俺はこの「手」で世界を救う!

ラムダックス

第31話


<グリムグラス神皇国首都・皇都ソプライワード
天上宮殿グリムグラセス内にある迎賓館にて>

>御意!<

「……はあ、全く、困った息子だ」

大きなソファを一人で占領している金髪金眼の初老の男が通信機を切断し、溜息をつく。

「元気な跡取りじゃねえか、はっはっは!」

向かい側のソファに座り対面するは、髪を逆立てた筋肉質な男。全盛期を過ぎてもなお衰えないその身体は、国家の主人としての風格を保つのに一役買っている。

「元気すぎるのも、困りものだ。おれの命令を無視し勝手に蛮族討伐・・・・に向かうなど、本来ならば即打ち首だぞ?」

「だが、お陰で侵攻してきた帝国兵に加え、ザンガ山脈の向こう側に集結していた軍まで殲滅できたんだろ?   なんでも軍団規模だったらしいじゃないか!」

「そうらしいがな。我が息子とはいえ、何万もの兵を一度の出撃で滅ぼすとは大したものだ。そこは素直に褒めるべきだな」

そう、二人は共に国の頂点に立つ男。神皇帝であるバルフェルンハルトと、ロンデル国王のグォルドティタヌゥズだ。
二人は今、魔物襲撃後の復興対応に関する重要な会談という名目で、二人だけの密会を行なっていた。秘書も護衛も、本来ならばこういう場での細かい取り決めに関わる官僚も誰一人、一切付けずにだ。

「そういうなら、謹慎はちとやりすぎじゃないかと思うのだが?   それに報告も聞かずにすぐに部屋に閉じ込めるとは」

「なに、それには理由がある」

バルフェルンハルトは手のひらをあわせ一度叩く。音がなると、だとからともなく黒い影が現れた。

「うぉっ!?」

グォルドティタヌゥズは目の前に現れた人影に驚く。

「タイタヌス、これがおれの最も信頼する部隊の一つ、”シャドウ”だ。」

「シャドウ……前からその存在聞いていたが、実際に会うことになるとは。隠密部隊なんだろ?   俺に会わせてどうするつもりなんだ」

「おれとお前はこれから連合の長となるのだ。切り札を示しておくのは悪くないと思うのでな」

バルフェルンハルトはニヤリと笑う。

「なるほど……で、その男は誰だ?」

グォルドティタヌゥズは、シャドウと呼ばれた者が背負っている齢12、3歳ほどと思われる少年を指差す。

「おい、降ろせ」

バルフェルンハルトが言うと、シャドウは縄を引っ張り振りかぶるように上に持ち上げると、そのままの勢いで床に少年を叩きつけた。

「ぐあっ!?」

少年は衝撃で目が醒める。

「……け、結構手荒なんだな」

「こやつの身分を知れば、そんな心配もしなくなるさ。おい!」

「あ?   って、ここはどこだ?」

少年はバルフェルンハルトのことを見るや、部屋をキョロキョロと見渡す。

「おお、知りたいか、少年よ?」

「誰だてめーらは?   俺様が誰かわかってんのか、ああん?   がっ!?」

少年は二人のことを睨みつける。がすぐにシャドウが少年を再び叩きつけた。

「口の聞き方には気をつけたほうがいいぞ」

「おい、ここまでやる必要があるのか?   ルンハルト、一体こいつは誰なんだ」

「うむ、教えてしんぜよう。こやつはミナスティリアス帝国の第五皇子、ホアンダラだ」

「……て、帝国の、皇子だと?」

グォルドティタヌゥズは驚いたような、それでいて信じられないような微妙な表情だ。

「くっ、知ってんなら!   こんな扱いが許されると思っているのか?」

ホアンダラは床に押さえつけられて苦しみながらも必死に威勢を張ろうとする。

「許される。ここはおれの国だ。なにをしようがおれの勝手だ」

「は?   お前、本当に誰なんだ!」

と、バルフェルンハルトの目が光る。

「おれか?   おれは、神だ。神皇帝バルフェルンハルト・ゴッディス=グリムグラスだ!」

バルフェルンハルトから気が湧き出てくる。睨まれたホアンダラは一切身動きが取れなくなり、その圧を全身に受ける羽目になった。そして目、鼻、股間から様々な液体が流れ出してくる。

