俺はこの「手」で世界を救う!

ラムダックス

第10話


「びっくりしたよ、父上……皇帝陛下が話しかけるだなんて」

ランガジーノ様は紅茶を飲み一息つくと、そう話を切り出した。

「俺も、びっくりしましたよ……これって、予定にはないことなんですよね?   実は俺だけ知らされてなかった、とか?」

「いいや、そんなことはないよ。実はね」

といい、皇帝陛下のやり口について説明された。

皇帝陛下はその”目の力”を使って、相手を拘束することができる。気に入らない者がいれば、謁見などが行われる際敢えて話しかけ、相手を喋ることができないようにする。と、『皇帝陛下の御言葉に返事をしないとは、何事だ!』となり、打首というわけだ。

つまり俺は、あの時あの場で、殺されかけたのだ。

「だが、君は初対面でかつ、勇者候補の一人。皇帝陛下といえども、その存在の重要さはわかっておられるはず。君がなぜ受け答えをする事が出来たのかはわからないが、危険な賭けに出る必要は全くない。だからこそ、今回の皇帝陛下の為されたことは、理解し難いのだよ」

「成る程……」

だが、皇帝陛下は此の国を束ねるお方。俺のような庶民には理解し難い行動原理というものがあるのだろう。そう思っておこう。じゃないと、気まぐれで人を殺すとんでもない人だということになる……

「セバスティアノンも、何か聞いていないのだな?」

「はい、お役に立てず申し訳ありません」

セバスティアノンさんは、腰を折りランガジーノ様に謝罪する。

「嫌、謝る必要はない。これは誰も予想できなかったことなのだ。それに、あの場にいた貴族たちの反応。なかなか面白かったじゃないか。な、クロンくん?」

「え?   面白い……ですか?」

ざわざわしていたことは確かだが、それの何がある面白いのだろうか。

「つまりだ。失礼だが、平民である君が、普段は会うことも叶わない貴族達を差し置いて、皇帝陛下に話しかけられた訳だ。そしてあの反応ぶり。君はこれから目をつけられる可能性が高くなるだろうね。だが、君は皇帝陛下の”赦し”も得ている。もし君に何かあれば、それは皇帝陛下に逆らうも同義なのだよ」

「赦し、ですか?」

俺は、ランガジーノ様に問う。

「ああ。頑張れ、面白い奴になれ、等と言われただろ?   それは皇帝陛下が君のことを気にかけた、君の存在を保証することなのだよ。今にして思えば、俺は皇帝陛下なりの”策”だったのかもね」

ランガジーノ様は何かわかった風にそう言う。俺よりも貴族のことにはるかに詳しいランガジーノ様だ。ピンとくるものがあったのだろう。

「そしてこれは僕も驚いたのだが、君に尽くすように命じた」

「はい、そうですね。でも、臣民なら皇帝陛下に尽くすのは当たり前、じゃないんですか?」

「その通りだ。だからこそ、態々陛下が確認するようなことではない。なのにあえて聞かれた。君は、それに答えた。結果としてはだが、大変なことをしでかした訳だ」

「大変なこと、ですか?」

「ああ、そうだ」

ランガジーノ様だけではなく、セバスティアノン様、フランポワン様も一斉に頷く。

「これから、君を取り巻く環境は、激しく変わってゆくことになるだろう」

「変わってゆく……」

ランガジーノ様のその言葉は、どこか予言めいたものに感じられた。









晩御飯は宮殿にある客室で貰い、そこで寝泊まりすることになった。俺は今ふかふかのベッドに横になっている。驚いたのは、ベッドには天井が付いており、聞いたところによるとこれは天蓋と呼ばれるものだそうだ。

「はあ……」

礼儀作法の練習に、皇帝陛下との謁見。そしてそこでの思わぬ出来事。慣れない客室にやたらともてなされる夜。

つ、疲れた。

今も部屋の外には、騎士様が入り口を守ってくれており、客室と繋がっている控え室には、侍女の方が何人か待機している。学園に入るとはいえ、俺みたいな一般臣民にここまで尽くしてくれると、逆に怖くなってくる。後から請求されたりしないよね……?

