妹が『俺依存症』を患った件

ラムダックス

第28話 『俺成分』を補給しながら……


そしてその夜。いつものように妹と『伊導お兄ちゃんのことが好き好きすぎて脳がアヘアヘしちゃうのおおおおお病』による『俺フェロモン』補給を行っていると。

「はぅ、お兄ちゃん……はふはふ」

向かい合って抱きつく妹は、俺の胸に顔を埋め、鼻息荒く匂いを嗅いでくる。
ちょっと仲が気まずくなっているとはいえ、それでもしなければいけないことなので俺は黙ってベッドに腰掛るだけにする。ただ、ここまで匂いを嗅ぐ必要はあるのかとは思うが……

「ひゃああん、いいのぉ、これいいのぉ!」

真奈の身体がビクビクと震える。こうなったらもう少しで摂取完了だ。最近だいぶ扱いが慣れてきた感があるな。

「ひいいいぐっっっっ♡♡♡♡♡♡」

一際大きく震える妹の身体を優しく抱きしめ、背中を撫でてやる。

「ふぅーっ、ふうーっ……」

真奈は呼吸を整え、そしてゆっくりと俺の身体から離れた。

「お、お兄ちゃん……ありがとう」

「い、いや、いいぞ。気にするな」

ベッドの少し離れたところに腰掛けて、話しかけてくる。

「……私、反省してるの」

「え?」

「ここ最近の自分がちょっと、おかしいなって。お兄ちゃんに迷惑かけてばかりで。それに、あ、あああんなことまで」

と、俯き顔を赤くする。

「その話はもう終わったことだろう。それに、大事な家族なんだから、いたわるのは当たり前だ。何度も言うが、気にしたらダメだぞ?」

「それは……でも、私のこの気持ちには嘘をつきたくないけど、そのせいでこんな病気になって、毎日こうして『お兄ちゃん成分』を摂取しなきゃだし」

「まあ、俺としては、一人の男じゃなく家族として接してほしいとは思う」

こうなったのは確かに、妹の昔からの秘めていた想いと。それを無視して何の対応もしなかったまわりが引き起こしたことだ。
病院の先生も、俺離れさせていかないといつまで経っても治らないよと言っていたし。

「二人暮らし、大丈夫だと思うか? なんかとんとん拍子で話が進んでしまって、引き返せないところまで来てしまった感じがあるが」

「それは……頑張る、しかないかなぁ。私だってこれでも我慢しているんだよ? 前にも言ったけれど、こんな私じゃなくて、本当の、前までの私をみてきちんと好きになって欲しいんだもん」

「いや、だからそれはだなあ」

「分かってるよ。兄妹が異性として存在しちゃいけないなんてことくらい。もう高校生だもん、そんな関係になってしまったら、世間がどういう目で見てくるかくらい理解してる」

近親恋愛、近親相姦は禁忌。現代社会では、医学的なエビデンスもありそういうことになっている。血の繋がった兄妹は、互いに好きであろうがなかろうが、繋がってはいけない存在なのだ。

「二人暮らしをすることは、寧ろいいことだと思う。これで、少しでも私がお兄ちゃん離れできて。きちんと一人の男性として向き合うことができれば、きっとこの想いにケジメを付けられるもの。今はまだ、その気分にはなれないし。もし諦めようとしても、病気のことがある限り結局頼ってしまって、なあなあになると思うから」

「そうか……」

病気を言い訳にしたくない自分と、病気を言い訳にしたい自分。きっと真奈は、その二人の間に挟まれてしまっているのだな。

「--わかった。俺も、サポートするよ」

「え?」

「真奈だけが俺離れをしようとしても、限度がある。俺からも、真奈が少しでも依存症を脱却できるように、色々と考えてみるよ」

「いいの?」

「ああ、勿論だ。二人暮らし、頑張ろうな」

それに、今のままだと俺も間違いを絶対に起こさないとは断言できない。成分を摂取するときの真奈は、妹だとはわかっていても、色っぽい声や仕草をしてくるし。

俺だって健全な男子高校生なのだ。目の前に、顔を赤らめた同年代の女子がいたらクるものはあるし、それを抑えるのも大変だ。
実際、この前それが原因で大変なことになりかけたし、それ以降真奈にも精神的な負担をかけてしまっている。