「おい、やりすぎだ!」

グォルドティタヌゥズがバルフェルンハルトの目を手で覆う。と、溢れていた気が次第に霧散した。

「見ろ、失神してるぞ」

「ん?」

ホアンダラは液体を垂れ流しそのまま気を失ってしまっていた。口からよだれを垂れ流している。

「仕方ないな……おい、起こせ」

バルフェルンハルトが手を叩く。とまた黒い衣装を着た人影が天井から音もなく現れた

「ん?   またシャドウか?」

「違う、これは”ダーク”、簡単にいえば暗殺部隊だ」

「暗殺?   なぜこの場でそんな奴を出してくるんだ」

グォルドティタヌゥズは咄嗟に身構える。

「嫌々、勘違いするな友よ。おれはこの生意気な皇子様を起こそうとしているだけだ。おい、やれ」

バルフェルンハルトが顎をしゃくると、ダークが床に倒れた少年の前を目に見えないほどの速さで横切った。


「ふっ、ぎゃああああ!?」


ホアンダラが突然叫びだす。左手を右手で押さえながら床をゴロゴロと転がりのたうちまわる。その指先からは、赤い液体が吹き出していた。

「目が覚めたか、少年よ。おい、血を止めろ」

シャドウが今度はゆっくりと近づく。懐から瓶を取り出しホアンダラの腕を掴んで指に雑に振りかける。と、瞬く間に吹き出していた血が止まった。

「うう……」

だが痛みは治らないのか、指を押さえうずくまる。それをシャドウが、無理やり立たせた。

「やはりいつでも過激だな、お前は。行動も、その思想も」

グォルドティタヌゥズは呆れたように首を振る。

「おれが正しいと思ってやっていることだ。何も問題はあるまい」

バルフェルンハルトは一つ鼻を鳴らし、椅子から立ち上がって少年に近づく。そしてその頬を片手で挟んだ。

「さて、お楽しみの始まりだ」












今日は春の一月七日、明日はいよいよ入学式だ。
フォーナ様はエレナさんのおかげで正気になり、今は邸の補修や減ってしまった家臣を補うための人材集めを指示している。明日からは学園の寮で生活するため、今のうちに最低限必要な指示を出しておかないといけないそうだ。

フォーナ様がいない間は、冬の間と同様家老であるプッチーノさんが代理でそれらの仕事を担う。俺はというと今日で家老紛いの立場ではなくなり、明日からは国立学園生となる。
エレナさんと三人、頑張って六年間を乗り切らないとな。


そもそも何故あの時家臣たちの姿が見られたかというと、エレナさんのスキルのおかげなのだ。
当然のように皆に質問攻めをされたエレナさんは素直に答えてくれたが、<鎮魂レクイエム>というスキルなのだという。

死体や骨、亡霊などに対して使われるスキルで、スキル名をそのまま言うのではなく、まずは教会で行われる詠唱ミサに使われている言葉をそのまま唱える。その後どのような目的かを短く加えることで、死者に様々な効果を及ぼすことができる。

エレナさんがこのスキルに気がついたのは、子供の頃祖父の墓に行った時だったという。天国で安らかにと願いながら都会の人々の間で有名な句を詠んだ後、『もう一度だけお爺ちゃんに会いたい』とつぶやいたら、あの青白い姿で地面から現れたという。
後から教会にいるスキル鑑定士という人に調べてもらったところ、れっきとしたスキルだと判明したという話だ。

町娘であるエレナさんは、学校を卒業した後、専門学院と呼ばれる様々な職業別に存在する訓練学校で下級侍女メイドとして学ぶ傍ら、死に目に会えなかった遺族向けの鎮魂事業を手掛け学費を賄っていた。侍女専門学院をどうにか卒業したエレナさんは、そのスキルの有用さを見込まれ宮殿へ就職することができた。
それで今に至るわけだ。
宮殿に就職した後も、暇な日にはスキルを使って鎮魂に出向いていたらしい。ここ五年ほどは侍女としての本業が忙しく、スキルを使っていなかったれしいが。

エレナさんって、いったい何歳なんだ?

