俺の幼馴染が勇者様だった件

ラムダックス

第1話


「おーい!」

授業も終わり、さあ帰るかと校門に向かっていると、後方から女性の声が聞こてくる。

「おーい! 待ってよ〜!」

どうやら、誰かを呼び止めているようだ。

「待ってってば!」

女性は叫び続ける。一体誰なんだ! こんなに呼び止められているのに無視してる奴は! けしからん――――



「ハジメちゃんったら、待ってよ!」


----ん? ハジメちゃん?



「うおっ!」

「待ってって言ってるのに、なんで無視するの? もう!」

誰を呼び止めているかようやく認識した瞬間、いきなり後ろから地面に押し倒された。慌てて手をついて顔面が激突するのを防ぐ。

「いってぇ! な、何すんだ!」

俺は振り返り相手を見た。

「こっちのセリフ! 何回声かけたと思っているの?」

その女性は、眉をひそめて怒った様子で、俺の顔を見つめている。そう、"その女性"とは……

「はあ、凛かよ。いきなり押し倒すなよな!」

「あっ、ご、ごめん、つい勢い余って……って、何で無視したのよ!」

俺の昔からの幼馴染、八重樫凛やえがしりんだった。

「いや、普通に気づかなかったわ」

「わ、私の声を忘れるだなんて……ハジメちゃん、私悲しいよ……」

しょぼくれた声でそう呟きながら、凛は両目を手のひらで塞ぎ、しくしくと泣き出した。

「なっ、凛、何も泣くことはねえだろ! マスクをしていたから声がこもっていたんだろう?」

「マスクくらいで気づかないだなんて……ハジメちゃんやっぱり酷いよっ!」

凛は、花粉のせいで鼻と目が死ぬからとこの時期になると毎年つけているマスクをパッと取る。そして両手を握り俺の胸をポカポカ叩きながら怒り出した。目に涙を浮かべているが、よく考えるとこいつの性格上花粉症であることを利用した『嘘泣き』というやつだろう。簡単に騙されて一瞬びっくりした自分に怒りを覚える。

「はいはい、すまんすまん。ほら起きろよ、見られてるぞ?」

俺は地面に膝をつき目に手をやっている凛を見ながら、立ち上がるよう促した。いい加減周りの生徒からの視線が痛い……

「えっ? あっ……あはは、恥ずかしっ」

凛は謝りながら立ち上がってスカートを払った。

「よっと。ふう、朝から夜まで騒がしい奴だなあ、本当に」

俺もズボンについた砂を手で払いながら、凛の突飛な行動に呆れるような態度を見せる。

「うるさくないもん、ハジメちゃんが構ってくれないからだもん!」

凛はグーにした手を腰の横で下に突き出して再び怒る仕草を見せる。

「はあ、お前なあ、もう高校生なんだぞ? 少しは大人しくしたらどうなんだ。それと、今日のクラスでの視線、だいぶ白けたものだったぞ? 所構わず抱きつかないでくれ……正直、困るんだよ」

「うう〜〜、だ、だって、ハジメちゃん雰囲気的に抱き着きやすいんだもん」

凛はもじもじしながら答えた。なんだその態度は? 凛らしくないしおらしさを感じるな。

「抱き着きやすいって、俺は抱き枕でもマスコットでもないぞ?」

「私の中ではマスコットなの!」

「何だそりゃ……」

「ほら、そっくり!」

凛は自らの鞄に付けているキーホルダーを見せてきた。今流行りの”ぐちっしぃ〜”とかいう緩いキャラクターだ。だるそうな半眼の目に黒い三角形の口が特徴のキャラクターで、見た目は『スタジオゾブル』の『獣物王子けだものおうじ』に出てくる『コトコト』とかいう真っ白い生き物にそっくりだ。著作権は大丈夫なのだろうか? 他人事ながら心配になる。

「はあ? 何処が似てるんだよ?」

「だるそうな所とか〜、後、可愛いところとかっ?」

凛はやたら晴れやかな笑顔で答えた。な、殴りてぇ……

「誰がだるそうだ、誰が。それと俺は別に可愛くはないぞ?  どちらかというとカッコ良いだな!  ふふん」

「は?」

凛が真顔で呆れた声を出した。

「は?」

「す、すみません……」

「ふふ〜うーそ。ハジメちゃんは十分かっこいいよ? ほら、帰ろっ?」

凛は自分の背後に両腕を回し、少し首を傾けてそう言った。夕日が凛の顔を照らし、つい綺麗だと思ってしまう。

そして、凛はそのまま流れるような動作で俺の左腕に抱きつく。俺は仕方がなく抱きつかれるがままにした。まあ、昔からの癖みたいなものだからな。
たとえ俺たちがもう高校生だとしても、今更拒絶するのも……って、いかんいかん、高校デビュー(凛から離れる--まともな関係になるという意味で)をするって決めたんだ。流されてたまるか!

「凛、駄目だ。腕を離せ」

俺はぶっきらぼうに聞こえるように言う。こういう時は出来るだけきつめな言葉使いが重要なのだ。

「何で?」

凛は不思議だという顔をしながら聞き返す。

「さっきも言っただろう、もう高校生なんだ。互いに新しい生活があるだろう? 勘違いされたらどうするんだ」

「勘違い? んん〜〜? どんな勘違いなのかなあ?」

凛はニヤニヤしながら聞いてくる。む、むかつくなあ……

「その……こ、恋人とか、そんなふうに見られてしまうだろうが?」

「へえ〜〜、ハジメちゃんは私と一緒にいたら、恋人気分になっちゃうんだ! やっぱり可愛いなあ、ハジメちゃん!」

「う、うるせえ! このっ!」

俺は自らの顔が火照っていくのを感じ、思わず凛の腕を無理やり解こうとしたが--



「あっ」

「えっ」



俺が振りほどいた勢いで、凛は車道に飛び出てしまった。そしてそこには一台のトラックが--

「凛!」


俺は咄嗟に凛を庇おうと、車道に向かって駆け出す。しかし次の瞬間--



キキィー!



トラックは凛を避けようとしてバランスを崩し、凛を車体の前方で俺の方へ突き飛ばしながら、スピードを落とさずに俺に突っ込んできた。

「なっ--」

「きゃあー!」

周りの女子生徒の悲鳴が聞こえる。その瞬間は、俺には1分にも1秒にも感じられる奇妙な感覚であった。


そして俺はそのまま、トラックに轢かれ----

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