俺はこの「手」で世界を救う!

ラムダックス

第36話


「凄かったなあ、入学式!   今上陛下に第一神子みこ殿下、聖女様までいらっしゃったんだからな」

「そうだな……」

新入生達は興奮冷めやらぬ様子で、教室への帰り道でもあれやこれやと入学式のことを語っている。

「どうしたんだよ、疲れたのか?」

あれだけ眠い眠いと言っていたカッツはすっかり目が覚めたようだ。反対に俺のことを心配してくる。

「嫌、そういうわけじゃないが。色々と気になって」

第一神子殿下は目の前で帝国の第五皇子とやらをぐちゃぐちゃに潰して殺害したのだ。普通なら悲鳴が上がったり、恐ろしいという声が聞こえたりするものだと思う。だが、新入生も在校生も、その様子を見てむしろ歓声をあげ万歳までするくらい興奮した。
皆、あの時の状況をおかしいとは思わないのだろうか?

さらに言うと、あの聖女様とやら。なぜ聖女と呼ばれているのだろうか。人々のあの時の反応からしてよっぽど有名な人なのだろうが、俺は知らない。またフォーナ様達に聞いてみよう。カッツに聞いても適当な答えしか返ってこなさそうだし。

「ふーん。なに難しいこと考えたんだか知らないが、今は入学できたことを喜べばいいじゃないか、な?」

「……そうだな。これからよろしくな、カッツ!」

「こっちこそ、クロン!」

俺たちは、軽く拳をぶつけ合った。




「よし、お前ら。まずは入学式お疲れ様。そして自己紹介の時間だ!」

教室に入り生徒達が自分の座席に着くなり、一年一組の担当教師担任であるティナリア先生が机をバンッと叩いてそう言った。

「自己紹介は出席番号順に行ってもらう!   この出席番号は、学園生活の間様々な場面で使うことになるから覚えておくように。では、一番のアーナジュタズィーエから頼む」

「はい」

先生は教室の前面の壁に掲げられている黒色の板に、その板の下の辺についている溝に置かれている円柱状の物体を手に取り、黒色の板にこすりつけた。

すると、なぞった部分から白い文字が浮かび上がっていく。入学試験の時も注意事項を書くときに試験官が使っていた物だが、”マナペン”と呼ばれる筆なのだそうだ。あの黒い板は、マナボード。共にマナタイトで出来ているのだという。
マナペンをマナボートに対して擦り付けると、紙に書くように文字が書ける。それだけではない。書いた文字の色を変えたり、並び替えたりと色々な機能が備わっているのだ。

先生は出席番号や名前、年齢など最低限紹介してほしい必要事項を記していく。そしてマナボートの周辺の、一段高くなっているところから降りアナスタシア様に場所を譲った。

「皆さん、こんにちは。出席番号一番の、アーナジュタズィーエ・フィン・ロンデルです。名前の通り、ルコラーデ=ナ=ロンデル王国の第一王女です。なぜこの学園に来たのかというと、国に戻っても私ではまだ力不足で役にたたないからという事実もありますが、この神皇国との友誼を深める橋渡しとしての役割からです」

アナスタシア様は口角を上げる。

「ですので、私のことは友人と思って気軽に接してくださると嬉しいです。名前もアナスタシアと呼んでください。様付けなんて不要です。十二歳と、この中では少し年上かもしれませんが、そのぶん皆さんのわからないことがあれば少しでも力になれるかと思います。どうぞ、よろしくお願いします!」

--パチパチパチ

生徒達が拍手をする。勿論、俺も。ここから見える範囲でも、顔を赤くしている男子がいるようだ。そりゃ、あんな金髪金眼の美少女に仲良くしてね!   なんてとびきりの笑顔で言われたら、青春の日々を期待してしまうものもいるだろう。

「では次、出席番号二番!   と言いたいところだが、二番の生徒は今は休学中なのだ。また、夏休み明けにも登校すると思うから、その時はみんな仲良くしてやれよ」

いきなり休みだなんて、そんな生徒もいるんだなあ。すごい度胸だと思う。

「では次、三番!」

自己紹介は続く。




「次、二十三番!   プッチーナ!」

「……はい」

プッチーナが立ち上がる。

「……出席番号は、今の通り。名前は、プッチーナ。九歳。よろしく」

え?   プッチーナはそれだけ言うと、壇から降りて自分の席に戻った。

「……ご、ごほん。ま、まあ、緊張しているのだろう。聞きたいことがあれば、また改めて本人に聞けばいいしな。では次、二十四番!」

先生、今のでいいのですか……?



