俺の幼馴染が勇者様だった件

ラムダックス

第133話


「<いよいよだな、お主ら。この一週間、よくぞ頑張った>」

「こちらこそ、どうもありがとうございました」

「<お爺様、私からもお礼を述べさせていただきます>」

「<わ、我も言うのじゃ!>」

「<ボクも、随分と強くなれた気がしますっ>」

「皆良かったわね。エンシェントドラゴン様、ヴァンのこと、助かりました。嫁として主人が成長するところを見守れたのはとても良い思い出になりました」

皆、教官に対して口々にお礼をいう。ベルは自分が直接参加した訳ではないが、この数日の間色々と世話を焼いてくれた。こちらこそ結果的に彼女がいてくれてよかったと感じる。



エンドラ式ブートキャンプは、それはもう苛烈の一言に尽きた。

初日から瀕死の重症に追い込まれ、しかし翌日には無理やり回復されまた生きるか死ぬかのジェットコースターのような日々。
魔法やドラゴン形態でのシゴキのみならず、人間形態でも刀を用いた武術、体術、果ては精神鍛錬まで。ありとあらゆる項目を詰め込み教育で叩き込まれ、あっという間に時間が過ぎていった。

その間のほんの少しの休憩時間に、ベルは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。ステータスにモノを言わせていたせいでボコボコにされたショックが大きかったが、しかしその笑顔を見るたびになんとなくまだまだやれる気になったのだ。
単なる惚気だろうと言われればそれまでではあるが、その一時がこういう厳しい環境においての渇いた土に垂らす一滴の水のような役割を担っていたのだ。

他にも、その見た目によらずやはりエンドラ教官の血筋なんだなと驚いたパライバくんの健闘ぶりや、ルビちゃんのだんだんとやつれていく顔。イアちゃんの隠れドS発覚事件など面白い出来事があったが、そこは割愛して。



目の前に座すドラゴン形態のエンシェントドラゴン教官は、各々の顔を見渡すと満足げにその大きな顔を首ごと動かす。

「<特にヴァンは、人間とは思えないほどの強さを手に入れさせられたと確信しておるぞ。そこらの魔物や魔族には到底負けはしないと保障しよう>」

「はい、俺も身体の中に力が湧き上がっているのが分かります。以前なら気づかなかった新たな領域に踏み込んだような」

「<だが、同時に忠告も添えておく。確かに厳しい訓練を受けてはもらったが、だが所詮は一週間。その持ち得る力の全てを引き出せたわけではない事はきちんと理解するのだぞ? これは少年だけではなく、此処にいる全員がだ>」

「「「「「はい!」」」」」

エンドラ様の仰るとおり、入り口になっていたところを背中を押してもらった程度に過ぎない。ここからどのような道を歩み、どれほどの深淵に至れるかはこれからの己の努力や経験に掛かっているのは間違いない。

だがいつまでもこうして修行をしているわけにもいかない。

南においては未だ戦線は拮抗しているとは言え、相手がいつ戦線を動いてもおかしくない。
我々同盟軍が押し返すと、敵は容赦なく焦土作戦をとり、反撃にあの砲撃をお見舞いしてきやがる。ずっと焦ったい状況に置かれていれば、いつか暴走する輩が現れないとも限らないし、此処らで竜の里からお暇しなければ。

それに、北の方の対魔族戦線も油断ならない状況だと聞く。ベルが逃げ出してきたのは少なくともアッチがもうもたないからというわけではないようだが、それでも"上下"ともに悠長に構えている余裕はない。
出来れば、北の方にも援軍に出向きたい気持ちはあるのだが……

「<ふむ、少年よ、不安か?>」

「え?」

急に、エンドラ様が声をかけてくる。

「<顔に出ておるぞ。自分だけが強くなっても、果たして意味があるのか、とな>」

「い、いえ、そんな」

「<ふん、まだまだだな。安心せよ、ワシにも考えがある>」

「え?」

「<パライバ!>」

「<は、はいっ!>」

同じく水色のドラゴンに戻っているパライバくんが返答する。
少しは強くなったけれども、やはりその体型がすぐに変わるわけではないようで。相変わらずパステルカラーな丸っこい感じのファンシーな見た目のままだ。

「<女勇者を伴って、北の大地へ赴くのだ。これは、命令である>」

「<ボクが、ベルさんと……ですか>」

「えっ!?」

「エンシェントドラゴン様、それはどういう?!」

「「<お爺様?>」」

パライバくんは目を丸く見開く。その横にいる俺たちも、急に何を言い出すのかとびっくりだ。

「<北の情勢については、どれほど知っている?>」

「<は、はい、お父さんから少しだけなら聞いていますが。魔族と人間が争っていて、今のところは五分五分なんでしたっけ?>」

「<表面上はな。しかし、その均衡もいつ崩れるやも知れん。人間は魔族と違い、どうしても一塊にはならん。全く遠くにいる人間が、反対の土地にいる兵の足を引っ張ることなどざらだ>」

