俺はこの「手」で世界を救う!

ラムダックス

第37話


「さあ、今日から実技が始まるぞ!   お前ら、準備体操はしっかりしておけよ!   そら、一、二、三、四!」

『五、六、七、八!』

実技担当の教師の掛け声で、俺たちは異能スキルの実習に備えた体操を行なっていた。

入学式からかれこれ二週間。最初の一週間はスキルに関する基礎知識と、このグリムグラス神皇国の歴史を簡単に説明したものについて授業でおさらいした。そしてその後小テストがあり、おれはフォーナ様やエレナさんの指導のもとひーこら言いながらどうにか及第点を獲得したのであった。

そして今日は春の一月二十一日三週目。いよいよ、スキルを使った授業が始まる。

一月のうちは、残り一週間はスキルの実習だけを行う。小テストに落ちたものは、一週間補修だ。今頃ティナリア先生がビシバシと指導されていることだろう。
哀れ、カッツよ……夜更かしして女子寮に忍び込もうとするからだ。謹慎じゃなく強制座学なだけマシだと思う。

春の二月からは、一週間の半分を座学、残りの半分を実技が占める。残りの一日は休暇日だ。休暇といっても、次の週の座学の予習をしなければならないし、フォーナ様の実技指導が待ち構えているのだが。

それは置いといて、折角この国立学園に入ったのだ。勇者候補としても勿論だが、スキルホルダーとして自分がどのくらいの位置にいるのか把握しておくことは大事なことだと思う。なにせ、俺の順位は四十番、この一組で最下位だったのだから。

フォーナ様はおかしい、ありえないと仰っていた。恐らくは気を遣ってくださったのだと思うが、現実はしっかりと受け止めるつもりだ。


準備体操も終わり、頬を叩き気合いを入れる。さあ、頑張るぞ!

「改めて、実技を指導するゴリマチマ・ヨッスルだ。気軽にゴリ先生と呼んでくれて構わんぞ!   がっはっは!」

ゴリ先生は、頭を角を合わせて切りそろえた黒髪の全身筋肉な男性だ。上半身と下半身がアンバランスすぎる……逆三角形にもほどがあるぞこれ?

「さてお前ら、男女に別れている意味はわかるな?   先日、女子寮に忍び込もうとした阿呆がいてな、座学はいいが、この実技用の制服は見ての通り男女共に薄着な仕様だ。余計な気を起こして授業に集中できなくなるのも困るということで、しばらくは別々にスキルに関する授業を行うことにした!   寮に帰ったらくたばって永眠するくらいシゴいてやるから、覚悟しろよお前らぁ!!」

『はい、よろしくお願いします、ゴリ先生!』

「うむ、いい返事と笑顔だ。男は拳で語るものだからな!   お前らもわかってくれているようで安心した!」

ゴリ先生は笑顔で拳を打ち合わせた。あの、すごい音がなったのですが。

男子たちの顔も引きつったり青ざめたりしている。みんな、怖いよな、俺だけじゃないよな?   くそっ、カッツの奴、実はうまく逃げおおせたと笑ってるんじゃないか?   座学の補修は男女一緒だから、今頃きゃっきゃうふふしてるんじゃなかろうな?   ……嫌、ティナリア先生がいるから大丈夫か。ティナリア先生、よろしくお願いします!

因みに、実技の制服というのは、男女共に白の半袖シャツと、男子は紺の短めの運動用パンツ、女子は股に食い込むほどの逆三角形な赤い運動用パンツだ。半袖シャツは生地が薄いのか、胸のあたりが少し透けてしまっているくらいだ。ゴリ先生も言うように、刺激的すぎる気がする。考えた人は相当の策士だろう。

「早速スキルを見せてもらおう……と思ったが、まずはお前達の根性を鍛え直すことにした!   この鍛錬場を百周したものから休憩だ、さあ行くぞ!」

『ええーー!!』

「なんだ、さっきの返事は嘘だったのか、うん?」

ゴリ先生は先ほどよりも口元の角度を上げ、拳を再び打ち鳴らす。もはや人の肉体が出せる音量じゃないぞ……

『サー!』

俺たちは先生から逃げるように、鍛錬場に敷かれた一番外側と二番目の白い線の間の、囲まれた枠の中を走り出す。これは”トラック”と呼ばれる運動施設で、この鍛錬場の外側ギリギリのところに九本の白い線が敷かれ、合計八つの走る枠が作られているのだ。
なお、トラックの部分は茶色ではなく、赤土を混ぜて作られているため色が違う。白い線に赤茶色は目立つため、不正をしようとしてもすぐにバレてしまうのだ。

鍛錬場は楕円形で、入学試験の前のフォーナ様による基礎体力や剣技、スキル指導に使ったあの訓練所や、入学試験本番で使われた模擬戦場よりも更に広い敷地面積がある。
このトラックは一周が約1キロ(四歳の女の子が千人並んだくらいらしい。想像がつかないが)あるらしい。前にプッチーナに雑談ついでに聞いたところ、馬車馬が頑張って出せる速度が時速(一時間に走れる距離)20キロ、軍用馬で40キロらしいので、100キロ走るとなれば馬車馬が五時間休みなしで全速力で走り続けるくらいの距離だ。

……あの、無理じゃないですかね?

