俺の幼馴染が勇者様だった件

ラムダックス

第230話

(昨日は申し訳ありませんでした!引き続き本作品をお楽しみくださいまし)



その頃、控えの間にて。ここは普段はその名の通りパーティの休憩室やお供の者が詰めるための部屋だ。控えの間はいくつか存在していて、そのうちのここは大広間に直結しており、今はまさにその用途通りの使い方をされていた。
ファストリアからも幾人かの会議に直接参加できない程度の立場の人物が参加しており、ここにいる茶髪の少年もそのうちの一人であったーーーー




「うう、どうしよう」

僕はバーゲッド家の代表の一人としてこの場に参加している。他にいるのは父上と兄上だ。母上と弟、義姉、義妹、義母側室はお留守番となっている。
僕のような今のところ爵位を継ぐ立場にないような者がこの場にいられるのも、先の戦で戦功を立てたからに他ならない。論功行賞の名目のもと、男爵家の次男に対しても金一封が渡され、さらにこの大事な大事な国家間の会議にも参加させてもらえていることから王宮も太っ腹なものだと思う。

だが、参加しているからと言ってすぐにどうにかなるものではない。貴族社会になんのツテもない僕は、父上に連れられ一通りの挨拶回りを終えた後暇を持て余してしまっていた。

「兄上は父上とコネ作りだし、完全に放置か……」

父上たちそっちもそっちで人脈構築に必死だ。特に兄上は順当に行けば次期男爵、今のうちに大切な息子の顔を売ってやろうと言う気持ちを持つのは当然だ。ただ、もう一人の息子はその割を食うわけだが。

「おお、こんなところに本日の主役が」

? すると、そんな話し声が聴こえてくる。

「貴方様ですよ、ブラウン=バーゲッド様」

「えっ?」

同じ声で名前を呼ばれ、ようやく自分が話しかけられていることに気がつく。どうやら無意識に相当この場との壁を作ってしまっていたようだ。

「失礼いたします、私めはピラグラス侯爵閣下の執事を務めております。旦那様より本日はブラウン様を丁重にもてなすようにと仰せつかっておりましたのに、お探しするのに手間取ってしまいました、申し訳ございません」

燕尾服を着た壮年の男性が優雅に一礼する。

「え、えっと、はい? 侯爵閣下が僕を、でしょうか? 父上かもしくは兄上の間違いでは」

聞き間違いではないだろう。この人は確かに侯爵様が僕をもてなすようにと命令した、と話している。しかし、こんな木っ端貴族と言っても差し支えないしがない男爵家のしかも次男に一体どのような要件なのだろうか? 全くなんの裏もなしにそんなことをしようとするとは到底思えない。例え貴族社会にツテがなかろうと、家の中にいるだけでも高位貴族の色々な噂は嫌でも耳に入ってくるものだから。

「いえ、旦那様は間違いなくブラウン様をと仰っていました」

「そう、ですか……侯爵閣下の頼みというならば断るわけにはいきません、それで僕はこれから何をすればよろしいのでしょうか?」

「簡単な話です。ブラウン様には我々王党派の貴族をまとめ上げて頂きたいのです」

「ええっ!? そ、それはどういうことでしょうかっ」

思わず大きな声を出してしまい、周囲の注目を一瞬集めてしまう。慌てて頭を下げ、壁際に執事を引き連れて突然の話がどういう意味なのか問いただす。

「そもそも王党派は侯爵閣下がリーダー格となってらっしゃいますよね? それをわざわざ僕のような若輩者に譲るというのは到底……」

「確かに、通常ならばその意見が当たり前ではありましょう。ですが時世はすでに通常の範囲をはみ出しております」

「それは、もしかして……部隊長、つまりヴァン=ナイティス騎士爵のことでしょうか?」

第二次対ポーソリアル防衛戦では僕たち遊撃部隊の部隊長を勤められていたナイティス卿。勇者ベル様と仲が良く・・・・、それだけではなく本人もとんでもない力を持つ方だ。しかも、先の戦争において魔の王マジクティクスなる名を名乗り王国だけではなく各大陸にも良し悪し関係なく影響が広がりつつある。
王国内に限っても、王党派ーーつまり僕たちはあの方を王権の元に制御しようという意見で一致しており、逆に貴族派内ではこちらの意見に賛同するもの、むしろ放置して王族の力を削いでもらおうというものの二派に別れてしまっている。
その中のうち我らの派閥の長であるピラグラス侯爵が男爵領に、というか父上に会いにいらっしゃったという話は聞いていたが(僕も兄上も何故か一切同席できなかった)その時の話がもしかしてこの提案だったのだろうか……?

