俺の幼馴染が勇者様だった件
第244話
「…………」
現れたのは、茶色の髪をマリネ同様短めに切りそろえ、そのはっきりとしたつり目と横に結ばれた口と共に"話しかけるなオーラ"を放つ少女でした。
その少女は教室を一通り見回すと、空いている最後の席、つまり私の左隣まで迷うことなく歩いてきます。生徒たちの視線を集め続けているのですが、気づいていない……ということはないでしょう、まるで気にした様子もなく堂々とした態度です。
「あっ、お、おはようございます」
「……どうも」
あ、返事はきちんと返してくださるのですね。ですがそれほど大きな声ではなく、吐き捨てているようにも感じます。
「やあ、君の名前は? これから同じクラスなんだ、教えてくれてもいいだろう? 因みに私はマリネ、こっちはエンデリシェだ。よろしく頼む」
空気を読んでか読まないでか、いつも通りの明るいテンションで私越しに茶髪の女生徒に話しかけるマリネ。
「…………ミナス」
「ミナス? そうか、わかった」
「み、ミナスさんですね。私からも、よろしくお願いします」
「……うん」
勇気を振り絞り、我がバディの物怖じしないテンションに乗っかる形で話しかけてみます。すると相手はコクリと頷きました。お世辞でもそう言ってもらえるだけありがたいでしょう、なにせ今日初めて出会った者同士なのですから。
マリネの言う通り、このクラスは一年間、成績が出終わるまではずっと一緒。席順も存在しませんのでどこに誰と座るかは自由。ですが席はぴったり四十五人分。ということで少しでも仲のいい同窓生を増やしておくのは当然の行為と言えるでしょう。
そしてすぐに続いて、一人の男性が姿を現しました。私たちよりも二回り以上(この世界では十年で一つの区切りと考えられています)歳をとっているであろう中年の方です。
「おはよう諸君」
「「「おはようございます」」」
さすがに、この学校に入るだけの家柄と知性がある者たち。年相応のひねくれて挨拶しない者や、プライド丸出しで家の名を傘に着る横柄な者もおらず、礼儀正しく頭を下げます。
「いよいよ皆さんの入学の日がやってきました。恐らくは生まれて初めて集団生活をされる方がほとんどでしょう。ご存知のこととは思いますが、この学園内では全ての者がその立場に関係なく平等に扱われると言うのが絶対の規則となっています。くれぐれも、そう、くれぐれも家の名を持ち出して他人を脅迫したり、己の力を加算して自惚れないようにしてください」
教師は教室内を見渡し、皆が理解していることを確認します。
「君たちくらいの歳の子は、少し力を身につけただけで自分が世界で一番強くなったと勘違いしてしまうことが多々あります。しかし、そんなことは断じてあり得ません。厳しいことを言うようですが、たった十数歳の人間が大多数の人間よりも上の立場になれることは極めて稀です。それこそ、かの勇者様でもなければ。しかし、一方で向上心を身につけることはとても大切なことです。是非、己を律しつつも高い目標に向かって着実な歩みをなしていくことを願っています。話はこれくらいで、では大ホールの方に向かいましょう」
「「「「はい、よろしくお願いします」」」」
教師の挨拶が終わり、大ホールに向かうこととなります。出席番号などは存在しないため皆思い思いの順に整列します。そして、教室棟四階から一階におり、歩いて五分ほどの距離にある野球ドームのような円形の建物に。ベージュ色の石材で建てられたソレは各学科四クラス、計六学科の生徒全員が容易に収容できる大きさを誇ります。
というのも、このホールは外観の形そのままに内部も円形の段状になっており、ドームやアリーナのように舞台を見下ろす構造となっているからです。なぜそんな形になっているかと言いますと……おいおいわかることでしょう。
「ではマリネ、また後で」
「ん? ああ、そうだったな。頼んだぞ」
「緊張しますが、なんとかやり遂げて見せます。では」
百八十人が六の九学年分ですから九千七百二十人が入るわけですが、一万人まで収容できる座席設計となっているため全校集会が行われても溢れることはまずありません。そんな大きな建物の最前列付近を、一年生全員で占有します。
学科別、千人以上の子供達が顔を突き合わせ、学園に合格した者としての矜持と共に期待と不安に入り混じった様子を見せています。私はそんなみんなの様子を舞台袖から眺めます。
<えー、皆さまお静かに。それではこれより、王立学園入学式を始めます。まずは、国家尊崇の礼をーーーー>
司会の声がホール内に響き、式次第が進行していきます。
お偉い大人たちの長話を聞きながら、自分の出番を待ちます。異世界であっても肩書を持つ人の話しを我慢する機会があるのは、なんだか懐かしい気分にもなりますね。
<では続いて、新入生総代。『魔法学科』一年、エンデリシェ=メーン=ファストリアさん>
「はい!」
呼ばれたと同時に、舞台上に作られた即席の演説台に。周りには来賓や学園のお偉いさん方が椅子を並べ取り囲んでいます。当然、視線も集中するわけで、上からと横から、二つの地点から沢山の人の目を浴びます。
拡声器の前に立つと、口には出さず、己を落ち着かせます。よし、大丈夫です!
