう!   当然だ、あんな奴に負けるわけないだろ?」
「はは、そうだな」
「あんな平民に!」
「ドン様が負けるだなんて……」
「きぃーっ!」
取り巻きの三人がこっちを睨んでいる。中にはハンカチを噛み締めて手で引っ張っている子もいる。
「ふん、これで決まったな。何か文句でもありますかね、エ・セ・ス・ナ先生?」
「ぐぬぬぬぬぬぬ!」
先生達は先生達でやり合っている。
「おい、ドン様。何か仰りたいことはありますかぁ?」
カッツがうずくまるドンダルマに近づき、屈んで目線を合わせる。ちょっとうざいぞ。
「み、認められん……」
「は?」
「認められん!   騎士ならば、貴族ならば不意打ちなどと卑怯なことはせず、剣の打ち合いで勝敗をつけるべきだ!」
ドンダルマが急に立ち上がり叫びだした。
「おい、何言ってるんだ。もう勝負はついただろうが!」
カッツも立ち、言い返す。
「貴様、今ので満足したのか?   勝ったつもりなのか?」
「はあ?   決闘はもう終わったんだ。先生達もみんな俺の勝利だと認めたろうが」
「しかし、卑怯にすぎる!」
「卑怯って……お前が防御出来なかったから、足を切り落とされたんだろ。もしこの剣が訓練用の模擬剣じゃなかったら、お前今頃右足がなくなっていたんだぞ?」
「それがどうした?   僕は君の剣を正々堂々と受けようとしたのに、急に軌道を変えて不意打ちしたじゃないかっ!   こんな試合、無効だ!」
カッツとドンダルマの言い合いは止まらない。ドンダルマは何を渋っているんだ。誰がどう見ても負けたじゃないか。
「まあまあ、待ちなさい二人とも」
と、二人のもとへ教頭が近寄る。
「教頭先生……」
「先生!   何故こいつの勝ちなのですか!」
皆の視線が一気に集まる。
「うむうむ、ドンダルマ君の気持ちはよくわかる」
教頭はドンダルマの肩に手を置き、数度頷く。
「しかし、勝ちは勝ちなのだ。ここはカッツ君の一勝ということで、話を付けようではないか」
ん?
教頭先生の言葉に、ドンダルマが口角を上げ口元を歪める。
「ここに、この決闘についての申込書がある。ここには、三戦勝負と書いてある。というわけで、一戦目はカッツ君の勝ち、ということで異論はないかね、ドンダルマ君?」
な、なんだと!?
「はい、ありません教頭先生。お騒がせして申し訳ありませんでした」
ドンダルマが訓練所にいる者に向かって頭を下げる。
「ちょ、ちょっと待ってください!   どういうことですが!」
ティナリア先生が教頭に食らいつく。
「どうも何もないだろう、赤毛ちゃん?   この決闘は初めから三戦勝負だったのだよ」
すかさずエセスナが割って入る。なんだか怪しいぞ?
ティナリア先生が、こちらを見るが、俺はそんな事実は知らないと頭を横に振って否定する。カッツも同様だ。
確かに、申し込んだ時は一発勝負だった、間違いない。それはプッチーナとアナスタシアさんも知っているはず。何故、ルールが変わっているんだ?
「そんな訳ない……!」
「だが現に、ここにはきちんと記されていますぞ、ティナリア先生」
教頭が手に持つ一枚の紙を見せびらかす。ティナリア先生はそれをひったくるように手に取る。
「……確かに、書いてある」
まさか、そんな!
「おい、クロン。どうなってるんだよ。俺たち、間違いなく申し込んだよな?」
「ああ。確認してから提出した」
カッツも驚いている。
「ふん、さっさと開始位置につけ!   決闘が再開できないだろう、ドブネズミ君?」
ドンダルマは足の痛みが引いたようで、笑顔で髪をかきあげる仕草をする。
「だが、おかしいぞこんなの!   俺はお前に勝ったんだ!」
「なんだ、もしかして抗議をするのかい?   不当な抗議は失格とみなされることくらい、知っているよね?」
「そうよ!」
「失格になっちゃえ!」
「ドン様、流石!」
「くうっ……」
「……カッツ、仕方ない。こうなった以上、残り二回も勝てばいいだけだ。な?」
紙を教頭に返したティナリア先生が、カッツを励ます。
「……はい、わかりました」
カッツは渋々と位置についた。
「ふっ、余計な時間がかかってしまったな。これだから一組の落ちこぼれは……」
エセスナ先生がこちらを見ながら嫌味ったらしくそう言う。
「こらこら、先生。生徒を侮辱してはなりませんぞ」
「これは失礼しました、教頭先生」
注意されたエセスナ先生がお辞儀をする。だが教頭はニヤついていて、明らかに怒っている様子ではない。
「……はあ。さあ、お前ら二人ともいいか?   少し揉めたが、勝負は勝負だ。カッツの勝ち越し、あと一回カッツが勝てば、カッツの勝利、ドンダルマが勝てば、最後の一戦にもちこまれる。では、位置について!」
ティナリア先生が、手を挙げ合図をする。
空気が再び緊張に包まれる。
「--始め!」
          
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