ブアメードの血

キャーリー

32

 岡嵜零は、悔しがっていた。




 三十分程前、八塚の追跡を逃れた。


公園から少し離れた場所に停めていた車に戻り、検問がひかれる前に、自宅へと引き返したところだ。


今は、車庫の中で車のエンジンをかけたまま、気持ちの整理をしている。




<あの男たちはきっと刑事…


既に警察に連絡して張り込ませていたとは、迂闊だった…


勝てない相手とは思わなかったけど、三人がかりだし、銃を持っていれば厄介だったのは確か…


こんなところで、”力”を使い切ってしまう訳にはいかなかったし、引き返して正解ね…


でも、まさかここまで早く動いているとは、あの探偵、侮れない…


これなら、初めから行くんじゃなかった…


もっと簡単にできると思っていたのに…


どちらにしろ、警察に知らせたのなら、もう探偵を殺る意味はない…>




 そう言い訳めいた考えを巡らせているところに、車のスピーカーから電話の着信音が響いた。


マリアからだ。


「マリア?電話に出ないから心配してた…」


「ごめん、ママ。そっちはどうだった?」


「それが失敗しちゃって。


探偵が先に警察に連絡してたみたいで、やろうとしたら他に二人出てきた。


もう意味がないから引き上げて…」


「もー、探偵さんには、警察に電話するならボクの話聞いたあとでって、念を押してたのにー」


「意外と抜け目のない探偵さんね。


だから、あなたにも、もう警察の手が回ると思うわ。


すぐに逃げなさい」


「その通りだよ。今、パトカーのランプ見えたから、ちょうど先輩の家、出るところ」


「え?早く逃げないと。


それに先輩はどうしたの?」


「ちょっと、どうにもなくなっちゃって、パート2と3見せたら、先輩、やっぱり発症しそうになっちゃって…


面倒くさいから、ゲームオーバーにさせちゃった」


「あら、それは辛いんじゃない?」


「え?大丈夫だよ。


計画のために付き合ってただけだから。


まあ、いつかまた会えるだろうし」


「そうね。私たちの計画全てを見届けたら、いずれ…」


「うんうん」


「じゃあ、気落ちしてないようなら訊くけど、あの電話の後に見せてさっき発症しそうになったのなら、見終わってからすぐその兆候があったということよねぇ」


「うん。十五分あるかないか。


ママの予想より早いくらい」


「個体差はあるから…それに先輩はパート1をそれこそ何回も見ていた。


だから、それまでにオメガプラスがある程度、活性化しやすくなっていて…」


「うんうん、わかってる」


「それでね、マリア…」


「次の動画の配信、もっと早めるってことよね。


フランス人編パート2だけは先に上げておいた。


残りも今からやる」


「まあ!」


零は大げさに驚きの声を上げた。


マリアはこの歳になっても、褒められるのを喜ぶ。


「さすが、マリアね。


でも、今更だけど、あなたのスマホかタブレットが特定されないとも…」


「大丈夫、先輩の家を出てすぐのところに、WEP方式のワイファイ、前から見つけてたの。


それ、使わせてもらってる。


私の端末、いつ止められるとも限らないから」


「じゃあ、あとはママがやるわ、ちょうど今、自宅に戻ったところだし。


あなたはすぐに戻って…」


「大丈夫、ついでだからやっておくって。


すぐ済むから」




マリアは言い始めると聞かない。


「お利口ね、じゃあ、お願いしようかしら。全てが今日中にアップされるように…」


「計画より、随分早くなっちゃうね」


「ええ、計画はあくまで予定、予定は未定よ。


本当は、配信した動画のパート1が世界にある程度行き渡ってからにしたかったけど…


不安の大きさや長さが発症確率に繋がるから。でも、仕方ないわ。


彼の発症を考えれば、ある程度、確度が高いことが確信に変わったし。


それに一応、最後に完全版を放り込んでるから、問題ないでしょう。


警察に私たちの家を先に見つけられては、元も子もない…」


「ママ、本当に核戦争って起こると思う?」


マリアは唐突に話を変えた。


「可能性はあるんじゃないかしら?


パート2に核保有国同士が、さもこの計画をやっているように仕込んでおいたでしょ。


フランスと仲の悪いイギリス、アメリカとロシア、中国、パキスタンとインド…


どの国が何をしてもおかしくない。


疑心暗鬼になったり、自暴自棄になったりした人間は、何をしでかすかわから…」


「じゃあ、やっぱり核シェルターに閉じ籠っておくしかないのかなあ。


ゾンビが溢れた世界って直に見たいのに」


「しばらくは、テレビの中継で見られるでしょう。


そのうち、事の大きさに気付いてテレビ局の人間も逃げ出すか、その前にテレビ局の中も発症した人間だらけになるかも…」


「ああ、おもしろそう。


リポーターがゾンビに襲われたりするかもしれないし、逆にリポーターが急に発症してカメラマン襲ったりするかも!


それも楽しみ!」


「そう、私たちが望む世界がもう目の前に来てる。


むしろ、時期が早まったことについては、探偵に感謝しなければならないかも」


「えー、さっきまでゲームオーバーにしようとしていた人に感謝するの?おかしー。


あれだけ、計画にこだわってたのに」


「確かに、計画を完遂することにはこだわっているわ。


でも、日程は想定外を含めて余裕を持って決めてたもの。


八時にディナーをと遅らせる予定が、七時に戻ったからといって、支障はない…」


「あは、ママの例え、わかりやすーい。


じゃあ、そろそろ切るね。


今、警察に見つかったらやばいでしょ」


「ああ、そうだったわ。気を付けて」


「わかってる」


零は電話に続いて、車のエンジンも切った。




 ふぅっと、一息つき、シートに背中を預けて、目を瞑る。


<そうよ、早まる分には支障はない…


元々、もっと早く決行する予定が、学園祭に合わせただけ…


私としたことが…


つい、あいつらへの怒りを抑えられなくて、その矛先が探偵に向いてしまったのか。


それに、思ったより早く犯人と知られてしまって、動揺したのもあるかもしれない。


捕まらなくて良かった…何より、それが大事…


私らしくない、冷静にならなくては。


そう、あとはマリアが帰ってくるのを待つだけ。


恒、マリヤ、もう少しなの、もう少しだけ待っていて…>

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