「<えっと、どういうことでしょうか?>」

「<まだパライバには難しかったか?>」

「<そ、そんなことありませんっ、ボクももう大人になるんですから!>」

パライバくんはその丸っこい目をカッコつけてか頑張って尖らせようとする。があまり意味はないようだ。

「<ええと、つまりはこういうことですよね?>」

そこに、このメンバーではすっかり頭脳&説明担当のようになったイアちゃんが解釈を述べる。

簡単な話だ。足の引っ張り合い、利権の取り分争い。それが戦地に向かって心太のように押し出されしわ寄せが行っているという話。
以前、俺も会議で耳をしていたが、貴族の中には己の私腹を肥やすことしか考えていない者など掃いて捨てるほどいる。しかもそれが一国の王であってもだ。

中にいる自分たちの方が偉く、外であくせく働いている者は下賤な存在。そんな妄想を平気で口にし笑い合う人間なほど、何故か指揮を取る立場にいるのだから反吐が出る。

そう思うと、南大陸はまだまだ持ち堪えている方だ。それも、兵や市民の頑張りによって。これが崩れてしまうと、もうどうしようもなくなる。最終防壁、防波堤になっているのは、他ならぬ人々の善意であり敵に負けぬ・大切な人を守り抜くという堅い意志なのだ。

「<--うむ。その通りだ。わかったかな?>」

「<はい、大丈夫ですっ>」

本当か? 負け惜しみというか見栄を張るために適当に返事してるんじゃなかろうな……

「<なので人間だけに期待を寄せるのは、バクチにも程があるのだ。お主たちには悪いが、我らドラゴン族としても魔族の横暴を見過ごすわけにはいかない。しかし、急に人間の世界に赴いて無用な混乱を引き起こすのもまた問題がある。そう、ルビーのようにな>」

エンドラ様は目をきらりと光らせる。どうやらルビちゃんが以前何回か余計な問題を起こしたことを指しているのだろう。暴れたり、空飛んだり、啖呵切ったりしたもんな……

「<それは反省しているのじゃ……もう許してほしいのじゃぁ、あのお仕置きは嫌なのじゃぁ!!>」

「<お姉ちゃん……>」

ルビちゃん--いやルビードラゴンはジタバタと暴れ出す。そういう行動が余計と印象を悪くしているんじゃなかろうか? みんな呆れてるぞ。

「<ゴホン!! ともかく、そういうわけなので戦力を人間に貸し与えるという名目になる。その仲介役に、勇者ベルを指名するわけだ>」

「ベルならば、勇者としての立場がある故に、悪い言い方をすれば人々を煽動しやすい。良い言い方をすれば皆の協力を得やすいというわけですか」

「<うむ。ドラゴンは確かに人間にとっては大変恐ろしい存在であることは、ワシとて重々承知しておる。何千年も生きてきたのだからな、不干渉の大切さも理解しているつまりだ。しかし、今回のあの南大陸に対する侵攻は我が竜生・・においても初めての出来事だ。少し様子見をしておったら途端に領土を奪われよって>」

「面目ありません」

やはり、この世界(彼ら共和国にとっては一地方に過ぎないようだが)に違う勢力がやってきたこと自体、歴史上初めてなようだ。つまりは他の世界、いや大陸においてそれだけ技術が発達しきったということなのだろう。

地球でせっせと科学を発展させていたら、いつのまにか他の星からやってきた先進文明に侵略されましたってところか。
五十歩百歩という言葉があるが、今回に限っては五十歩千歩でも足りないくらいの差かも知れない。

「それで見かねた貴方様は、北大陸はパライバドラゴンくん、南にはルビードラゴンさんとサファイアドラゴンさんを遣わしてくれる気になったと」

「そして、北では私が、南ではヴァンがその身元保証人になるというわけですね」

「<うむ。パライバはこう見えても馬鹿ではない。少し短気なところもあるが、ルビーに比べたら可愛いものだからな>」

「<大丈夫です、心配をおかけするような事は致しません! それにベルさんの前だし……>」

「<むあーーーー!>」

パライバドラゴンは胸を張っているのに対して、ルビードラゴンは尻尾をブンブンと振って再び怒り出す。

ルビちゃん、そういうところなんじゃないかな……?

「<お姉ちゃん、痛いです>」

「<ぷげっ!?>」

その振り回す尻尾がサファイアドラゴンにベシベシと当たっているものだから、妹は姉に対して噛み付き制裁を加えてしまった。イアちゃんって時たま怖いことするよね、なんだかベルと似たところがあるな。

「ヴァン、今何か余計なこと考えなかった?」

「イイイエ、ナナナニモ」

「そうっ♪」

障らぬ嫁に祟りなし。

「<お主ら、もう一週間扱き直そうかのお>」

「「「「「いえ、間に合っています!!!」」」」」

「<ふむ。そろそろ御託はこれくらいにしておこう。では、行くのだ! その高めた力、存分に発揮してこい!>」

「「「「「イエッサー!」」」」」

そして二グループに別れた俺たちは、それぞれの戦地へと赴くのであった。



          

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