スターウォーズ代理バトル⑴グリース共和国編

jun-southfield

第二話 神之道一族


神之道家は神之道キワム(究)と孫のテラス、タケルの三人家族だった。神之道は代々神主の家柄で、キワムの父も祖父も神道を奉る神主だったが、神社神道が嘗てアースの多数の国々を巻き込んだ第二次大戦を精神面で支えた反省から、現在、神主職を離れている。彼の理想は神道を再構築し、古代から八百万の神々と庶民に崇められた、人間味あふれる神様への帰依であり、それを神之道神道として確立することであった。それともう一つ、古来より神之道家に伝わる神之道武術の完成であった。

以上の確立及び完成が、神之道キワムのライフワークというか生涯の任務と考え、彼は日々研鑽を重ね、その結果でもあるが87歳とは思えぬ若々しい知力と体力を保持していた。

「テラスにタケル。神様というのは楽しい時には笑い、悲しい時には涙を流す。もちろん悪人は怒りを込めて懲らしめる。そんな人間的神様を崇める教えが、ジイジが目指す神之道神道なんじゃ。だからテラスもタケルも人間味あふれる神の道を、ジイジと一緒に極めてほしいんじゃよ」

 子供の頃から耳にタコができるほど聞かされてきたジイジのセリフで、テラスとタケルは数千坪ある自宅境内を駆け回りながら、木々や石灯篭の影にいつも泣き笑い、そして怒れる神様の顔を思い浮かべるのだった。

「ジジさま。姉上と武術の練習をする時、お乳のふくらみが気になって仕方ありませぬ。乳当てを着けるよう、姉上に言ってくれませぬか。それにセクシーな巫女装束でなく、武道着に着替えてくれぬとタケルは投げにくうござる」
 小学校も高学年になると、タケルは武術訓練で不平を漏らすようになるが、

「可笑しな言葉を使わないでって、いっつも言ってるじゃないタケル。乳当て何て言ってたら女の子にもてないぞ。ブラジャーといいなさい。ほら油断してると、乳固め、じゃなく四方固めに行くわよ」
 テラスはまったく意に介さず、自己デザインのお気に入り巫女装束で神之道家に伝わる武術の訓練に励み、新しい技の考案にも余念がなかった。

―――真実を伝えねばならない時が来たか……。

神社北西隅、幹回り6メートルは優にある、樹齢一千年を数える銀杏の大木に守られた、30畳余りの武道場で孫たちの柔術練習を見ながら、キワムは眉間にシワを寄せた。相手の意識をコントロールする神之道念術を教え始めてから、テラスは幼時の記憶を取り戻しつつあった。

「ね、ジイジ。印を結んで指先の気を眉間から発しようとするとき、懐かしい顔が浮かんでくるの。優しく私の頬をなでながら涙を流しているのよ。亡くなったママとは全然違う人なの。ね、ジイジ。あれは一体誰なの」
 念術で相手の精神をコントロールするためには、こちらの気のエネルギーをすべて溶融し、マグマのごとく一気に噴出させて相手の精神に注ぎ込まねばならないのだ。この際に幼時からのものを含むすべての記憶が溶融過程に巻き込まれてしまう。タケルは生後7日だったので、その女性の記憶は彼の気のエネルギーに流れ込むことは無いのだが、2歳のテラスはやはり覚えていたのだ。

「ね、ジイジ。このフラッシュソード、随分古いもののようだけど何故か私の手に馴染むの。薙刀や小太刀より使いやすいわ。ひょっとして、あの、ママと違う、優しそうな人が使っていたものなの? ねぇ教えてジイジ」
 二人の子供を抱き瀕死の重傷を負いながら神社へ逃れてきた女性、そう、テラスとタケルの母が、キワムに子供とともに託した形見のフラッシュソードだった。テラスの18歳の誕生日に手渡してくれるようにとの伝言を残し、彼女は事切れてしまったのだ。

亡くなる前に二人の母マーヤがキワムに語った事実は衝撃の内容だった。彼女はアースから250万光年先にあるアンドロメダ銀河、その中の14の矮小銀河の一つM32の小恒星ジャステイスを巡る惑星オーフュースの生まれだった。オーフュースの王国テミア王の娘マーヤがテラスとタケルの母だったのだ。

