ドクター・ユリースと異陪人間の魔法医探索

汰綿欧茂

CREATURE1 誕生、黒魔法使い①

 ユリース・杉井。38歳。フランス系アメリカ人の母と日本人とのクォーター。
 腹切名医の称号で、日本国の中では外科医の鑑としてメディアに挙げられた存在。
 ……そのはずだった。
 実は医療研究会大倭やまと病院に配属になるほどの実力者で、甲府医大附属病院を出なくてはならなくなった。
 大引越の片付け中の事。
 医療関係で索引する辞典等を書棚から移す際に、見慣れぬ薄いブックレットらしい物が棚の隅より落下した。
 薄い冊子の表紙面には変な魔方陣みたいのが描かれていて、オカルトチックな文献資料だと思っていた。
 初めて見る冊子なので、思わず中を見開くと、こう書かれてあったのだ。

〘異世界・サーリエルで、異陪いばいを人間に換える施術をせよ。施術法の順序はここに書き記す。これを見た者はただちにサーリエルへと旅立てよ。異世界渡航は表紙面の魔方陣に右手をかざして詠唱を唱えるが良い。それでは詠唱呪文を教えよう……〙

 と中二病的なふざけた内容文が載った胡散臭い冊子だったのだ。
 ユリースはそれをゴミ入れに捨てようとしたが、子供心が蘇ったのか、冊子の通りに右手をかざして唱える事に決めたという。

「どうせ手の込んだいたずらだろうに。何とも起きませんでした的に早く終わるさ」

 言いながらもユリースは詠唱呪文を唱えだした。
 確かに1分以上たっていてもうんともすんともいかなかった。

「だろうな。少し童心に還って遊んだ俺が馬鹿だったな」

 そう言ってて冊子をゴミ入れまで投げ捨てるタイミングに魔方陣の陣形がユリースの全身を包み出し、異世界・サーリエルまで転送させてしまったのだった。


 そこはもう現代医学が通用しない全くのファンタジー空間。
 サーリエルとはそんな医科学以前の東洋医学ではお馴染みの漢方医学寄りの研究がされていた。
 そういった施設へと召喚されたユリースは、そこが地球ではない事は理解できた。

「転生? ……ではないな。冊子に書いてあったサーリエルとかいう異世界だろう。消毒液の匂いはなくとも、それに近い独特なきな臭いものを感じる。そうか、この建物はさしずめ病院に似た施設という訳か?」

 彼が名医と呼ばれてるのは全て周囲のドクターの技術をそっくり真似しただけでそれがイケメンやルックス、ファッションセンスも抜群でメディアに取り上げられただけ。周囲のドクターも承知している。杉井院長のせがれなので、甲府医院では次期院長クラスとも言われるが、大学以降はコネと幸運と技術力で補って生きてきた。医学知識はない。皆辞書調べやスマホ等での検索で補ってペテンを賭けて命を救ってきた。
 それがこんなイケメンドクターに変えたという。
 この異世界サーリエルとは、まさにコネ、幸運、技術力のドクターにとっては抜群の環境になるかも知れない――。

「異世界サーリエル……か。ン? この説明書のような冊子には、サーリエルのウンチクも書いてある。ざっと見て学科苦手意識の俺にも何となく判るな。ククク……リアルなドクターライフやめて、ここで冒険ライフも良いかも知れない」

 不敵な笑みを浮かべ、この異世界で暮らす事を決めたユリース。

 施設の名はジニューフェ寺院療法殿じいんりょうほうでん
 ライゼア・ジニューフェ療法長が設立の施設で、地球では見た事も聞いた事もない薬剤を調合・精製している研究室的なもの。
 そうライゼア本人から聞かされ、一応ここを無料の寝泊まり場所に認められたユリースだった。
 看護師的な助手が8、9人は存在していて、全員ともユリース好みの美少女系キャラだ。これじゃ益々ユリースの脳内はある意味パラダイスの中でウハウハ気分になり変わるだろう。
 薬剤製法が魔法化学力という所は、流石にファンタジーのマジカルメディックなる科学文化だと感心するところ。ユリースはそういう所も捨てたものじゃないとワクワクしてやまなかった。

