俺の幼馴染が勇者様だった件
第130話
「なんだなんだ、もうバテたのか少年よ?」
「まさか、そんなことは……っつ!」
ベルがやって来てから幾時間程経った頃か。
青年エンドラとの模擬戦は、それはもう激闘となった。
武具や体術に交えて、魔法も当たり前に使うこの世界においては一対一の決闘をやる上で意識を向ける事柄が格段に多い。
普通ならばアウトレンジになるだろう距離であっても、魔法が上下左右から襲ってくるのだ。そしてそれを躱そうとすればまた違う魔法や、時として接近戦に持ち込まれる。
そのことを念頭において攻防を成すのはより高度な戦いになればなるほど難題となっていく。意識を割かれる事柄が多すぎるのだ。
もちろん、俺とてこちらの世界に来てから何の努力もしなかったわけではない。血の滲む努力の末、こうして国軍指導官を経て勇者パーティの一員となれたのだ。
それに加えて、記憶喪失後にこの急にパワーアップしたステータスもある。最初のうちは少し手間取っていたが、段々と相手のペースを掴めるようになったのは良かった。以前の俺なら、間違いなくさっきの頸椎打撃により意識を失い、最悪死亡していただろう。
パライバくんに受け止めてもらったとは言え、それほどダメージを受けなかったのは数字にものを言わせている所も大きいのだ。
しかし、相手はこの世界最強と言っても過言ではない存在。
更に人間形態だけけあって、あの巨体ではなく普通の人間と同じく百八十センチほどしかないためその素早さも相まって当てずっぽうに魔法を使っても全く当たらない。
力も防御力も、何もかもが向こうが上である事実を前にして、俺としては策を持ってなんとか食らいつくしかない。
知能という点でも流石何千年も生きながらえてきた老獪と言えるだろう。嫌らしい手のみならず、時には正攻法を混ぜ動きを読ませず撹乱するような、こちらを上回る戦闘センスを遺憾なく発揮している。
つまりなにが言いたいかと言えば、持っている能力だけを比べても明らかに俺の方が劣勢であり、今実際にそうなっているということだ。
地面に手を突き、痛む右腕を抑えながら立ち上がる。相手は余裕の表情で佇んでおり、戦闘による疲労も全く感じ取ることができない。化物かこいつ……!
「ヴァン、もういいんじゃない!? それ以上無理に踏ん張っても身体が痛むだけだわ!」
「そうですお爺様っ。これ以上痛めつけるのはやめて下さい!」
「んんむ、そうするかの? どうだ少年、ギブアップするか? 今ならまだ、意識がありかつ五体満足で終わらせてやっても良いが」
「それは、これ以上戦えばどうなっても知らないと。そういう意味でしょうか?」
「これでも、だいぶ手加減しておるのだぞ? ぶっちゃけた話、今のお主がワシに勝つ場面が全く思い浮かばない。こちらとしてもある程度運動になったし、そちらの実力も測れた。どうだ、呑むか呑まないか?」
周りを取り巻くドラゴン達からも、そろそろ終わりにしたほうがいいんじゃないかと言いたげな雰囲気を感じる。
ベルやイアちゃんは見ていられないと悲鳴に近い声を上げているし、ルビちゃんは何を思っているのか真顔でなんの声も掛けてこない。
でも二人はまだしも、心配しているとは言えベルにまで諦めろと言われるのは心にくるな。こんな格好の悪い所を見せて、幻滅させてしまったかな?