「スキル、か」

そもそも、俺がここにいるのは、俺の持つ技--国は異能スキルと呼んでいるらしい--のせいだ。発現した当初は、村のために獲物を狩るのに便利だな、程度の認識だった。
だがここにきて、世界を救うためときた。俺だってまだ9歳の男の子なんだ。多少、(ランガジーノ様曰く)他の男子より頭の発達がいいらしいが、それでも不安になることはいっぱいある。大人になんてなりきれない。寧ろ、ここまで心を保ったことを褒めて欲しいくらいだ。

この皇都にくる馬車の中で、これでもかと言うくらい、俺が連れて来られた理由を説明された。余程俺の力が欲しいのだろうか。
確かに、一時は負けかけたが、ヴォルフェヌスという狼型魔物の王を倒した、という事実はある。勇者候補として、ちやほやされて嫌な気もしない。

だが逆に、俺にこのスキルがなかったら、俺はしがない村人として一生を過ごした訳だ。俺自身に価値がある訳じゃない。そのことに気づき、今の俺は少し憂鬱な気分になっているのだ。

「世界の危機とか、何の実感もないしなあ」

もし世界が滅びるとしても、今日明日の話ではない。数十年後の話らしいのだ。俺はそれまで、自分の人生を拘束されることになるのか。だが逆に、学園生活を含めその間の身の回りは全て国が支援してくれる、と聞いている。それは、果たして良いことなのか悪いことなのか。

貧乏な村で、ヒイヒイ言いながらも、父さん母さん、村の人たちや村長、そしてアナと一緒に過ごす。

栄えある皇都で修行を積み、世界の危機に立ち向かいつつ、贅の限りを尽くされる。

どちらが、俺にとって幸せなのか。


「今の俺は、心の底まで勇者候補だ、とはいえないな」


そう結論付け、その日は疲れを取るため眠ることにした。




--コンコン

翌朝。侍女の方が淹れてくれた紅茶を飲んでいると、ドアが叩かれた。

「はい!」

俺が返事をする。と、侍女の方がドアを開けてくれた。ちなみにこの侍女は、エレナという名前だ。

--ガチャ

「おはよう、クロンくん!   疲れは取れたかい?」

入って来たのは、ランガジーノ様だ。その後ろには、初めて見る女性が付いて来ている。そしてそのさらに後ろからは、セバスティアノン様が。
入れ替わるように、エレナさんが部屋を出て行く。

「はい、ありがとうございます。こんなもてなしまで」

「嫌々。君はこれから嫌という程接待されるんだ。今のうちに慣れておいたほうがいいよ」

向かいのソファに座る。女性はその後ろの壁に立って控えた。

子ども心ながら、少しでも俺の心変わりがなくなるよう、贅を尽くしているのだろうということは感づく。だが、今更村に戻ろうと思っても、馬車で一週間以上かかるのだ。着の身着のままの状態で、とても逃げ出せるとは思えない。それに、一人の子供相手にこれだけの接待ができるんだから、追いかけてくる時も全力であろうことは容易に想像がつく。

「さて、早速だが、君には学園へ向かってもらう。学園は天上門を出たすぐそばにあるから、そんなに時間はかからない。案内は、このフォーナが務めよう」

ランガジーノ様はそう言って、壁に立つ女性を指した。
因みに天上門とは、この宮殿を囲む、最後に潜った門のことだ。

「お初にお目にかかります、クロン様。私は、ランガジーノ殿下の秘書を務めさせていただいております、アンナファーナ・デュ・フォーナと申します。どうぞよろしくお願いします」

フォーナ様は優雅な動作で貴の礼を取る。貴の礼とは、フランポワン様が最初に出会った時俺に対してされていた、左足を少し後ろに下げ、手を胸と背中に回すあの礼のことだ。対等な貴族、もしくは目上の貴族に対して使う。

フォーナ様は銀色の掛かった黒髪に、緑色の目、そしてペチャ、キュ、スルンな感じの女性だ。燕尾と呼ばれる先の尖った上着に、張ったズボンを履いている。

「秘書、ですか?」

秘書は、この宮殿に住まうランガジーノ様の普段からの身の回りの世話、生活面を管理するセバスティアノンさんのような執事とは違い、書類や公務の手続きなど、仕事面を管理する部下のことだ。

