俺はこの「手」で世界を救う!

ラムダックス

第27話


「ねえ、あなた軍のお偉いさんなんでしょ?」

「あ、ああ……」

ソートスは裸の女に連れられて、仮眠室へ訪れていた。

「まあ、座りなよ」

「お、おう」

ソートスはベッドに腰掛ける。女も肩が触れ合うか合わないかな距離で隣に座った。

「ごめんねえ、ホアンダラったら、いきなり死ねだなんて言うんだもの。怖かったよねえ?」

女はソートスの顎に手をやり左腕に胸を押し付ける。何も身につけていないため、その柔らかさが直に伝わる。
帝国と神皇国の境目はこの大陸の南方に当たるため、春の一月という季節と相まって本国より少し暑い。そのため鎧を脱いだ今は薄着であるため余計と感触が伝わるのだ。

「あら、つるつるね。こまめな男は好きよ?」

顎に当てた手を動かしスルスルと横撫でする。その度に胸が押し付けられたり離れたりするため、先ほど大失敗を犯したと言うのに、ソートスは気分が高まってきてしまった。

「な、何がしたいんだ?」

その気分を振り払おうとソートスは女から逃げるように少し横にずれ、顎に当てられた手を払いそう質問した。

「慰めてあげるのよ。遊んであげるって言ったでしょ?   つまりはそ、う、い、う、ことよ」

女は離れたぶんを詰めて来、今度はソートスの足を自分の足の間に入れるようにソートスの上に座り対面する。

「ほらほら、どう?」

女はソートスの目の前で露出した胸を揺らす。その先の蕾が揺れ動くたび、オスの本能か嫌でも目で追ってしまう。

ゴクリ。ソートスは一つ唾を飲み込み、手を持ち上げる。
指先がプルプルと震えながらもゆっくりと胸に近づける。

そしてソートスの指が女の胸に触れた瞬間。

「いただきまーす」

グチャッ。

「えっ?」

女の片胸が突然上下に割れ、ソートスの右腕を呑み込む。そしてその口のように割れた胸が閉じると、腕が押しつぶされてしまった。

「うーん、あんまり美味しくないわね。筋肉ばっかり……」

----モゴモゴ、ペッ!

女の左胸は動物が食べものを咀嚼するかのように動き、そして残りカスとなった手首から先の骨を果物のタネのように勢いよく吐き出した。

「う」

「う?」

「うわあああああうぎゃあああ!!」

ソートスは随分と遅れて認識した激しい痛みに襲われ叫び声をあげながらのたうちまわる。

「ちょっと、うるさいわよ!」

「う、腕があああああ!!」

右腕を押さえ、切り口から流れ落ちる血も気にせずに暴れまわる。ベッドのシーツや床、壁、天井にまで飛ばされた血がへばりつく。

「もう!   まだ手首から先を食べただけなのに!   お楽しみはこれからよ?」

女は妖艶な笑みを浮かべ暴れるソートスの腹に乗り馬乗りになる。そして片手で両腕を掴み、ベッドに押し付けられたソートスの頭の上で抑え、もう片手でその頬を撫でる。

「さあ、坊や。残りも頂戴」




「……やっぱり美味しくなかったわ。これだから鍛えることしか知らない脳筋軍人は困るのよ。ま、必要な情報は手に入れられたからいいっか」

女はそう呟く。部屋の中には骨だけになったソートスの遺体がバラバラに転がっていた。

「あーあー、聴こえる?」

女は何やら取り出し耳に当てる。

>おう、大丈夫だぜ<

その道具からは、誰かの声が聞こえてきた。

「今、一人殺したわ」

>そうか、良くやった<

「なによ、偉そうに」

>そりゃ、俺はこの国で二番目に偉いからな!<

「ふふっ、それもそうね。で、そっちの準備はできているの?」

>ああ、いつでも撃てるぜ<

「じゃ、後は頼んだわよ?   いつまでもここにいて、巻き込まれたらたまんないわ」

>いっぺん死んでみてもいいんじゃねーのか?<

「……それ、何の冗談?   私の体質・・を知って言っているのかしら?」

>そう怒るなよ……早く逃げろよな<

「はいはい。もう切るわね。はあ、こんだけの会話でマナタイト一つぶんだなんて信じらんない!   出費が嵩むわ」

>愛しき恋人との通話なのに、現金な女だぜ。ま、その辺はまたあいつに報告しておくよ。言ったらすぐに改良してくれるだろうからな<

「本当?   今度はちゃんとしたものを作らせてよね」

>おうよ、じゃあな!<

「ええ。愛してるわ」

女はそう言うと道具の四角い出っ張りを押す。すると男の声が聞こえなくなった。

「……さて、後はどう逃げようかしら?   その前に、着るものが必要だわねえ。こいつの服は血まみれだし、汗臭そうだから嫌だわ。仕方ない、シーツの替えでも羽織ましょう」

