ブアメードの血

キャーリー

65

 池田敬は照れていた。


「はい、これ。バスタオル使って」


そう言って、マリアは置いたバスケットの上からバスタオルを静と中津に放って渡したのだが、衣類の中ほどに下着が見えたのだ。




「あと、静ちゃんにはちょっと小さいかもだけど、ボクのが合うかな?


これに入ってるから、着替えたらいいよ。


中津さんだっけ、あなたはママの使って」


濡れた体を拭いている二人にマリアは告げると、バスケットを持って一志の方に向かった。


「お兄ちゃんに近付かないで!」


静が怒りのこもった声を上げた。


「あ、ごめんね。服を着せてあげようと思っただけなんだけど」


「あなたがお兄ちゃんをこんな裸で放り出してたんでしょ!」


静がマリアを睨みつける。


「あー、それなら、静ちゃんがやってあげて」


マリアはそう言うと、バスケットを置いて今度は零の横たわるソファに行き、その肘掛け部分に座った。


「それより、どういうことだ。俺たちはゾンビにならないって?」


池田が照れをすぐに仕舞い込み、マリアに詰め寄った。


「自分で言ってたじゃん、正解を。


ブアメードの血、その話は、的を射た例えだね」


「それはどういうこ…」


「まだ、わかんないこともあるけど…」


髪を拭く手を一旦止めて問いかけた中津の言葉を、マリアは零にするように遮った。




「このオメガプラスはね、探偵さんが言ったように不安や恐怖がきっかけになって発症する。


その発症する確率は半分くらいかな」


「それは、この母親から電話があった時に聞いたよ」


池田が零を指差した。


「あっそう。ただ、逆を言えば、大丈夫だって高を括ってたら、もっと高確率で発症しないんだよ。


だから何?鼻ほじーってくらいの気概でどしっと構えていれば」


マリアは鼻をほじるジェスチャーをして笑みを浮かべたが、誰も笑わなかった。


それがおもしろくないように、マリアは指を下ろす。


「でも、今言った、発症した者への接触はどうなの?」


中津がまた訊いた。


「そもそも、オメガは感染力が弱いの。


それでも感染するのは、乗っ取った細菌の力。


一旦、活性化したオメガはもう細菌を乗っ取ることはないし~。


噛まれたり、傷とか負わされたら血液感染しちゃうけど、接触感染ぐらいじゃあ、まず大丈夫」


三人はその言葉に胸をなで下ろす。


マリアはその様子を見つつ、得意げに言葉を続ける。


「ただ、活性化したオメガは仲間も活性化するように増進する力がとても強い。


だから、保菌者が発症者からさらにウィルスをうつされてしまうと、必ず発症する。


そこは映画と同じようになるようにコントロールしてつくった、って感じ」


果たしてそんなことが可能なのかどうか、マリアは事も無げに言った。




「まあ、とりあえずは安心した。まさに病は気から。


要はトリックを知っていれば、いい訳だ。


発症した奴からも、ケガをさせられなければ問題なし、と。


では、さっきの話を蒸し返すが、これはどこで手に入れた?」


池田がそう言って、零の持っていた銃を取り出した。


「自分で蒸し返すって言わなくても…」


中津はそう呟きながら、池田のそのあっさりさに半ば呆れ、半ば感服した。


「だから、それはほんとに知らないって。


探偵さんしつこい~」


マリアが辟易したように言った。




「これはなあ、ニューホクブM60といって、今では警察で使われていない古いタイプの銃だ」


マリアと対照的に池田はいたって真面目だ。


「だから~、それがなんなの?」


「外で亡くなっていた刑事の一人が持っていた銃はK&H製のもの、これとは明らかに…」


「ああ、まだ銃あったんだ。


全部、回収しきれてなかった…」


「いいから聞けよ。


他の刑事のものも同じ銃を使っている可能性が高いが、今、お前が言ったとおり、回収したんなら、なぜ、それを使わない?」


「回収した銃は、雨や土で汚れてたから、キッチンに置きっ放し。


ママは、さっき地下の秘密基地で休んでいたから、昔からあったそれを持ってきたんだと思うよ」


「…」


池田は少し黙って、銃をまた内ポケットにしまった。




「——この銃は、俺の親父がマトリをしていた頃に使われていたものだ、今は違う種類のが使われているがな。