もし俺に彼女ができれば、自制心が養われそんな気持ちを起こすこともないのかも知れないが……現状、そんな関係になりそうな女子はいないし、考えるだけ無駄だな。

とにかく、俺としては早く真奈に元に戻ってもらって。平穏な日常を取り戻し、いつまでも仲の良い家族として接していきたいと言う話だ。

「うん! ありがとう。やっぱりお兄ちゃんのこと、大好きだよ?」

「うおっ!?」

だが、こういうことをしてくると、そんな気はないのについ意識してしまう。俺も、真奈の純粋さに毒されてきているようだ。

お願いします、抱きついて胸を当ててくるのやめてください。

「うふふ〜、じゃ、お休み!」

「あ、ああ」

そう言って、ドアをパタリと閉めた。

「……はあ、寝よう」

明日は朝から引っ越し作業だ。出来るだけ早く終わらせたいところだな。









俺は今、夢を観ている。見ているのではなく観ているのだ。明晰夢というやつか、ここがどこだかはっきりわかる。

周りは真っ暗だ。光はなく、また明かりもない。それどころか身体が宙に浮いている感覚がし、どこが地面か、上下左右すら判別するのにままならない。

「……どこだ、ここは!」

だが、返事を返すものは誰もいない。自分の声さえも、反響しているのか、それとも吸収されているのか。判別はつかず、気持ちの悪い感覚に襲われる。

「……取り敢えず、どうにかしないと」

俺は手当たり次第に手や足を振り回す。

と、何かが手に当たった。

「お?」

俺は慌てて手探りをし、何かを掴む。

「何だこれは、ドアノブ、か?」

ドアノブのような感触がする。俺はそれを回してみる。

「ぐっ」

すると、目の前に線が入り、だんだんと太くなっていく。いや違う。光が漏れているのだ。

そのまま続いて、ドアノブを引く。扉が開き、廊下のような四方を壁に囲まれた一本の道が現れた。

そこは光が満ちており、今自分のいる空間とは違って上下左右全面が真っ白だ。眩しさに思わず目をつぶってしまう。

慣れてきたところで、少しずつ目を開くと、まだそこには道が存在していた。どこまでも遠く続いているようで、その距離は目測することができない。

「い、行ってみよう」

ドアのへりを掴み、無理やり廊下に入る。と、一気に重力を感じ、どさりと床に倒れ伏してしまった。

「いてて……」

立ち上がる。と、どうやら俺は高校の制服を着ているようだった。

「何故制服?」

だが、考えても仕方がない。

後ろを振り向くと、ドアはすでに消え、白い壁で覆われてしまっている。どうやら後戻りはできないようだ。

仕方なく、俺はひたすら道を進むことにする。

「それにしても、本当に何もないな」

いくら歩いても代わり映えのしない景色。夢の中だというのに、頭がおかしくなりそうだ。

「……ん、あれは?」

しばらくすると、道の真ん中に何かが落ちているのが見えた。

「…………真奈?」

それは、立体的なハートの彫刻で。
前面に大きな文字で『♡mana♡』と書かれている。

俺は手に取り眺めようとする。すると

奥の方から、"赤"が迫ってきた。

「えっ!?」

グラデーションのように、白を赤に染めていき。
俺の後ろ、今まで通ってきた道にまでも、染み込んでいく。

そして、白一色だった景色は赤一色にすっかり変わり果ててしまう。

「…………不気味だな…………」

ただの赤ではない、濃い赤、黒よりも、全てを染めてしまいそうな。

俺は、悪寒を感じながらも、手に持つハートの彫刻を見る。と

「う、うわぁ!」

どろどろどろ、と、タールかヘドロのように、ねっとりとした真っ黒の液体となって彫刻は溶けている。

そして

「えっ………」



上下左右全面に描かれた、『目』。




絵で、瞳が描かれている。
縦横無尽に、重なることも厭わず、無数の目が俺のことを睨みつけている。

赤の下地に、黒い線で描かれた目。

目、目、目、目、目、目、目、目







めめめめめめめめめめめ













目目目目目目目目目目目目目
目           目
目           目
目           目
目           目
目目目目目目目目目目目目目
目           目
目           目
目           目
目           目
目目目目目目目目目目目目目
目           目
目           目
目           目
目           目
目目目目目目目目目目目目目
目           目







          

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