「どうしたお前らぁ、半年後には戦争に行っているかもしれないんだぞ!!   そんなひょろひょろした足取りじゃ、帝国のドブネズミどもに齧られてしまうぞ、がっはっは!」

神皇国民、特に皇都の人間は帝国のことをドブネズミと揶揄ヤユする、とフォーナ様は仰っていた。色々な意味が込められた侮辱の言葉らしいが、俺はどうにも使う気になれない。

「それ、俺に追いつかれた奴から、腕立て伏せ千回の後1周目からやり直しだ!   今回は学園長からも許を得ているから、一週間走りっぱなしになるかもしれんぞぉ!   お前ら、覚悟しておけよ!」

『はいい!』

ゴリ先生のオーガ!   悪魔!   逆三角形!!

と言うか”今回は”って、前は許可を取らずにやったんですかこんなこと!

「それ、一、ニ、三、四!」

『五、六、七、八!』

「声が小さーい!!   ニ、ニ、三、四!!」

『五っ!   六っ!   七っ!   八っ!!』

「その調子だあ、1周ごとにペースを上げていくからな、追いつかれないようにしろよ!   一着の奴には、特別に女子とスキル実習させてやる!   女子の実技の先生に約束させたからな、お前らは、餌を顔の前にぶら下げられた馬のように走るのだっ!」

『うおおおおおおお!!!』

俺も一緒になって、男子たちと共に叫ぶ。こうなりゃ、やけくそだ!





「うあ〜〜」

「クロン、そんなだらしない格好はしてはいけませんよ。ほら、脱ぎ脱ぎしましょうねー」

エレナさんが、白シャツの襟元のボタンを開けてくる。

「え、エレナさん!   一人で出来ますからっ!」

俺はその手を躱し胸元を両手で守る。

「いーやー、私が脱がすのぉー!」

が、その上からエレナさんが抱きついてくる。豊かな胸が手の甲で押しつぶされ、なんとも幸せだ。

「うわーやめてくれー」

俺は悟られないように胸に手を押し付ける。エレナさんは俺の服を流そうとあちこちに手を伸ばすので、胸がふにょん、ふにゃんと形を変えていく。

「……二人とも、何をしているのですか?」

そんな風にリビングでエレナさんとじゃれついていると、剣の手入れをしていたフォーナさんが戻ってきた。顔に『馬鹿が二人』と書いてあるような気がするのですが……

「いや、その……走りすぎて足が痛くて。もう何もやる気が起きなくなっちゃって」

「大丈夫ですか?」

エレナさんは俺の上からどき、ソファの前に膝立ちになって心配そうに顔を見つめてくる。

「全く……ストレッチはしましたか?」

フォーナさんはというと、やれやれと腰に拳を当てる。

ストレッチとは、最近皇都ではやりの運動後の体操だ。激しい運動や長時間運動をした後は、ストレッチをして身体をほぐすことで余計な怪我を減らしたり、運動の効果が出やすくなるという。

「はい、一応」

本来は最低三十分くらい続けるのがいいらしいが、ストレッチを始める前に足が痛くなっていた俺は、十分ほどでやめてしまった。

「早く着替えて風呂に入ってきてください、汗臭いです」

フォーナさんが、少し嫌そうな顔をする。そ、そんなに臭うかな?

「はーい……」

俺はソファから立ち上がり風呂場に向かう。

「はあ……」

フォーナさんが溜息を吐く……いつも心配かけてごめんなさい。

「うえーん、クロン、待ってー。いたっ」

「エレナ、いつまで遊んでいるのですか?   晩御飯の用意は?」

「ま、まだです……」

「むっ!」

「す、すみません、やってきます……」

エレナさんのご飯はいつも美味しい。今日も楽しみだ。



「ふう」

風呂に入り食事を終え、今は寝室のベッドに横になっている。

結局、六日間トラックを走るだけで終えてしまった。毎日朝から晩まで走り続けたせいか、明日から春の二月七日まで休日というのに今から既に何もする気が起きない。

フォーナ様は様付けをいい加減やめてくれというので、さん付けに変えた。エレナさんはそのままだ。フォーナさんもこの寮にいる時は大分軽い接し方をしてくれるようになった。笑顔を見せる回数も増えた。家臣達を沢山亡くしてしまったが、その悲しみを乗り越えて今のフォーナさんがある。反対に言えば、エレナさんのスキルがなかったらどうなっていたことやら。

