妹が『俺依存症』を患った件

ラムダックス

❤︎EX 霞の想い その1


私の名前は増田霞ますだかすみ、15歳。県立巻間高校けんりつまぎか、通称マギ高に通う一年生。部活は美術部。

成績はそこそこ。自分で言うと嫌味に聞こえるかもだけど、ルックスやスタイルもまあまあいけてると思う。

人間関係も良好だし、昔からの趣味だった美術で賞をもらえるように夢を追いかけている華の女子高生。

そんな私の人生で唯一、順調じゃないと言えるのは、せっかく中学校のころから好きだった人と同じ高校に入ったのに、全然振り向いてくれないこと。その好きな人というのは………………同じ学年で隣のクラスの阿玉泰斗あたまたいとくんだ。

彼との出会いは、まさに私が中学生だった頃にまで遡る----




当時の私は、根暗で友達も居なく、部活にも所属していないいわゆるぼっち人間だった。
身体つきもちんちくりんの一言で片付くような有様。男子からモテるなんて夢のまた夢、オシャレにも疎く自分のスタイルにも無頓着で、それがまた喪女化を加速させていた。

自分の鋭い目つきは人から誤解されることが多く、それが嫌で前髪を伸ばしていたせいで余計と避けられる存在になってしまっていたのもある。

いじめ、まではいかないけれど。誰かと一緒に遊んだり、それどころかクラスで話しかけてくる人もいない。一言で言えば"空気"のような存在だった。

この頃私が唯一人生の楽しみにしていたのは、漫画やアニメ、ラノベ、ゲームなどいわゆるエンターテインメント寄りの創作物だった。世の中ではオタクと呼ばれる人種だ。まあ、そこまで知識があるわけではなく、また好きな作品もコロコロ変わる程度の趣味ではあったのだが。

そんな日々を過ごしていた中学二年生のある日、昼休みにふと思い立った私は、屋上へ向かった。
先日、寝たフリをしていた時にふと聞こえてきたクラスメイトの会話を盗み聞きし、立て付けが悪くある方法を使うと簡単に開くということを知ったからだ。

三階よりさらに上、普段は誰も寄り付かない階段を上り、噂通りの手順を利用すると、踊り場と外とを隔てる扉が開いた。

……出た瞬間、風の音が聞こえてくる。
それは、私の髪を撫でつけてきて、いつもぺたりとくっ付き両目を覆い隠している前髪がフワリと跳ね上がる。
鍵が掛かっていた以上、誰かいるはずもないのだが、両目を見られたくないと無意識に思った私は慌てて押さえようする。
が、そのいつもとは違う開けた視線の先には、一人の男子生徒がいた。

「……え、誰?」

「あ? お前こそ」

「…………ここ、立ち入り禁止だけど?」

「それを言ったらそっちもだろ」

男子生徒は屋上に配置された機械に背中を預け、あぐらを掻き何故かギターのようなものを手にしていた。
校則で禁止されているはずのロン毛をたなびかせ、胸元はボタンを遠慮なしに外して。

これは、不良という存在だ、と私は身構える。

「なんだ、そのポーズは」

じゃらんじゃらんと下手くそな音色を奏でながら、私のことを見る不良。

「あ、荒ぶる鷲のポーズ……!」

「はあ? なんだそりゃ」

ふふ、と彼は笑い、ギターを地面に置いて立ち上がる。

「お前、なんか面白そうだな。俺の名前は阿玉泰斗、そっちは?」

アダマンタイト? 変な名前だ。本名、なんだよね?