「ああ。彼女は私の五人いる秘書の一人でね。最近雇ったんだよ。だから、まずは色々なことに慣れて欲しくてね。今回案内役をしてもらうことにしたんだ。それと同時に、君の学園生活全般を担ってもらうことになっている。困ったことがあれば、いつでも彼女を頼るといい。それが、彼女の今後にも繋がるからね」

「そうなんですか!   こちらこそよろしくお願いします。フォーナ様」

ランガジーノ様ともなると、秘書が五人もつくんだなあ。
しかもまさか、俺にお付きの人ができるとは。

それはひとまずおいといて。俺は立ち上がり、貴の礼を返す。が、フォーナ様は一瞬嫌そうな顔をした後、すぐに真顔に戻った。

アンナファーナ様と呼ばないのは、貴族の女性の名前を呼んでいいのは、配偶者がそれに準ずる人、または家族のみだからだ。つまり、家族でない人が名前を呼ぶということは、付き合っているんだよと周りに言いふらすことになる。
ここ、気をつけなければいけないところだ。もし目上の貴族のご令嬢を、衆人環視の場において酒に酔った勢いで名前で呼んだりし でもしたら、次の日には冷たくなっている可能性もあるのだ。
貴族にとって、身内の(若い)未婚女性というものは商品価値の高い品物の一つなのである。

「ああ、そうか。クロンくん、彼女は一応”子爵”なんだよ。すまない、先に伝えておいたほうがよかったかな」

えっ!?   子爵!?
しまった、フランポワン様との”特訓”のせいか、無意識に返礼してしまっていた……

しかも令嬢などではなく、まさか貴族様そのものだったとは……女性貴族は少ないと聞いていたので、油断していた。
見た目は若いが、秘書を務めるだけあってか既に位持ちな訳か。よく考えればわかったはずだ。

「も、申し訳ございません……」

俺は慌てて臣下の礼をとる。臣下の礼は、貴族が皇族や自分の主に対してするのはもちろんだが、寧ろ平民が貴族に逆らう気はないことを示すために使われる方が多いのだ。

「いえ……」

フォーナ様が俺のことを見下す。フォーナ様は真顔な上、その美貌も相まって冷たい印象を受ける。部屋の温度が下がるのではと思ってしまうくらいだ。

「フォーナ、あまりいじめてやるな。お前の顔は綺麗すぎるんだから」

ランガジーノ様が助け舟を出してくれる。よし、これに乗って流れを掴もう。

「あ……は、はい」

フォーナ様はランガジーノ様の言葉を聞くと、顔を赤らめてコホンと咳をした。

あっれれ〜??
これってもしかして、もしかしちゃったり?

「……何ですか?」

フォーナ様は俺のことを再度睨みつけてきた。先ほどよりも視線が鋭い気がする。照れ隠し?

「いえ、なにも」

こんな一目見ただけで氷の美女と呼ぶべき人でも、可愛らしい一面があるものなんだな。

「戯れはそれくらいにして」

今のをお戯れと表現しますか、ランガジーノ様……

「フォーナ、案内をたのんだぞ?   まだ成人したばかりとはいえ、その能力を見込まれて雇われたんだ。自分の持てる力を最大限発揮して、未来の勇者様のことを手助けしてあげてくれ」

フォーナ様は成人……つまり18歳以上なのか。

「畏まりました。その言いつけ、必ずお守りいたします」

「いい心意気だ」

そういうと、ランガジーノ様はセバスティアノン様を連れて部屋を出ていかれた。セバスティアノン様、いつも気配を感じないんだよな。皇子付きの執事ともなれば、それくらいできて当たり前なのだろうか。


ドアが閉まると、フォーナ様は何故か俺と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「……では、クロン様。改めて、よろしく・・・・お願い致します」



”よろしく”の部分をやたらと強調してそう述べると、フォーナ様は俺の手をとって、部屋から連れ出した。


          

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