「次、三十九番!   カッツ!」

「はいっ!」

カッツが勢いよく立ち上がる。

「出席番号三十九番の、カッツです!   歳は十歳。地方都市の商会の息子で、将来は後を継ぐつもりだ!   皆、特に女の子はよろしくな!   イケメンフェイスが火を吹くゼェ?」

…………パチパチ……

「お、おう。熱い洗礼、歓迎するぜ!」

『ブゥー、ブー!』

「真面目にやれ!」

「アナスタシアさんを狙ったら許さんぞ!」

「調子にのるなよー!?」

「うっせー、お前らだってどうせ、あの第一神子殿下と一緒に出て来たおっぱい姉ちゃんのこと凝視してたんだろうが!」

男子達が目をそらす。

「いやらしいわ!」

「これだから男子は……!」

「見つめたら視線でわかるんだからね!」

女子達がそれに突っ込む。

カッツは持ち前の元気さで無理やり乗り切った感じだ。最後の部分は余計だが。

「はいはい、じゃれつくのは後にしろ。最後、四十番!」

先生方を打ち鳴らし、生徒達が黙る。

いよいよ俺の番だ。

壇に上がる。ここからだと、意外とみんなの顔が見渡せるんだな。

「出席番号、四十番。クロンです!   九歳です。出身は北の開拓村です。なので、都会のことは全然わかりません。常識もかけているかもしれませんが、また色々と教えてくださると嬉しいです。よろしくお願いします!」

……み、短かったかな?

--パチパチ!

「よろしく!」

「ねぇ、ちょっとカッコよくない?」

「あの目つき、鋭いけどゾクゾクするわ……」

……な、なんとか拍手はもらえたようだ。少し評価されるところがおかしい気もするが。

俺は席に着く。と、先生が再び壇に上がった。

「よし、これで全員終わったな。明日からの予定を確認する。配布された紙を出してくれ」

説明は、終わりの鐘がなるまで続いた。



学園生活が、始まる!













「よくぞやった、我が息子よ。謹慎処分を解いてくれと言われた時はどうしたものかと思ったが、言われた通り任せてみてよかったな」

バルフェルンハルトが、大講堂に置かれた玉座から立ち上がる。

新入生や、在校生、教師達も皆それぞれの居場所に戻った。今この場には、神皇帝とその息子、付き人の三人しかいない。

「ありがたきお言葉……」

息子であるアウズクートスが跪く。

「ふん、いつもそのくらいしおらしくしてさえいれば、近いうち皇位を譲ってもいいかもしれんのにな」

神皇帝は息子を横目で見下ろす。

「本当か、親父!?   ガッ!」

アウズはその言葉に反応し、笑顔で立ち上がる。が、神皇帝が頭蓋を片手で握りしめる。ミシミシと嫌な音が大講堂に響く。

「や、やはり教育が足りんようだ……”針の間”で一ヶ月過ごしでもすれば、少しは丸くなるか?   ん?」

神皇帝はさらに力を込める。アウズの肌がだんだんと変色して来た。

「痛い、頭が割れるっ!   離せよっ!」

「なに、反省するまでこのままだ。親の教育が足らんかったようだな。俺の皇位をそうやすやすと渡すと思うのか?   例え息子だろうが、神だろうが、この国で一番偉いのは俺だ、俺が全てを決めるのだ。わかったな?」