女は箪笥をあさり、目論見通り入れられていた替えのシーツを、ベッドの下に隠してあった荷物入れから取り出した裁縫用具で加工する。

「ふんふーん」

鼻歌交じりにご機嫌な様子だ。その器用な手先で短時間でフード付きのローブに仕立てた女はそれを羽織り、少し離れたところから部屋の入り口とは反対側の、前に何も置かれていない壁に手を向けた。


と、なんとその腕が伸び、部屋の壁の一部を四角に切り取った。


「……よし」

女は腕を元の手に戻し歩いて、切り取られた辺りの壁を押すと、そのまま部屋の壁が向こう側へ倒れた。女が腕を戻すと、そこには大人が丁度一人通れそうな穴が空いていた。
女は、今の一撃で急造とはいえ頑丈な石で作られた部屋の壁を破壊したのだ。

「……はあ、全然手応えを感じない。この男が不味いせいで無意識にイライラしているのかしら?   力が有り余っている気がするわ。……作戦が終わったら、あいつに目一杯愛でて貰わなくちゃ!」

女はこの後与えられるご褒美のことを妄想したのか、顔をフニャリとにやけさせる。が、両頬を手で叩きすぐに真顔に戻った。

「バイバイ、どーてーくん」

女は壁に空いた穴を通り、部屋の方を振り向く。そして一言、床に散らばった骨に向かって言うと、闇夜の中を音もなく走り出した。








<ザザンガ=ザンガ山脈上空>


>ええ。愛してるわ<

ロゼはそう言うと通信を切断した。

「……ちっ」

まったく、憎めねえ女だな。帰ったら褒美でもやるか。

「殿下、お話は終わりで?」

俺の横を飛ぶ・・男がいやらしい顔をしながら言う。

「ああ、一人分手に入れたってよ。ってかなんだよその殿下ってのは?   それに俺が通話している間ずーっとニヤニヤしやがって!」

「いやいや、何を仰いますアウズ殿下。愛しの彼女とのひと時を邪魔するわけには参りませんで。生暖かい目で見守らせていただいただけですよ」

「てめぇ、喧嘩売ってのかああん!?」

男はニヤついた顔を隠そうともせずに、態とらしい態度で接してくる。俺はそれに怒りを露わにする。

「喧嘩を売ってるのは帝国だろ。悪かったよ、アウズ」

「全くお前は小さい時からクソ生意気なやつだな」

「アウズほどじゃないけどな」

「やっぱ喧嘩する気だろ!?」

俺はコイツに向かって両手を向ける。と、慌てて首を振り出した。

「いやいや、冗談だって!」

「ふん」

俺は手を戻し腕を組んでそっぽを向く。が、足元を見るや、一つため息を吐き再びコイツの方へ向き直す。

「それでアント、後どれくらい飛べる・・・んだ?」

昔からの親友であり、かつ腹心の部下であるアントヌスはスキル持ちだ。俺たちはコイツのスキルを使って、今帝国軍が駐留しているザザンガ=ザンガ山脈の上空を飛んでいる。
帝国側はザザンガ山脈、神皇国はザンガ山脈と呼んでいるそれは、そのまま両国の国境線となっており、休戦協定の以後は山を挟んで互いに不可侵としていた。

が、それも先日までの話。ついこの間突然発生した、魔物による皇都襲撃事件と連動するかのように帝国軍は兵を展開、山脈の麓に膨大な数の兵を集め侵攻するのを今か今かと待っている様子だ。

神皇国は老中及び大老による臨時閣議を開催しているが、未だに派兵の決断は出ていない。親父である神皇帝バルフェルンハルトもこの帝国軍による暴挙に対して、何故か沈黙したままだ。
その為俺は我慢がならず、帝国に痛い目を見せようとこうしてわざわざ出向いたわけだ。

お供をするは、このアントヌス一人だけ。俺とコイツの強さならばそれで充分だからだ。後、帝国軍にロゼッタリアが侵入したくらいか。

俺はこれから帝国軍を全滅させる。文字どおり、全滅、いや消滅といった方がいいか。そのまま帝国の首都までちょっと挨拶・・・・・・に行くつもりだ。

「一時間くらいかな」

アントヌスのスキルは浮遊フライ、その名の通り空に浮かび、飛び回ることもできる。使える時間はコイツの魔力残量により、ただ浮かぶだけならそれほど消費しないが、飛び回るとなると消費量は上昇する。
今ここでコイツの魔力が切れたら、俺たちは山に向かって真っ逆さまだ。そのため引き際は大切なのだ。