「…………ミスマダム」

「は?」

「ミス、マダムっ!」

とっさに出てきたのは、当時オタクの間で流行っていた深夜アニメのメインキャラである大人の女性キャラの名前だった。私とは正反対の存在。
悪の組織の親玉で、人望も厚く、スタイルもいい。
唯一の欠点は、いつも正義のヒーローにやられてしまうところか。それを人は『お約束』ともいうが。

当時の私は、もしかするとそんな彼女に憧れていたのかもしれない。劣等感を抱きながらも、こんな大人になれたらいいなという思春期特有の憧れだ。

「あははははっ!! やっぱお前面白れーな。じゃあミスマダム、お前はなんでここに?」

アダマンタイトはひとしきり爆笑した後、再びあぐらを掻き座り込む。私も、そこから少し離れたところに腰掛けた。

「……なんとなくだけど」

「なんとなくか、ふーん」

「そっちは?」

「俺か? 俺はもちろん、こういうことをするのがロックだからだぜ!」

ジャジャジャーン! と彼は弦をかき鳴らす。下手くそで音階も何もあったもんじゃない、ただの騒音。私は思わず顔をしかめる。

「ロックってなに、それって寧ろ……」

ただの中二病なんじゃ、という言葉を私はかろうじて呑み込んだ。

「なんだ、文句あんのか?」

「え? べ、別に。なにもないけど」

「そうか。まあいいや。俺、いつもここにいるんだ。人とは違う自分、屋上から世界を見下ろす神の視点。これって良くね?」

「は、はあ」

この人は何を言っているのだろう、神様とかよりもまずはその髪の毛をどうにかしたらいいと思うけど。

「昼休みは大抵いるからさ、よかったら一緒にロック、しね? 俺の姿を見たら大抵の奴、なぜか知らないけど逃げ出すんだよなあ」

そりゃあ、屋上に来てみてこんな人がいたら、普通は無言で去るだろうに。寧ろ私はなぜ見た瞬間直ちに逃げなかったのか自分に問い質したい気分だ。

「……そういうの、興味ないしわかんないから、いい」

「ええ〜〜、遠慮するなって。そうじゃなくてもさ、ほら、話し相手くらいにはなれるだろ? 実は俺も、友達いないんだよなー、ははは」

「俺も?」

なぜ私も含まれているのか? た、確かにいないけど。居ないけど! でも作る気ないもんっ。

「あ、すまんすまん。見た感じいなさそうだなと思ってさ。じゃあお前も、ロックだな!」

「え? なんで?」

「群れから追い出されたはぐれ物。その実は、自ら飛び出していった一匹狼だった----な、かっこいいだろ?」

じゃじゃ〜ん。

「…………ぷっ」

「あ、今笑ったな? 笑っただろ!」

そう言うアダマンタイトの姿が妙に様になっていて、おもわず吹き出してしまった。

「わ、わわわらってない」

「ほら、あからさまに馬鹿にしてるじゃねーか!」

「ち、ちがう、から……っ!」

「くっ、ロックは所詮人からは理解されない物なのさ。そう、自分の生き様は自分でしか語れないから----」

「くくっ、わ、わざとやってるでしょっ」

私はまた我慢ができず、再び笑い出してしまう。

「そんなわけねーってば……でも、なんかお前といると変に居心地がいいな」

「告白はお断り」

「なっ、う、自惚れるなよ! 誰がお前なんか」

アダマンタイトの頬が赤くなる。ロックだなんだと言っていても、やっぱ男子中学生。恐らくは恋人もいたことがないと見える、それ相応にウブなようだ。

「じょーだん」

「くっ、この!」

「ひゃっ」

すると、急に拳を突き出してきたので、私は頭を抱え蹲ってしまう。

「…………あれ?」

だが、いつまで経っても痛みがやってこない。私は恐る恐る頭を上げる。

と、アダマンタイトは拳を出したままの姿勢で立ち止まっていた。

「な、なに?」

「そ、その……まあ、宜しくしてやってもいい、って言うかなんていうか」

「なにそれ、ツンデレ?」

「そ、そんなんじゃねえし!」

あ、ツンデレは通じるんだ。

「ふふっ、し、仕方ないなぁ……」

私は、その拳に、右手の小指をちょんっと当てた。

「こちらこそ、よろしくしてやるから、覚悟しとけよ坊主」

「…………ロックだ」

こうして私は泰斗・・と友達になった。

          

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