「テミアはレアメタルの宝庫で、アースから採掘技術指導に派遣されていたのが子供たちの父ワタルでした。私とワタルは恋に落ち、父である王の許しを得て王族の地位を離れワタルとヤーポンで結婚生活を送っていたのですが、テミアで内紛が勃発しました。父を殺した現王は帝国軍の意を受けて王位継承権のある王族を悉く抹殺し、帝国軍の支配を完全なものとすべくアースに住む私にまで刺客を差し向けたのです。どうか、お願いです。この子たちを助けて下さい。姉のテミア名はミアで、弟は生まれて間もないことからまだ名前が決まっていません。出来ればこちらの子供として過去を消し去り育てて下さい。ミアが18になった時にこの、代々王家に伝わるフラッシュソードをさり気なく渡してください。このソードを見れば、嘗ての私の恋人で同盟軍の士官ボンドが必ず二人を守ってくれます。遅くとも20歳には届くよう、彼にはメッセージを暗号レターで送っておきました。国民には私が生きている希望を持たせたいので、私の亡骸は銀杏の木の根元に埋めて死亡を隠してください。どうぞ子供たちをお願いします」
 マーヤは事切れる前に弱々しい声で辛うじてキワムに告げると、71歳の彼の手を握ったまま涙の瞳を閉じたのだった。

「母の願いは、必ず聞き届けねば。しかし何と不憫な」
 両腕でタケルとテラスを抱きながら、キワムは心に固く誓ったのだった。

キワムの息子夫婦には子供がいないことから、テラスとタケルは彼らの子供として届け出を出した。ここヤーポンでも特別養子縁組の制度が認められていたので、二人は戸籍上養子とは分からない形での、神之道家の子供としての地位を築いたのだった。

キワムの息子マモル(護)も嫁のハナ(華)も、我が子以上に二人を慈しみ育てたが、帝国軍の関与する殺害なのか、それとも単なる事故なのか未だ不明であるが、マモルとハナは交通事故で命を失ってしまった。事故車内での子供二人の生存は奇跡と呼べるもので、息子夫婦の執念の犠牲に加え、キワムには母マーヤの強い意志の存在を感じ体が震えてしまった。

―――二人を強く明るい子に育て、いつかマーヤが生まれた星へ帰してやろう。

 事故現場へ駆けつけ、泣きじゃくる3歳と5歳の二人を抱いたキワムの決意で、武術の訓練の時も日常の生活でも片時も忘れられることは無かった。

「ねぇ、ジイジ。深刻な顔をして、一体何を考えているの? こんなに過ごしやすい居間で」
 アースを襲った未知のウイルス・コロナのせいで授業はオンラインで済ませられ、タケルと共にテラスも二階の自室からだだっ広い十二畳の板の間に降りてきて、眉間にシワを寄せたキワムの顔をのぞき込んだ。七月も半ばを過ぎヤーポンは蒸し風呂さながらの熱気の中にあるが、神之道家は神社の森のおかげでクーラーもいらない涼しさだった。

「うん。お前たち二人に、知事のユリコ姫がグリース共和国への特別留学許可を下ろしてくれてな。ジイジも保護者として同行許可が下りたんじゃが、明日18日が出発という緊急の決定なんだ」
 同盟軍司令部の計らいでの三人の渡航許可であるが、勿論グリースでの緊急任務はまだ二人には知らされていない。

「ワー、やったー! ヘスに会えるぞー!」
 同盟軍の意図を知らないタケルは大喜びだった。昨年、交換留学でタケルのクラスへ組み込まれ、彼と恋仲になったヘスティアに会いたくて仕方なかったのだ。

「私もアポン(アポロン)に会えるのは嬉しいけど、……でも、何かへん」
 話が出来過ぎている感じで、さすがにテラスは素直に喜べない。

「いいではござらぬか、姉上。アポンは姉上にぞっこんでメロメロ。二人はラブラブでござるゆえ」

「バーカ。子供のくせに怪しげでいかがわしい、て言うか品のない表現を使うでない!」
 涼しい籐敷きの上ではしゃぐタケルに羽交い絞めをかけながら、テラスも満更ではなかった。一年振りに逞しい巻き毛ハンサムに会えるのだ。

「ヘスもそうだが、特にアポン君は大喜びだろうな」

「‥‥‥うん」
 テラスは目元にはにかみを浮かべ、キワムに苦笑いを返した。教えられた念術を初めてかけたのがアポンであり、効果はてき面であった。切れ長の涼しげな瞳に、すらりとした超セクシーダイナマイトボデイ。男なら誰でも夢中になるところ、必殺念術の威力まで加わると、アポンはまさにテラスに首ったけになってしまったのだ。

18日午前8時20分、トウキョウの調布空港を同盟軍がチャーターした民間機ホンダジェットで飛び立った三人は、給油のため途中五度の着陸を余儀なくされたが、ゲーエ海に臨むネアテ空港三番滑走路に降り立った。グリース時間の午後11時33分だった。

「宿舎は用意してあるのですが、緊急事態が発生したようで、この地図に記載されているルートでオイエン原発へ急いで下さい」
 緊急無線を受けたパイロットの緊張気味の伝達に、

「えっ! 何なの! 原発って!」
 テラスが驚きの声をあげるが、

「どうやら正に緊急事態というか、グリースにとって危機的状況が生じているようだ。さあ、これを持って」
 予備知識は得ていたが想像以上の緊迫下にあるようで、キワムはテラスとタケルにフラッシュソードと勾玉弾を手渡したのだった。

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