ちなみに、スキルは死人一人に対して一回限りしか使えないらしい。なぜならば、鎮魂のために呼び出しているため、死体から呼び出された魂はそのまま天国へと旅立ってしまうからだ。
さすがに天国からちょっと会いたいからといって現世へ呼び戻せるほど便利なスキルではない。


そんなエレナさんと俺は二人、学園生活南京前の最後の新年を楽しんでいる。
魔物に襲われた皇都であったが、八つある騎士団と神皇帝の呼びかけに応じた自警団によってだいぶ治安が保たれている。そりゃ、少しは火事場泥棒的ないざこざがあるみたいだが、何万人もの人々が暮らすこの街においては許容範囲キョヨウハンイだと団員の人は言っていた。

一日でも早く生活を立て直すためか、被害が小さかった店は出店を出したり、安売りをしたりと新年を盛り上げるために精力的に商売を行っている。俺たちはそれらをぶらぶらと見て回り半ば冷やかしになりながら、これからの学園生活に思いを馳せていた。

「エレナさん」

「ん? 何ですかクロン君」

今だけは様付けをやめてくれと頼んだら、その時からエレナさんはまるで恋人に絡むようにべたべたと接するようになった。
俺のことをからかっているのだろうか? エレナさんの推測される歳なら、男の一人や二人付き合ったことがありそうだが。

……今一瞬寒気がしたぞ? 歳のことについて考えるのはやめておこう。

「賢明な判断です、クロン君!」

えっ!? まさか、心をを読まれたのか?

「顔に出ていますよ、私とデートできるのがうれしくて気が緩んでいるのですね、きっと」

エレナさんはウフフと笑う。

「そ、そうかな。え、エレナ……さん」

「エレナ」

エレナ……が笑顔なのになぜか迫力のある表情で顔をずいっと近づけてくる。

「は、はい、エレナ」

「よろしい」

そういって俺の腕に自分の腕を絡めてきた。エレナさんの身長は俺の身長よりちょっと高いくらいなので、それほど問題はないが、恥ずかしい。ほら、道端で話をしているおばちゃんたちに笑われてしまったじゃないか!

「……こうしていられるのも、今日だけなんですよね」

「そうですね」

「あの、ちょっと寄りたいとこがあるんですが、いいですか?」

「ええ、もちろん」

「やった!」

俺たち二人は、エレナさんおすすめの場所絵と向かう。




「うわー、きれいだ!」

エレナさんおすすめの場所は、学園最上階の展望台だった。
学園生である俺と使用人として登録されているエレナさんは、身分証を見せたらあっさりと入ることができた。

展望台は結構な高さにあり、皇都の景色を眺めることができる。
丁度夜になるところだったので、街頭や家々の明かりがつき星のようにきれいだ。

「えへへ、凄いでしょう!」

「ええ……」

やはりこうしてみると、ところどころに魔物襲撃の被害が見受けられる。
だがそれでもあの明かり一つ一つに人が生きている証拠がある。

死んでいった者は生きている者に弔われ、生きている者は死んだ者たちの分も精いっぱい生きる、そんな命の輝きが、この町明かりには表れているのではないか。エレナさんに腕に寄りかかられながら、自らの使命を貫く覚悟と、世界の危機を救う決意を忘れないようにしようと思ったのであった。








「私は今こんなにいそがしくしているのに、二人は和気あいあいとデートだなんて……ううっ。クロン、学園生活が始まったら、毎日素振り千回ですからねっ!!」

「フォーナ様、おしゃべりをする余裕をお持ちであるのならば、こちらの書類も今日中に目を通しておいてくださいませ」

「な! プッチ―ノの悪魔! オーガ! 天才家老―!!」

「おほめいただき光栄でございます。ではこちらの書類も追加しておきましょう」

「し、しぬ……やっぱり死ぬ! むしろ過労死する―! クロン、いやクロン様、走り込み百回も追加ですからね!!!」



クロンの学園生活は、本人の知らぬところでどんどんと不穏になっていくのであった。


          

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