「ユリースさん、どうです? こちらで魔法療法を開発するメンバーに加わりますか?」

 ほら、やっぱりライゼアから医学の事を言われると思った事か。ユリースは、そこでこう返答した。

「何か一つ魔法を覚えてから製法したいけど、可能だったらそれで……」

 確かにな。ユリースという奴はこんなにも馬鹿な存在で辞書とコネがないと行動しないイキモノだったのだ。

「構いませんよ。魔法は何のエレメントを選びますか?」

 何かと優しく、且つ丁寧に対応してくれるライゼア。

「基本は4大元素ですよね? 光、闇とかの属性とは選択ないか?」

 やっぱりユリースは馬鹿だ。基本というかこの4つしか普通は出てこないはずだ。なのに光と闇とかどうも腑抜けている。

「なくはありませんが、キツい選択肢ですね」

 ものは言いようとあるけど、言ってみるものだとユリースは感心しだした。

「闇属性のエレメントはどう精製しますかね?」
「ユリースさんは闇がお気に入りましたか? あれは黒魔法を使用しますので容易には得られないものですね。光ならば何とか白魔法とフィーレスの怪鳥の涙と干し人参のエキスで煮詰めれば何とか調合できます」
「(うわぁ、なんか某美少女錬金術師のアトリエ的なゲーム要素ありのワードとか出てきたし)なんかそれ良いかも。時間かけても良いので黒魔法のを頼みたい」
「そうですか? ならば何とか宛を探します」
「いや、活動時間は自由にあるんで、その宛を探す所からやらせてほしい」
「しかしですね。凄く手間取りますが、よろしいので?」
「大船に乗ったつもりで任せてください。体力ならば負けないので」
「2人分の支度から済ませます。ユリースさんは何もせず、そこでお座りください」
「何から何までありがとう、ライゼア」

 椅子にもたれかかって暇を持て余すユリースを見遣る助手の一人、ガーレシル。

「貴方、闇属性のエレメントを得るだなんて、悪魔の魔法をどうして知識したいのですか?」
「悪魔の魔法……なんだ、闇属性って」
「何も知らずに行くんですか? 呆れて何も言えないわ」
「何、それ? 俺の決めた事に文句言うなよな」

 他所から、ピリピリした声の主が横入りしだした。

「ガーレシル、あんたその殿方から離れなさい。汚い口ぶりだから人付き合いが駄目なのよ」

 言ったのは、看護師長的なリーダーシップのロアニラだった。

「チッ……ロアニラさん、悪うございました」

 助手団体の婦女軍団はいつもキリキリとかカリカリした個性強い集まりなのだ。美人と書いておにおんなと読む存在は、この事を言うのかも知れない。

「俺が闇属性を選んだばかりに……何かすみませんでした」

「わたくし、ガーレシルは殿方に謝られる事はしてないわ。安易に謝罪するのはおよしください」
「(何かやり辛い女だ。全くさ)は、はぁ……」

 どうのこうのしている所で、2人分の支度の準備を終えたライゼアが入室した。

「おや? いつの間に皆さん、賑やかにしてますね」
「療法長、余りこの殿方を留めないでくださいませ。わたしたちのこころざしが乱れてしまうので」
「顔立ちの良い好青年にご不満ありましたか?」
「風貌よりも、質の問題です」

 実に困惑する会話だとユリースは情けなく感じ、闇属性エレメント入手の探検しに行く事をライゼアに強く迫った。

「ああ、判りました。ロアニラ、ガーレシル……他の助手たちにも留守を頼むと伝えてくださいませ」

 ガーレシルは右腕を前に持っていき右手を左肩に乗せる形にし、軽く会釈しだした。

「ご安心ください。留守の間はわたくしめが率先にお務め果たします。お任せください」
「どうだか……ねぇ」
「ロアニラ、いちいち感の触ることを〜」

 ライゼアが手を挙げて振り出した。

「まぁまぁお二人とも。では、後は頼みますよ」
「じゃ、ロアニラさん、ガーレシルさん、行ってくる」

 ユリースに向かって口を揃えて同じ言葉を吐き出した二人。

「あなたは別にここに居なくても良いんだからねっ!!」

 そんなシンクロしたセリフを他所にユリースとライゼアは、うまやに行って、荷馬車を出して寺院療法殿を後にした。

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