葵雪(きせつ)さんちのご長男っ!〜キョウダイ同士で結婚できると発表された次の日から四姉妹のアプローチが凄い件について

柏木イズモ

 思いと想い

「葵雪さんっ!俺と付き合ってください……っ!」

 学園の帰り道。
 私は突然、男子生徒から告白された。告白なんてもう何度目か分からない。目の前にいる男子生徒は頭を下げてこちらに手を差し伸べていた。

「ごめんなさい」
 
 そしてこうやって断るのも毎回のこと。
 告白の返事も済んだし、早く家に帰ろうと一歩踏み出した時。

 「な、なんで、ですか……?」
 
 後ろから納得いかないような声が聞こえてきたので歩く足を止める。
 いつもなら断れば引き下がるものの、今回は違った。

「だって葵雪さん、まだ誰とも付き合ってないでしょ……?」

「私、今は誰とも付き合う気はないの」

 私が付き合うのは自分が好きになった人と決めている。
 しかし、私は恋愛感情というものがわからない。ひと口に人を好きになるといってもそれが『友情的な好き』『家族として好き』など様々ある。
 そして私は『異性として好き』という感覚を味わったことがない。感覚なんてあるかもわからないけど。

「でも……」

「話はこれで終わりです。私、帰るので」

「お、お試しでもいいから俺と付き合ってくれよ……!いいだろ……っ!」

 その必死さが怖くなり一歩後ろに下がる。

「お試しとかも考えてないの……。とにかく、貴方のことは振ったの。これ以上、関わらないで……っ!」

 後ろを振り向き、今度こそ家に帰ろうとした時。

「………この際、告白なんてどうでもいいんだよ……っ」

 後ろからボソリとそう聞こえたと思えば……

「きゃっ……!」

 肩を掴まれ、壁際まで追い追い込また。

「最初からこうすれば良かったんだ。そうだよ、告白なんてしなくても身体に教え込ませればいいんだ……っ」

 突然、狂ったようにそう呟く男子生徒。さっきほどとはまるで別人だ。
 男の人とあって振りほどこうにもビクともしない。

「んんっ!?」

 すると左手で口を塞がれた。このままじゃ助けが呼べない。さらにあろうことか、空いた右手で私のシャツのボタンを外し始めた。

「へへっ……」

 不気味な笑顔を浮かべるその表情に血の気が引く。

 助けが呼べない、動けない、どうすれば……
 
「おいお前っ!何してるんだ…っ!」

 そんなことを考えていたら男の人の声が聞こえた。その声の主は弟の四季だった。
 学ラン姿に身を包んだ四季が鬼気迫る表情でその男子生徒の胸ぐらを掴み、私から遠ざける。

「よくも俺の家族を……っ」

 そして拳を上げ……

「止めて四季……っ!」

 私は慌て殴りかかろうとする四季を呼び止める。すると拳がピタリと止まった。

「ひ、ひぃぃぃ!!」

 その隙をついて男子生徒は慌てた様子で逃げていった。

「なんで止めたんだよ……っ」

 眉間にシワをよせ、怒っている様子の四季にそう聞かれる。

「何でって……。私はまだ被害に遭ってないから」

「被害に……って、襲われそうになってただろ……っ」

「なってただけ、よ。あの状況で殴っていたら四季は完全に不有利な立場になってしまう。殴られた跡を見せればいくらでも言い訳は出来るから」

「………」

「それに四季は受験があるじゃない。そんな時に暴力事件を起こしたとなったら大変よ?」

 納得いってない表情をする四季。
 家族思いで優しい四季を私の事情に巻き込むわけにはいかない。迷惑をかけないためにも自分自身で解決しないと。

「とにかく私は大丈夫だから」

 外されたボタンを付け、乱された制服を軽く整える。

「帰ろう」

 そう呼びかけたが、四季はその場を動こうとしない。よく見ると小刻みに震えている。 

「……大丈夫だから、だって?じゃあなんで……手が震えてんだよ……っ」

 その言葉に視線を下げる。確かに手が震えていた。そして目からは気付けば涙が一筋流れた。

 ああ……私、怖かったんだ……。

「やせ我慢なんかいらない。迷惑かけたっていいじゃないか……」

 目線を下に逸らし、拳を握る四季。

「俺が大切なのは家族だ……っ。家族が危険な目に遭ってたなら助けるのは当然だろ……っ」

 切実に訴える四季。真っ直ぐ見つめるその瞳に思わず引き込まれる。

「それに俺は葵雪家の長男でもある前に1人の男だ。男が襲われそうになっている女の子を助けるのは当然だろっ」

 その瞬間、ドクリと心臓が跳ねた。今まで感じたことのない感覚。胸の奥が熱くて痛い。でもどこか心地いい。
 
 ああ、もしかしてこれが————
 
 私はこの時、彼に姉弟以上の感情を抱いた。


 ◇                   ◇                  ◇

 少し懐かしいことを思い出した。いや、『初心忘るべからず』ってとこかな?

「ボーとしてどうしたの?」

 荷物を持っている四季にそう促される。

「ちょっと昔のことを思い出してただけよ」

「昔のこと?」

 不思議そうに首を傾げている四季。
 「貴方に惚れた時の話」だなんて口が裂けても言えない。いや、これからは言わないといけない。だってキョウダイ同士で結婚できるもの。長年の想いがやっと叶うチャンスが巡ってきた。

「四季、今年のゴールデンウィークも楽しみましょう」

 私の言葉に満面の笑みで頷く四季。
 そして荷物を運びに行った。

「弟の成長というのも早いものねぇー…」

 いい弟に育ったと思う。でも私はもう、貴方のお姉ちゃんのまま・・・・・・・・・・でなんていられない。
  
「……ごめんね、四季。お姉ちゃんたちは家族という狭い関係だけじゃ満足できないの……」

 あの頃よりもさらに逞しくなった彼の背中を見てそう呟いた。

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