「その通りでございます。なんでも、ブラウン様は部隊の中でもナイティス卿及び勇者ベル様と懇意にされていたとか。故に、旦那様は白羽の矢を放たれたわけです。何も、ブラウン様お一人になどという無茶は申しません、引き続き旦那様は派閥の顔として表に立たれます。裏方、要は実務の方面でそのサポートをしていただきたいのです」

つまり、侯爵閣下は僕の人脈ーーと言えるほど殊勝なものではない。せいぜいあのお二人とはほんの少し関わっただけだーーをあてにしているというわけか。

「ですが、侯爵の名は公爵位を除けば貴族の中でも最上位。特にピラグラス領は王直轄値のすぐ上にあるではありませんか。発言力も大きく、自らお声がけをなされた方がずっとうまくいうような気もしますが」

「それが、そうでもないのです……」

執事は、さらに声を小さくする。

「実は以前、旦那様が自ら接触を図られたのですが、あまり良い返事をもらえなかったようで。その点、年齢も近く共に死線を潜り抜けたブラウン様の方が適任だとそう判断されたのです。それに、ブラウン様は勇者様のことを」

「ちょ、ちょっと、なんでそんなことまでっ!?」

まだ誰にも言っていないのに! いや、正確に言えばそれっぽいことをベルさん達に言ったかも知れないが、それも面と向かって直接的な言葉にしたわけではない。もしかするとあの時のようすを見ていて周りの人間が告白だと勘違いしたのかも? 実際には勘違いではないのが痛いところだ。
高位貴族に弱みを握られるということは死に直結するほどの過ちだ。特に個人の感情を利用できる立場にいる者に利用されたら、こちらはどうしようもなくなる。
今回のようなシチュエーションの場合は否定すればベルさんにも男爵家にもよからぬ影響を与えるのは間違いない。貴族社会というものはそれくらい、いかにして相手よりも優位に立とうか考えている人間の巣窟なのだ。

「ですが、ベルさんにはすでに婚約者がいますし。それにその相手が当のナイティス卿なんですよ? 勝ち目なんてありません」

「確かに、武力だけを見ればそうかもしれません。しかし、まだあちらのお二人も若い。人間の価値観というものは歳を経るごとにどんどんと変化し成熟していくものです。今は良くても、将来的にどちらからともなく愛想を尽かす男女というのは少なくないものです。今のうちに武力以外の力を身につけ魅力的な男になっておく事で、割入ることができるやも知れませんぞ?」

「そ、そういうものなのでしょうか……?」

と言われても。あの部隊長の力はただの"武力"の一言で片付くような感じじゃなかったし。

「それに貴方様の淡い恋心は置いておくとしましても、国内、また国外での貴族派閥の影響が高まるのはよろしいことなのでは? 男爵家は間違いなく我が主人と懇意になされています。もしうまくコトを運ぶことができれば、何かの拍子に陞爵なんて可能性もあるのですよ? それだけではありません、ブラウン様が兄上よりも後継候補として先んじる可能性だって出てくるのです。多数の貴族とのパイプを持ち、さらに今代の勇者や世界の強者とも繋がっている。そんな存在をお父上も放っておくわけにはいかないでしょう」

優勢と見たのか、執事は矢継ぎ早に捲し立てる。過剰な表現に思える部分もあるが、筋が通っていないわけでもない。横の繋がりというものは、この広いようで狭い社会において何よりも大切なものなのだから。そうでなければそもそも派閥などというものは出来ていないのだし。

「お受けしていただけますか? 今、この場で決めていただけないと、二度とチャンスは巡って来ないと思いますが」

「むーん……」

悩ましい。悩ましい、が。もし百万が一、まかり間違ってベルさんとお近づきになれることがあれば、そこから……
部隊長だってあれだけ目立てば要請に応じて戦場に出る機会が多くなるだろうし、未亡人となったベルさんを、などと黒い思惑も思いついてしまう自分が嫌になる。

「…………わかりました、お引き受け致しましょう。侯爵閣下にもよろしくお伝えください」

「ええ、ええ、それはもうしっかりと」

白髪を蓄えた長身の男性は、慇懃に一礼した。


          

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