俺はこの「手」で世界を救う!
第35話
アナスタシア様は前まで出てくると、後ろを振り向き俺たちの方へ、そして左右に頭を下げ礼をする。そして腕をバッと曲げ右手を左胸に当て、反対側を向く。
そして片膝をつき肖像画を見上げた。
「新入生、起立!」
司会の合図で俺たちは一斉に立ち上がる。そしてアナスタシア様と同じように右手を左胸に当てた。
「宣誓!   私たち国立学園新入生は、六年間学問を全うすることを誓います!」
『誓います!』
「栄えある神皇国に、神皇帝陛下に忠誠を誓います!」
『誓います!』
「努力を忘れず、何事をも乗り越える力を身につけることを誓います!」
『誓います!』
アナスタシア様は、最後の宣誓の後立ち上がり、三歩下がって半回転をする。そしてもう一度三方向にお辞儀をした後、自らの席に戻って行った。
「……ありがとうございました。では続いて、来賓代表の挨拶です」
入学式は続く----
★
「国立学園……別に来たくなかったのに……」
一人の女の子が、学園の入り口に佇んでいる。御者が礼をした後、馬車が前庭を出て行く。
「姫様、そういうわけには参りません。入学式だけでも顔を出しておかないと。新入生としただけではなく、”聖女”として、王国の来賓としても招かれているのですから」
横に立つ黒髪の男が言う。
「来賓なら、お父様が行けばいいじゃない!」
女の子は、白のローブを着、頭には紋様をあしらった縦長の青色の帽子をかぶっている。
「いいえ、国王陛下は今お国の様子を一度見に帰還なさっています。幾ら陛下と雖も、今更この皇都まで戻っては来られません」
男は神官服ではなく燕尾の黒い執事服を着ている。
「はあ……仕方ありませんね、本当に顔を出すだけですよ?」
「ええ、勿論です。この後も予定がぎっしり詰まっておりますので」
「じいじのオーガ!   悪魔!」
「なんとでも仰って下さいませ。私が罵られることで助かる命があれば、甘んじて引き受けましょうぞ」
「……ご、ごめんなさい」
女の子は軽く頭を下げた。
「いいえ、それよりも、早く参りましょう」
男が手で道を指し示す。
「そ、そうだわね」
そして男女は学園内へと入って行った----
★
「ふん、ここが学園か。我が国の宮殿よりも小さいな……いてっ!」
「当たり前だ。国立といってもここは学校だぞ?   そんなに豪華な建物は必要ない」
「坊やは、大きいのが好きなようねぇ?」
神官と執事が建物に入ったすぐ後、二人の男と一人の女が同じ馬車に佇んでいた。
「お、大きい……す、すすすすきじゃないわっ!」
「へえ、じゃあこれも、好きじゃないのかしら?」
男のうちの一人、丁度学園の六年生と同じ年頃の男の子が顔を真っ赤にして反論する。だが女はニヤニヤと妖艶な笑みを崩さない。自身の大きな胸を張り挑発せるように見せつける。
「おい、ふざけるのも大概にしろ、ロゼ」
もう一人の男、三十手前だろう金髪金眼の男が、ロゼと呼んだ巨乳の女の胸を揉む。
「あんっ、アウズ、大胆ね」
ロゼはもっと揉んでくれとばかりにアウズの手に胸を押し付ける。だがアウズはロゼの腕を反対の手で払いのけ遠ざけた。
その様子を見ている男の子は、顔が真っ赤なままだ。
「いいから、さっさと行くぞ。入学式が終わるまでは待機の予定だが、親父のことだ、またいつ突然心変わりをするかわからない。早めに大講堂まで向かわなければ」
「そうね、今上陛下だもの、いきなり戦争だー!   なんて叫び始めてもおかしくないわね」
「おい、馬鹿にすんじゃねえぞ」
アウズが冗談のようにそう言った。ロゼのことを睨む。本気で怒っているようだ。
「ごめんなさい、別に陛下のことを悪く言うつもりじゃないわ。ただその位野心があるお方だと言うことは確かだと思うの」
「……そうだ、だからこいつを生かした。敵国の王族だなんて、拷問にかけた後野ざらしにして打ち首が普通なのに」
親指で刺された男の子はその会話を聞き一気に顔を青ざめる。
「おい、アホンダラ。言うことを聞かねえと、その首と胴体が一秒後には離れているぞ」
「わ、わかっているっ!   私はバカじゃない。それにアホンダラじゃなくてホアンダラだっ!」
「どっちでも同じだろ、さあ行くぞ」
「ええ、行きましょう、僕ちゃん、お手手つなぐ?」
「おい女、馬鹿にするのもいい加減にしろよ、俺はもう成人しているんだ。子ども扱いをするんじゃない」
ホアンダラは差し出された手を払いのけ、一人で建物に入ろうとする。が、服の首元を掴まれ尻餅をついた。
「子どもじゃねえなら、自分の立場くらい自分で管理できるよな?   勝手な行動は厳禁だぞ、お前は捕虜なんだ。常に手の届く距離にいろ」
「……くっ、手を離せっ」
「ふん」
ホアンダラは立ち上がり服を払った後、言いつけ通りアウズとロゼの間に挟まれて、三人共々建物へ入って行った----
★
「----であるからにして、我が国の工業はより一層の発展を……」
眠い。なんだこれは、おっさんおばさんが入れ替わり立ち替わりいつまでも来賓挨拶が終わらない。朝に九時に始まったと言うのに、壁に掛けられた時計を見るにもう十一時を過ぎているのだが?   まさか、昼をぶち抜いてこのまま続けるんじゃないだろうな?