エレナさんは侍女の養成学校に通ってその後宮殿に就いたため、スキルは実践によって鍛えられた。ここ数年はスキルを使っていなかったが、この前の件を機に俺と一緒にスキルの更なる使い方を編みだそうとしている。
フォーナさんも、俺との鍛錬を経てスキルに磨きをかけていくという。<絶対零度アイスエイジ>というそれは実際に使っているところを見たことがないが、あの時馬車を追いかけていたハエの魔物を倒したのはフォーナさんだったらしいのだ。
今後機会があれば是非使ってみて貰おう。


--コンコン


「はい」

ここと隣の使用人室を隔てている扉が叩かれる。

「失礼します」

入ってきたのは、フォーナさんだった。

「フォーナさん、どうしたんですか?」

「はい。その……明日は休みですよね」

「そうですね」

フォーナさんは手を後ろに回し、珍しくモジモジと恥ずかしそうにうつむきながら足をこすり合せる。

「よかったら、わ、私と、学園を散歩しませんか?」

フォーナさんはそう言って顔を赤くして更に俯いてしまった。

「えっと、散歩、ですか?」

「は、はい」

「それは何かの鍛錬で?」

「いえ、そういうわけでは。その……」

「ん?」

少し間をあけて、フォーナさんが意を決した感じでずずいとベッドに近づいてきた。

「で、デートです!」

「…………はい?」

「で、ですから、私とデートをしてもらいたいのです!」

更に顔を近づけ鼻と鼻がぶつかりそうになる。

「うえっ!?   ちょっと、近い近い!」

俺はフォーナさんの綺麗な顔を直視していられずすぐに目をそらす。

「あっ、すみません……こほん。私は思うのです。この五年間、私の中の女の部分は塩漬けにされてきたと!」

「はあ」

「私ももう十八歳、結婚している知り合いも普通にいる中で、私は男性と触れ合う機会すらろくになかったのです」

「それは、大変でしたね」

「ええ。しかもこの前はエレナと二人きりでデートをしていましたよねっ!   私、とても悲しかったのです。まさか仲間はずれにされたんじゃないかと思ってしまいました」

学園に来る前のあの七日の事を言っているのだろう。だがあれは、フォーナさんが子爵家のあれこれを取り仕切っていたから結果的に二人きりになっただけだ。エレナさんもふざけてデートだなんだと言っていたが。

「そこで、埋め合わせをして貰いたいのですよ。私と二人きりでデートをすれば、公平ではありませんか?」

「うーん、そりゃまあ、そうかもしれませんが」

そんなに食いつくほどの出来事なのかなあ?

「そもそも男云々と言ったって、俺は九歳の男の子ですよ?   そういう経験をされたいのであれば、学園にいる他の生徒の暇そうな使用人とか見つけた方が、いいのでは?」

「やれやれ、女心をわかっていませんね、クロン様は」

「女心、ですか」

「ええ。ですが私が答えを教えても面白くありません。折角ですので、デートをしながら私の心情を予想してみてはどうでしょうか」

「まあ……そこまでおっしゃるのなら、散歩くらいはかまいませんが……」

「は、本当ですか!」

フォーナさんは再び顔を近づける。

「ですから近いですって!   ええ、いいですよ。散歩でもなんでも付き合いますよ」

地獄のランニングの後なので明日は休むつもりだったが、別に散歩くらいなら大丈夫だ。これで休みの間も鍛錬をします!   とかなら本当に死んでいたかもしれないが。

「や、やった……!」

フォーナさん、本当に感情豊かになったよな。前までの氷の女王のような無表情はすっかり無くなった。

「じゃあ、明日の朝十時に中庭の噴水広場で待ち合わせしましょう!」

噴水広場は、その名の通り大きな噴水を中心に整備されている区画だ。学園生の憩いの場となっている。

「待ち合わせ、ですか?   ここから一緒に行けばいいのでは?」

「いえいえ、これもデートの醍醐味ですよ」

「はあ、そうですか」

「それと、エレナには内緒ですよ!   あくまで鍛錬として出かけるふりをしてください」

「何故ですか?」

エレナさんに隠す理由がわからない。

「っ……そ、それも女心なのですっ!」

「は、はあ……」

女心って、そんなに多用できるものなのか?

「兎に角、そういうことなので!   では、おやすみなさい!」

「はい、おやすみなさい、フォーナさん」

フォーナさんはそう言って使用人室へと帰った。俺もベッドに横になり布団をかぶる。

「……デートねえ」

まだ痛む身体を休めるため、余計なことは考えずにさっさと寝ることにした。



          

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