まあ俺もわかっているさ。これ以上戦おうと無駄な抵抗を続けることになることくらい。
しかし。
「いえ、やらせてください。お願いします、エンシェントドラゴン様!」
立ち上がった俺はそのまま深く頭を下げる。
「ん? 本気で言っておるのか?」
「ええ。みんなの気持ちもわかります。それに俺自身、身体のあちこちが悲鳴を上げている。でも、ここで折れるわけにはいかないんです。約束をした以上、最後まで"小手調べ"を続けてください」
戦い始める前は、あまり乗り気ではなかったのが事実だ。なんでこんなやばい存在と拳を、剣を交えないといけないんだと。
でもこうして戦いを続けるうちに思ったのだ。これは、千載一遇のチャンスに恵まれているのだと。これほどまでに強大な存在と、しかも敵対勢力ではなく味方寄りの中立の者と一対一で戦う機会など今後そうそう訪れることではないと。
未だに苦しんでいる市井の人々が沢山いる。ならば、修行というわけではないが、少しでも強くなる方法を模索するべきだ。
それに、俺がこの力を手に入れられたのは、きっと神様の思し召しだから。もう随分と出会っていないけれど、ドルガ様も天から見て下さっているだろう。ならばこそ、ベルに変わって今度は俺が使命を果たすべきだ。
「そうかそうか。そこまでいうならば、ワシとしても方針を転換しなければな」
「え?」
「お主の『小手調べ』、『お試し期間』は終わりだ。これより一週間の日程を組み、スパルタで鍛えてやる! ただでさえ、大事な孫娘を貸し与えてやるというのだ。遊びは終わり、修行が終わった暁にはそれ相応の力を有してもらうからな!」
「……え?」
「さ、皆、帰るのだ! そこの女もな!」
エンドラは人間形態からドラゴンの姿に戻ると、吠えるようにして周りにいる同胞達を煽り立てる。
すると、沢山のドラゴンが翼を広げ一斉に飛び立ち、文字通り尻尾を巻いて里に帰っていった。
「私はヴァンと一緒にいます!」
と、その中で残っていたうちの一人、ベルが前に出てきて村に帰るのを拒否する姿勢をあきらかにする。
「……死にたいのか小娘?」
「死にません。だって彼は私のパートナーなんです! その成長を見守る義務があると思います!」
「ちょ、ベル! 駄目だ、危険だ!」
「その通り。ここからは、"普通の人間"が立ち入ることのできる領域ではなくなるぞ? 戦闘の煽りを受けただけでも命の保証はできんからな」
そこまでやるおつもりなんですか翁様よ。
「なら、我も残るのじゃ!」
「え!? お姉ちゃんっ! な、ならわたしもっ!」
「……二人とも、本気で言っておるのか?」
老齢竜はドスの効いた声と視線で孫を睨みつける。
「引かぬのじゃ! 我とて、そこの男を知らぬ訳ではない。それに、これから人間の世界で共に行動をすることにもなるからの。横に並び立つ者が貧弱なのは、お爺様の血族としても恥になるのじゃ」
「確かに送り出す約束をした以上、ルビーにも肩を預ける資格があるか見極める資格、はあるか……ならばサファイアも同伴するのだ」
「よろしいのですか、お爺様っ」
「構わん。それに口には出しておらんかったが、同世代ではお前達には一際目を置いていたのだ。次いでに訓練を受けていくか?」
「我はしたいのじゃ」
「お姉ちゃん本気なの?」
「当たり前じゃ。お爺様がここまでして動かれるのは大変珍しいことじゃからな。せっかくの機会を無碍にすることもなかろう?」
「んー、それもそうかなあ……? お爺様、どうでしょうか?」
「よし。ならば、ルビーかサファイア、どちらかがこの男と一緒にワシの訓練を受けている時は、その勇者をもう片方が守ること。そしてその逆もしかりだ。いいな?」
「「「はい!」」」
「マジか……」
「わたしも流石に参加するほどの力が残っていないのはわかりますので。身を引きはしますが、でもこの場には残らせていただけるだけでもありがたく思います」
「何、主からは以前あった時にも信念を感じた。そして先ほども。何に対してか、は大体分かるが、ワシから口にするのは不味かろう?」
「ですね、ふふっ」
と、ベルは何故か俺の顔を見ながら優しく微笑む。信念とは何を指しているんだ?
それにしてもあっという間に女子率六十%のブートキャンプが決まってしまったぞ。本当に大丈夫なんだろうな?
「----ちょっと待ってください!」
          
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