二度追放された冒険者、激レアスキル駆使して美少女軍団を育成中!

南野雪花

閑話 固ゆで葬儀 3


 ふうとナザルがため息をついた。

「遠いよな、あの背中。走っても走っても追いつかねぇ」

 意味不明のつぶやきとともに。
 黒い髪をかき上げる。

 たしか、数え十八(満十七歳)の時だから、もう十年近くも前の話である。彼がライオネルを知ったのは。
 いまをときめく『金糸蝶』の副長だった。

 正直にいって憧れた。
 十歳の孤児二人が立ち上げた冒険者クランがぐんぐんと頭角をあらわして、ガイリアでも十指に入るくらいになった。
 絵に描いたような成り上がり物語である。

 没落騎士の小せがれで、世の中を恨んで酒浸りだったナザルは、彼らの姿を見て自分の生き方を他人の責任にするのをやめた。

 だって、格好悪いから。
 ちゃんとした教育も受けてきた、両親もいる、住む家だってある自分が、前も向かずに境遇をただ嘆いてうだうだと生きてるのは、むちゃくちゃ格好悪いと思ったから。

 格好悪いのをやめようと思ったら、格好良く生きるしかない。

 生家と決別し、騎士の位も捨て、ナザルは冒険者クランを立ち上げた。
 それが『葬儀屋』だ。

 団旗に描かれた死神の鎌は、格好悪いことをするくらいなら死んでやる、という覚悟の象徴。
 信義を守り、義理を通し、弱きを助ける。それが『葬儀屋』のモットーだ。

 すなわち、ライオネルの生き方である。
「団長はライオネル軍師の大ファンだからね」と、団員からからかわれるのも無理はない。
 ナザル自身が公言してはばからないほどだ。

 そして、ずっとライオネルの背を追って走っている。
 いつかは並び称されるほどの男になってやろう、と。

「けど、遠いんだよなぁ」

 どんどん先に行きやがる。
 いまや『希望』の名を知らない人間が中央大陸にいるのか? ってレベルだ。

 必死に走っても追いつかない。
 あの輝きに手が届かない。

「そう悲観したものでもないと思いますよ。ナザルさん」

 しずしずと近づいてきたマリクレールが微笑する。

「舞台の上の役者にたとえるなら、彼らは主役です。目立つし喝采も浴びます。でも、主役が輝くステージというのは、脇役がちゃんと良い演技をしているものです」
「自分を脇役だと認めるのは、なかなか業腹なもんだけど、あんたの言うことももっともだぜ。マリクレール司祭」

 苦笑するナザル。
『固ゆで野郎』に所属するプリーストが口にしたのは一般論の域を出ない。しかし、一般論で充分なのだ。
 誰も彼もが綺羅星のように輝くわけではない。

「至高神が『葬儀屋』に託した役割は、たしかに主役ではないかもしれませんが、重要さにおいておさおさ劣るものではないと思いますよ」

 リントライト王国軍に『希望』が追われていたとき、真っ先に声をあげ救援にのために走ったのが『葬儀屋』だ。
 彼らの働きがなければ、ライオネルたちは負けていたかもしれない。

「此度もまた同じです」
「というと?」
「団長! どうにもおかしなことになりそうだぜ」

 会話に割り込んできたのはドーゴン。罠師トラッパーで、『葬儀屋』においては斥候を兼任している。

「どうした?」
「悪魔を追いかけて扉をくぐった『希望』が消えちまった。扉ごと」

「はぁ!?」
「なるほど。そういうことでしたか」

 ナザルは素っ頓狂な声を上げ、マリクレールは頷いた。
 反応の差は、聖者の天賦を持っているかいないかという点だろうか。

 視線でナザルはマリクレールに問いかけた。
 なにか天啓があったのか、と。

「急ぎ西大陸へとむかえ」

 歌うように告げる。

「西大陸……」

 はるか地の果て、海の果てだ。





 困難は予想される。

「いやいや。困難なんてレベルじゃなくて、たどり着けるかどうかも怪しいって話じゃないか」
「でも、いくだろ?」
「…………」

 話を聞いて渋面を作ったニコルだったが、ジョシュアに混ぜ返されてより苦い顔になった。

 いくに決まっているから。
 マリクレールに天啓があった。
 それは、とりもなおさず『希望』の危機ということだ。

 ぼーっと見過ごすなんていう選択肢は、最初から存在しない。
 もし『葬儀屋』が動かないならば、退団してでも向かう。

 ライオネルがルークとの大げんかの末に追放されたとき、彼らは手をこまねいていた。二度も。
 二人が一騎打ちをおこない、一方が死んだという話も後から知った。

 もうたくさんだ。
 自分の知らないところで決着などつけさせない。
 意地でも一枚かんでやる。

「まあ、うちの団長が『希望』を見捨てるわけないんだけどな」
「違いない」

 ライオネルファンのナザルである。
 ミノーシル迷宮の探索はここで終わりにして、西大陸を目指す。
 西大陸のどこを目指せばいいのかという話は、まずは大陸に到着してから考えれば良い。

「俺たちはこのまま進んでみるぜ」
「もしかしたら、ガイリアのラクリス迷宮につながったのかもしれないしな。良いと思うぜ」

 ライノスとナザル、団長同士の会話である。

 もしミノーシルとラクリスがつながったのなら、ガイリアとルターニャが行き来できるようになるということだ。
 それはそれは大変なことで、王への報告などが必要になる。

 ダンジョンの中の話なので、軍事利用は難しいかもしれないが、それを考えるのは冒険者の仕事ではない。

「俺らはルターニャ側に出て、その足でマスルに行ってみる」
「だな。それがいいかもしれねえ。イングラルさまなら西大陸に渡る方法を持っているかもしれないし」

「会ってくれるかどうか、未知数だけどな」
「なんならマリクレールを貸そうか? 司祭の口添えがあれば会いやすいだろ」

「プリーストを減らしてダンジョンの探索を続けさせるってわけにいかんべや」

 ライノスの肩をどやしつけ、ナザルは好敵手の厚意を謝絶した。
 メイジにしてもプリーストにしても、そこらへんにいくらでも転がっているという存在ではない。

 ガイリアで一番の大所帯を誇る『固ゆで野郎』でもメイジとプリーストは四人ずつしか所属していないのだ。

 しかも司祭級なんてマリクレールひとりだけだし、今回同行しているのも彼女をいれて二人だけなのである。
 借りるわけにはいかない。

「いやあ、かわりにアンナコニーをもらおうかと」
「借りるんじゃなくて、もらうのかよ!」

 げらげらと笑い合う男ども。
 話のネタにされたマリクレールとアンナコニーが、冷たーい目で見ている。

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