Cross Navi Re:〜運命の交差〜
3-49 ウェルの覚悟
クラージュとアルコが戦い始めたと同時に、ミカエリスたちは静かに部屋に入り込んだ。
春樹の視線の先には、アルコと殴り合う竜の姿をした人物と、それを見守るルシファリスとウェルの後ろ姿がある。
それを眺めながら、春樹はクロスのあとに続く。そして、ミカエリスはちょうど良い樹の根を見つけると、その裏へと身を隠した。
「…あの竜の姿の人…誰だ?」
「あれはクラージュね…レイ・クラージュ…」
「あれが…?」
ミカエリスの言葉を聞いて、驚きの声を上げる春樹に、今度は秋人が問いかける。
「あれが春樹の知り合いなのかい?」
「あぁ…アルフレイムにいた時にお世話になった人達だ。」
「…そうか、あの人たちが…。今からのことを考えると複雑だね…」
まるで自分の事のように悲しそうな顔をする秋人に、春樹は少し驚いた。
そんな話をしていると、ミカエリスが二人に対して口を開く。
「二人とも、そろそろ集中してもらえるかしら?チャンスはそう多くないのだから。」
「ごっ…ごめん、ミカエリス!」
「いいのよ、特に春樹は複雑でしょうから…でも、自分で決めたことなのだから、わたしを困らせないでね。」
「…」
まるで釘を打つかのようにそう告げるミカエリスに対して、春樹は何も答えなかった。
そのまま四人は、ルシファリスたちが繰り広げる激しい戦いを見守っていた。
◆
クラージュからの激しい攻撃の中で、春樹たちが樹の根に隠れていく様子を、アルコは確認する。
ルシファリスたちも、自分の隙をどうにかつくろうとこちらに集中していて気づいていないようだ。
それらを一瞥すると、クラージュの攻撃をさばきながら口を開いた。
「レイ…やるではないか。パワー、スピードだけだったお前が、ここまで正確さと精密さを身につけるとは…」
「ルシファリスさまと出会ってから、多くの強者と戦ってきましたからね…世界の広さを感じさせてもらいましたよ。」
「なるほどな…お前をこの世界に行かせて、始めてよかったと思えたな…しかし…!」
アルコはそう言って、今までクラージュの攻撃をさばくだけだった状況を軽々と一転させる。
「強くはなったが、それではまだまだ…お前はパワーこそあるものの、その一撃一撃に想さが足りん!お前の想いはその程度か?」
「…くっ!」
自分への攻撃の手数が増え始め、クラージュは少しずつ押し返されていく。
「どうした?そんなものか…?お前の主人に対する想いは…強さに対する想いは…」
「…言うてくださりますな!!私とてこの悠久に近い時をただ遊んで暮らしていたわけではありません!!おぉぉぉぉぉ!!」
クラージュが攻撃の手数をさらに増やして、今度はアルコを押し込んでいく。
「やるではないか!!もっと…もっとだ!レイよ!!!」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ゆっくりとだが、アルコを押し返していくクラージュ。
それを見ながらルシファリスはアルコの動きを止める一手を考えている。
と、ウェルが戦いを見据えながら口を開く。
「ルシファリスさま…私がアルコさまの動きを止めます…その隙に!」
「どうやって止めるわけ?」
「こう見えても体だけはタフにできてますからね!クラージュさんのあの一突き、受け止められたのって今まで私だけみたいですよ…ハハハ」
「だけど…相手はその上をいく神なのよ!?」
「でも…想いの強さは誰にも負けませんよ…」
ウェルはニコッと笑みを浮かべ、そう一言だけつぶやくと、両手をバシッと合わせて気合を入れ直す。
そして、法陣を発動させると、ルシファリスに顔を向けた。
「春樹によろしく伝えてください!」
「ちょっ…ウェル!?」
その瞬間、ウェルは走り出した。
◆
(ウェルさんが…何をするつもりだ!?)
突然、走り出したウェルに気づいて、春樹は驚いた表情を浮かべる。
アルコはうまく計らってくれるはずで、ウェルたちが余計なことをする必要はない。
自分たちがすり抜けるタイミングを、アルコが作り出してくれる、そういった手筈だからだ。
しかし、誤算がそこにはあったことを、春樹が知る由もない。
クラージュが思いのほか強くなっており、アルコにはあまり余裕がなかったのだ。
アルコにとっての誤算は、春樹にとっても誤算となった。
先手を取っているように見せかけて、現状はアルコと春樹にとって後手となっていたのだ。
「クマさんが動いたわね…チャンスが来るかもしれないわ。」
ミカエリスがそうこぼして、準備を始める。
春樹の視界にはアルコとクラージュの間に突進していくウェルの姿が映っていた。
◆
「ガァァァァァァ!!」
「なっ…!ウェル殿!?」
「…くっ!」
突然のウェルの参戦に、アルコもクラージュも少し動揺し、体勢を崩しかけた。
「クラージュさん、御免!」
その瞬間をウェルは逃すことはない。
法陣を発動して、クラージュをアルコへと突き飛ばし、アルコが体勢を大きく崩した瞬間、背中に回り込んで羽交締めにした。
「ウェル殿!!」
クラージュはすぐさま立ち上がって、ウェルに声をかける。
「グルルルルルル!!クラージュ殿…早く!!」
獣の唸り声を上げながら、ウェルが声をかけると、クラージュは気づいたように駆け出して、アルコの両手を掴み上げた。
「なる…ほど!」
アルコは青筋を立てながら、体全体に力を入れる。それを押し留めようと、クラージュとともにウェルが必死に力を解放しながら大きく叫ぶ。
「ルシファリスさま!!今です!!」
「意外とやるじゃない!!」
そう言ってルシファリスが飛び出す。
しかし…
「甘いぞ…自分は死なんとでも思ったか?」
「…ゴッフ…?」
「ウェル殿ぉ!グググッ!」
突然、ウェルが吐血する。
クラージュがそれに反応するが、ウェルの拘束を解かれたアルコは、両手に力を込め上げて、クラージュの自由を奪う。
そして、頂点への入口へと駆けるルシファリスへ、クラージュを投げ飛ばした。
「ぐぁっ!!」
クラージュとともに壁へと激突するルシファリス。
「ウェル…?だったか…なかなか良い考えだったぞ…だが、貴様には力が足りんかったな。」
「…グ…ググ…こんなの勝てるわけないでしょ…」
そのままウェルは崩れ落ちた。
倒れ込んだ体には、大きな風穴が開いている。
「お主の勇気…しかと受け取ったぞ…」
「ちく…しょ…う…」
その眼には、大きな涙が浮かび、悔しさが滲んでいる。
「悔やむな…目をつむっておけ…」
「…?」
薄れていく意識の中で、ウェルはアルコが何を言っているのか理解できなかった。
アルコの影が視界に映る。
そして、その先に金髪の少女が飛びかかる影も映っていた。
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