それで…実はその親父がもう十年以上前に行方不明になった、これと同じタイプの銃を持ってだ。


言いたいことはわかるな」


「…!?」


中津は今までそんな話は聞いたことがなかった。


前の所長からも、兄、つまり池田の父は病死と聞かされていた。




「はあ、そういうこと…」


マリアは呆れたような物言いを続ける。


「で、この銃が探偵さんのお父さんのものだったら、ってことか。


どうして、そんなにむきになるのかはわかったけど…


もし、本当にそうだとしたら、どうするの?」


「この野郎…」


池田は顔を真っ赤にして、さらにマリアに詰め寄った。


「もう、こんな状況で警察は機能していないの知っているでしょ。


警察だけじゃない。政府も自衛隊も駄目。


他の国でも遅かれ早かれ同じ状況になる」


「んなの関係あるか!」


池田はマリアの胸ぐらを思わず掴んだ。


「池田さん、ダメです!」


「所長、やめてください!」


体を拭き終わって聞いていた静と中津が同時に止めに入った。


「ああ、怒らせたのならごめんなさい。


探偵さん、怒っちゃったら、オメガを発症しちゃうかもしれないよ。


知ってるでしょ?怒りもオメガの発症のきっかけになるんだから。


謝るから、探偵さんも気を付けて、とにかく落ち着いて」


池田は三人の言葉にためらいながら、怒りを抑え、不承不承手を離した。




<怒りに任せてしまっては、自分もゾンビのようになってしまう。


そうなると、自分のことだけでは済まない。


ここにいる守るべきはずの二人も傷つけてしまうかもしれない。


それは防がなければ…>




「——私が殺しました」


やっと落ち着こうとした池田に、耳を疑うような、しゃがれた小さな声が聞こえてきた。


「お前、今なんと…」


ソファに横たわっている零に池田は向った。


それをマリアが小さな体を入れて防ぐ。


「あなたのお父さんは私が殺しました。


そう言われれば、そうです。


私が殺したマトリの方の名前も確かに池田でした」


「ってめえ!」


池田は零に飛びかかろうとしたが、マリアが両手でそれを防いだ。


「池田さん!」


「所長!」


二人の声も今度は池田に届かない。


「許せねえ…てめえが親父を殺したっていうのか!!」


「二人目の夫と別れた時に、保険金目当てじゃないかと私を疑うマトリの方がいらっしゃいました。


夫を薬漬けにしてたものでねぇ…


あの時は、捕まる訳にはいかなかったもので、大事をとって…その時にいただいた銃がそれ…」


「何が大事をとってだ!


人の命をなんだと思ってやがるんだ!


親父が死んでお袋がどれだけ苦労したことか!


俺を養うのに慣れない仕事を始めたせいで無理して…


そのせいで心労たたってお袋も死んじまったんだよ!


お前のせいだ!お袋が死んだのも何もかも!くそがあ!!」


池田は怒りを抑えきれなくなった。




行方不明の父親、そして、母親のその後の苦労、暗い青春時代…


その悲しさ、苦しさが一気に思い出され、どうしようもなかった。


怒鳴り散らし、マリアに押し返されながらも狂ったように零に向かおうとする。


「もう、いい加減にして!」


マリアが遂に力を出して池田を押し倒す。


ガッチャーン!


ガラステーブルが割れ、大きな音が部屋に響いた。


強かに腰を打ちつけ、池田はぐぅと唸る。


「あーあ、ママお気に入りのテーブルが」


「許さねえ、絶対に許さねえ…てめえだけは絶対に…」


池田は思わぬ痛みに面食らいながらも、ゆっくり立ち上がろうとする。


「池田さん、本当にやめてください!


池田さんまでゾンビになっちゃう…」


涙声で叫ぶ静の前を中津が横切り、池田に近付いた。


「所長、ごめんなさい」


中津がそう言うと、突然、池田が硬直した。


中津は倒れそうになる池田を両手で支える。


静が見ると、池田は気絶していた。


「な、何を?」


突然の出来事に静が訊くと、中津は右手を上げて持っているものを示した。


それは裏庭で拾ったスタンガンだった。

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