「眠い……」
隣に座るカッツも、こくりこくりと体を揺らしている。
「おい、起きろよ」
俺は仕方なく小声で注意する。
「大丈夫だ、寝てはいない……は、ず……う〜ん」
「まてまて、おい、一組なんだぞ?   ほら、あの来賓の太ったおっさん、俺たちのことをちらっと見たぞ今!」
間違いない、明らかに目線があった。
「……気にするなって、どうせ六年間会いやしないんだ」
「いや気にしろよ……」
「……はあ、まだおわんねえのかなあ」
「--ということですので、今後のご活躍を期待して、短いですが来賓挨拶とさせていただきます。ご静聴、ありがとうございました!」
デブおっさんがない首を曲げ頭を下げる。
って、目線がまだあったんだが。俺たち、目をつけられていないだろうな?
「……では最後に、特別な来賓をお迎えしています!   どうぞ!」
司会の女の人が、やたら嬉しそうな声色でいう。
『おおっ!』
壇上のわきにあるカーテンの奥から、白い服を着た女の人が出てきた。その瞬間、人々から感嘆の声が漏れる。
何故ならば、出てきた来賓が、見たこともないような美しい女性だったからだ。
「皆さま、こんにちは。聖大会から参りましたエナと申します」
エナと名乗った女性は、同い年くらいの女の子だった。学園長くらい若く見える。
大講堂にいる人々がざわざわと騒ぎ出す。
「ご静粛に!   聖女様、どうぞお続けください」
司会が注意する。ん?   聖女様だって?
エナさんが場が鎮まるのを確認し、再び口を開く。
「ありがとうございます、ですが聖女様などと……私は神から与えられた使命に基づいて人々の尊い命を助けようとしているだけですわ。さて、新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。と言いましても、私もこの学園に今年から入学致しますので、自分で自分のことを祝うようで恥ずかしいのですが」
ざわっ
会場が再びざわつく。だが、エナさんが片手を上げたことで、司会が注意する前に静寂を取り戻した。
「私はこの国立学園の生徒になれたことを嬉しく思います。ですが、今はまだ人々の役に立つため協会から与えられている聖女としての役割を全うしようと思います。ですので、こうして来賓としての挨拶にとどめさせていただきます。何はともあれ、この三百二十人の選ばれし者たちが、国のため、世界の平和のために尽力してくれることを祈ります」
エナさんは最後に胸の前で指を組み、何かを唱えた後、そのまま壇から降りた。
「エナ様、ありがとうございました。では最後に、国歌・校歌を斉唱します。皆様ご起立ください」
そうして、入学式は幕を閉じたのであった。
「来賓の皆様が退場されます。皆様本日は誠にありがとうございました!」
司会の合図で、一回の脇に座ってきた学園の教職員達が立ち上がり頭を下げる。来賓達は一人ずつ大講堂から出て行く。
「……はあ、終わりかあ……」
カッツが腕を上に伸ばし背伸びをする。
「おい、まだ終わりじゃないぞ」
「あ?   ああ、そうか。なんか、入学式が終わった後も在校生新入生は残らんだったな」
「そうだ、一体何をするのやら」
それに、何故か神皇帝陛下も目の前に座ったままだ。
「……ではここからは、学園長に進めていただきます。アバ学園長、よろしくお願いします」
呼ばれた学園長が、壇上の司会の位置につく。
「まずは、お疲れ様じゃな。だがここからが本番じゃ。アウズクートス第一神子殿下がいらっしゃっておる、まずはご登壇いただく」
学園長の合図で、エナさんと同じように壇の脇のカーテンから、二人の男と一人の女が現れた。
「皆の者、跪くのじゃ!」
そう言って学園長は片膝を床につく。俺たちも言われた通り、椅子から立ち上がり跪いた。
金髪の男が拡声器の前に立つ。
「うむ、苦しゅうない。私は栄えある神皇国の第一神子である、アウズクートス・イワン・フォン・グリムグラスだ!   まずは新入生の諸君に、入学おめでとうと言わせてもらおう」
アウズクートス殿下が両手を広げる。
「だが、今この瞬間から、諸君らは我が栄えある神皇国の手となり足となるのだ!」
……どういうことだ?