<本日は女神様の御光を思わせるような日差しの照るなかーーーー>
「おつかれ様」
「ええ、ありがとう」
「でもびっくりしたわ、まさか貴方が新入生トップとは。でも、王女様だから当然なのかしらね?」
「そんなことないわよ、私は私自身の努力でこの学科に合格して見せたんだから」
「そうね、素直に尊敬するわ」
「うふふ、ありがとうございます」
隣を歩く茶髪の少女に笑顔で礼を述べます。
ミナスは最初物静かな印象を受けたのですが、実はあの時はカチコチに緊張していただけだったようなのです。今のこのラフに話しかけてくるのが、いつもの彼女だということです。
「私は相室だから知っていたが、それでも見事な挨拶だったな。まるで山中の川辺を流れるせせらぎのような、草原を駆け抜ける風のような美しい言葉遣いだった」
「そんなに褒めないでよ、逆にしんどくなります……」
「本音だからいいだろう?」
「もうっ」
と、三人で雑談をしつつ教室に戻ります。ちなみに私は後で集合するように言われていますので、恐らくはこの後のオリエンテーションが終われば二人とは少しの間離れ離れになるでしょう。大人達に囲まれる前にこうして友人と話ができるのはリラックスできて良いことです。
そうして、私が入学した学科……『魔法学科』のAクラス教室に戻ってきました。
魔法学科はその名の通り、ありとあらゆる魔法に関して専門的な知識を蓄える学科です。魔法といえば、この世界でも根幹をなす技術の一つ。人間の世界が発展していったのも、この魔法の力があったおかげなのです。地球でいう科学や数学、医学等理数系の科目を全て合わせたような学科であり、真面目に学ぼうと思えばそれなりの頭脳が必須となります。
もう一つ別の学科と並び、この学園でもエリートコースと目されている学科なのです。
私はそんな学科の入学主席であり、また一年生全体のとトップでもありました。故に新入生総代を任されたわけです。
「はい皆さん静かにくださいね」
少ししてやってきた教師が着席を促します。と言っても皆さん話はすれどもお行儀良く座っているのですぐに教師に四十五人全員の意識が向きます。
「入学式も終わりました。これから九年間、何を学び何を成していくかは全て皆さん次第となります。我々大人や先輩も手伝いはしますが、おんぶに抱っこというわけにはいきません。成功すれば己の人生をより華やかにすることができますし、失敗すれば責任は全て己の身に降りかかります。九年後、どんな人間になっているかは誰も保証してくれないということです。そのことを肝に銘じておいてくださいね」
「「「はい!」」」
「それでは今日はここまで……ああそうそう、紹介が遅れましたね。本日から一年間、皆さんの担当教諭となりますスラミューイと申します。以後よろしくお願いしますね」
そしてそのまま、スラミューイ先生は教室を出て行き……流石のAクラスの生徒達も少し気が抜けた態度を見せ始めました。
「んーん、っと。それじゃあ、また後でな」
「ええ。ミナスも、また」
「うん、せっかくだし私はマリネともう少し話をしておくわ」
「わかりました、ではすぐに来るように言われているので」
「ああ、お疲れ様だな本当」
「うんうん」
そして手を振る二人に別れを告げ、一人呼び出された場所に向かうこととします。
          
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