アウズは痛みと恐ろしさからじたばたと暴れ逃れようとする。だが神皇帝はその訴えを一蹴する。

「は、はいいい!   仰せの通りにっ!   だから離してください!」

「ふんっ」

「ぐはっ」

とうとう身体が持ち上がってしまっていたアウズを床に放り投げる。

「いてて……」

「大丈夫、アウズ?」

最後の一人、ロゼッタリアが膝に手を置き中腰になってアウズを心配そうに眺める。

「……あ、ああ、生きてはいる……すまんな、ロゼ」

「んーん。ほら、立てる?」

「おう」

ロゼの手を借り、アウズが立ち上がる。その様子を父親であるバルフェルンハルトは無表情無感動に眺めていた。

「……その実験体・・・も随分と感情豊かになったものだ。流石はあの天才発明家のなした技だな。だが、お前ももう三十になるのだ。ランガジーノのように女に追いかけ回される男もどうかと思うが、お人形遊びをするお前も女々しくて見ていられん。いい加減オモチャを捨てる気にはならんのか?」

「……ロゼは、そんなんじゃねえよ。作られたとはいえ命があるんだ。俺が責任を持って最後まで世話をするよ」

アウズがロゼのことをかばい抱きしめる。ロゼは嬉しそうに顔を赤らめる。

人形クローンにも一定の感情はあるようだ……はっ。世話、か。神皇国の民が次代の神皇帝はスライム魔物で夜遊びするのが先だと知ったら、どんな反応をするか、ん?」

「ぐっ……」

今度はアウズが顔を赤くする。

「自分の母親と同じ顔のクローンを、皇后の生き別れた双子の妹だと偽り親衛隊に加え、夜は餌の代わりに精液を与える。背徳、冒涜、羞恥!   ……しかし、俺はそれを認めた。いいと言った以上は、今更捨てろとは言わない。だが、実験体である以上は、必ず成果を上げてもらわなければ。こちらとしても色々と考案している政策があるのだから。わかったな、アウズ?」

神皇帝は、今度は正面から息子と実験体を見下ろす。

「ああ、だが、帝国の将校から情報を盗み、帝国の第五皇子であるこいつを捕虜にした。充分な成果は既に挙げているはずだが?」

アウズは床に散らばっている肉片を指差す。肉片は未だにモゾモゾと蠢いていた。

「それがどうした?」

「え?」

「たった一度の成功ではないか。お前は、それで満足するの?   この国を統治する偉大な血筋である皇族の癖に、ランガジーノだけではなくお前までもなよなよとした男になってしまってどうする!!」

神皇帝は目を光らせる。

「土下座をしろ!」

「「かはっ」」

父親のことを見上げていたアウズの頭が、一瞬で床にめり込む。ロゼも同じくだ。

「親衛隊を許可したのは、お前に自由な戦力を与えこの国のさらなる発展に寄与させるためだ。王様ごっこをさせるために与えたものではない!   あと半年後には、お前は北方の国境地帯に行くのだろう?   憎き帝国に我が国の偉大さを骨の髄まで思い知らせてやるのだろう?   それが今から満足しているようでどうする!!」

神皇帝は手に持つ杖を打ち鳴らす。

「その第五皇子はゴミクズに過ぎない。本丸は勿論皇帝だ。満足するならば、お前一人で帝国をその手に収めてみろ!   滅ぼすのではない、民も財も、神皇帝に使えるものは全て略取するのだ!   スキルの力を頼るだけのお前は、果たしてそれができるか?」

もう一度、杖を鳴らす。

「顔を上げろ」

「…………」

アウズは額の頭を我慢しながら、両手を床についたままゆっくりと顔を上げる。

「いいか、よく聞いておけ。俺は例え百万が一、お前が帝国を占領することに成功したとしても、それで満足することはありえない。何故ならば、この世界の絶対的強者はただ一人、この全知全能なる私だけだからだ!   命あるものはその血の一滴まで俺のものだ。金銀から土くれの一欠片まで、この世にあるものは全てが俺のものなのだ!」

「お、親父……?」

「陛下……」

神皇帝は杖を持ち上げ、両手を広げ大講堂の天井を見上げる。

「海、大地、空。世界の全ては俺の意志のままにある。私が世界の法だ、私が世界の秩序だ。よって当然、この星も宇宙も、全てがこの私のものなのだ。がははははは!   なはははははは!!」

神皇帝の高らかな笑い声が、大講堂をいつまでも木霊した。


          

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