「聞いているとは思うが、あの忌々しい帝国のドブネズミどもが、北方の国境を越境して来た!   いくつかの開拓村が襲われ人的被害も出ている。また、ザンガ山脈の麓に何万もの兵を集結させ、大規模な侵攻作戦まで企てていたのだ」
ここら辺は聞いた通りだ。
「だが、安心して欲しい。この兵どもは俺が全て片付けた!   一匹残らず、駆除して来たから安心して欲しい!」
むう、未だに信じられない。殿下の口からと雖も、一人の人間にそんなことが出来るのか?
「信じられない者もいるかもしれない。なので俺は、半年後の選抜隊の遠征に参加することを決めた!   偉大なる皇族の力を諸君らの目の前で、帝国兵どもに見せつけてやろうと思うのだ。諸君らの自信にも繋がるし、帝国に対する牽制にもなりうる。新入生を始め、この学園には素晴らしい才能を持った子供達が集まると聞く。その能力を遺憾なく発揮するためにも、俺が主導して”流れ”を作りたいのだ!」
アウズクートス殿下は、一度話を止め大講堂を見渡す。
「ここにいる男は誰か、気になっている者もいるだろう」
そして女に拘束されている、茶髪がかった黒髪の少年を指差す。
「こいつこそ、憎っくき帝国の第五皇子、ホアンダラだ!」
な、なに?   帝国の皇子、だと?
「先ほど述べた、ザンガ山脈の帝国兵達と一緒にいたところを捕虜にした!   こいつらのせいで、一体何人の栄えある神皇国の善良な民が悲惨な死を遂げたことかっ!   皆、悔しくはないか?   憎くはないか?」
殿下が女から少年をひったくり、壇の前面に突き出す。
「こいつが、命令を下せば、開拓村だけでなく、北方にある街は壊滅していたかもしれないのだ!   軍事協定を無視し、一方的な侵略を再開したこいつらに、なんの情けをかける必要があろうか?」
「そうだっ!」
生徒の一人が殿下の訴えに合わせて叫ぶ。
「帝国の民は重税に苦しみ、後続は贅の限りを尽くしていると聞く!     未だに前時代的な奴隷制度をしき、人を人とも思わない扱いを強いているのだ。女は娼婦に出され、男は兵になるか農民になるか。自由などなに一つない、完全な独裁と圧政によってどうにか保っている国、空がミナスティリアス帝国なのだ!」
「酷い!」
「奴隷だなんて、野蛮だ!」
「なんと恐ろしい国!」
生徒達が次々に叫びだす。だが、殿下が手を挙げそれを制す。
「……さて、ここで一つ訊ねたい。この頭にお花畑が詰まったような皇族の代表をどうすべきか、皆で決めようじゃないか?」
「殺せ!」
「晒し首にしろ!」
「手足を縛って海に放り込め!」
ニヤリ。殿下の口元が歪む。
「本当に、殺していいんだな?」
殿下は生徒達や職員を見渡す。
「やって下さい!」
「帝国に正義の鉄槌を!」
「肥え太った豚は処理すべきです!」
皆、口々に第五皇子を殺すように殿下に訴えかける。
「よし、わかった。では見ておけ、俺の力の凄さを、そして、帝国の未来を!」
「ま、ままままてっ、話が違う!   国に帰してくれるって話じゃ----」
そういうと、殿下は片手を振り上げた。第五皇子は顔面蒼白といった様子で懇願する。だがその声も途中でブツリと途切れてしまった。何故ならば。
「<衝撃!>」
グチャッ、ブシャッ。
殿下がそう叫んだ瞬間、第五皇子の頭から足元までが一気に押しつぶされたからだ。
皇子のいたところには赤い血が花のように広がり、肉の塊が赤い石であるかのように一つに凝縮されている。
『……………………』
静寂。誰も物音一つ立てない時間が続く。
「……これが、俺の力。そして、帝国の未来。さあ、半年後、我々で帝国に正義とはなんたるかを知らしめようではないか!」
『うおおおおおおお!』
人々が、堰を切ったように声をあげる。
「栄えある神皇国万歳!」
「アウズクートス殿下、万歳!」
「今上陛下万歳!」
「帝国なんて滅ぼしてしまえ!」
「そうだ、俺たちでやってやろうじゃないか!」
「私、頑張る!   殺された村の人たちのぶんも、敵討ちよ!」
新入生、在校生関係なく、思い思い叫ぶ。教職員も一緒になってだ。
俺はというと、そんな光景をどこか冷めた目で見てしまっていた。
          
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