「それは、空を移動してか?   それともこのままここに浮かんだままで?」

「移動してだ。ここにいるだけなら後五時間は持つ」

「ふむ……ここから帝国軍を攻撃して、残った魔力で近くの村に降りるか」

「それが良いだろう。帝国の首都までは遠い。一度魔力を回復させてから、ブースターを併用して向かったらどうだ?」

「ブースターか……試用が実戦というのもどうかと思うが?」

ブースターとは、俺お抱えの技術者に創らせた魔導機械だ。マナタイトに溜めた魔力を使い、空気を放つ魔法陣を発動する物だ。
最初は出力を調整できるよう魔素機器にしようかと思ったのだが、アントヌスのスキルを使えば飛び始めだけスキル、その後はブースターを使って全速力で飛べば良いと言う結論に至ったため採用しなかった。それに魔素機器は高い。俺の小遣いでは厳しかったと言うのもある。

因みに、さっきの通信機と呼ばれる魔素機器も同じ技術者に創らせた。この技術者は俺たちの考えもつかないことを発想できる所謂天才と呼ばれるやつだ。他にも様々な魔導機械や魔素機器を創り出し、神皇国の発展に尽力している。

「あの天才バカのつくったものなら大丈夫だろ。それに俺の魔力保有量じゃ首都まで行った後戦うことができるかはわからねえ。念を入れるに越したことはない」

「そうか、お前がそう言うなら」

魔力量は結局は本人の感覚でしかわからない。俺が頑張って飛べた命令しても無理な時は無理なのだ。俺はそこまで阿呆ではない。

「まあ、先ずは、あの帝国軍の奴らを消してからだな」

「ああ。アウズ、やりすぎるなよ?」

アントは先程のからかうようなものとはまた違う、何かを期待するような笑みを浮かべる。

「……偶然手が滑っちまうかもなあ」

俺はトボけたようにそう言った。

「「アハハハハ!」」

「……では、行くか」

「御意」

俺たちは、もう少し帝国軍に近づくため移動を始めた。









「……チュリはまだなのか?」

俺は俺専用に作られた個室でチュリが戻ってくるのを待っていた。あのままつまらない軍議なぞに出続けるつもりはさらさらない。何故皇子である俺様が、汗臭いジジイどもと一緒にいなければならないのだ。

それにあの将校の態度!   本来ならば俺様のこの剣技で一瞬でバラバラ死体してやるところだったが、チュリが何故か”欲しい”と言ったため彼女に与えてやった。せいぜい楽しむが良いさ。その後、どっちみち首と胴が離れることになるのだから。

だが、楽しむ・・・とは言っても幾ら何でも遅いのでは?

「……ちっ」

俺は我慢がならず、部屋を飛び出す。そして部屋の入り口を守っていた兵士に声をかけた。

「おい、そこのお前」

「これは、殿下!」

兵士はすぐさま跪く。うむ、なかなか教育が行き届いているようではないか。って、そうではない!

「そんなことをしている暇があったら、あの将校を探してこい!」

「はっ?   将校……どなたのことで?」

むむむ、察しの悪いやつだ。

「あいつだ、あの、俺に向かって生意気な口を聞いた!」

「……はあ、誠に申し訳ございません、畏れながら、私めはその場に居合わせていなかったものですから……ずっとここの警備を任されておりました故」

兵士は頭を下げそう言う。

「むう、ならば他の者に聞いてくるのだ!   会議室から女連れで出て行った奴と言えば、誰か知っているだろう。早くしろよ!」

「御意!」

兵士は今一度格好をただし、掛けて行った。

「……全く使えんやつらだ」

それくらいのこと、思いつかないものか?

俺は部屋に戻ろうと足を踏み入れる。と、その時。



----ゴゴゴゴゴゴ!



「うわ、なんだ!?」

突然、地面が揺れ始めたのだ!

「うわわわわ、だれか、だれかー!」

俺は揺れが大きくなるにつれ立っていられなくなり、床に這いつくばりながら助けを呼ぶ。体の芯から響くような低く鈍い音がだんだんと近づいてくる。それに合わせて揺れもますます大きくなってきた。

「おい、だれかいないのか!」

だが、俺の助けを呼ぶ声も大きな地響きに掻き消される。

そして……



俺の意識は途絶えた


          

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