Cross Navi Re:〜運命の交差〜

noah太郎

3-11 ターンエンド

『とまぁ、これが我々、冒険者の日常かな。』


スクリーンには、ある冒険者グループのリーダーが、こちらに向かって話しかけている映像が流れている。


『きついし、汚いし、命の危険もある仕事だから、中々人手が集まらなくてね。でもまぁ、これも必要な仕事だから、今いる俺たちが頑張らないと、街の人たちに危険が及ぶからね。』

『大変貴重な体験、ありがとうございました。』

『いえいえ。』


そこで映像は終わる。
一つ間を置くと、春樹は再び話し始めた。


「この中には冒険者がどのように仕事を行なっているか、知らなかった方もいたかも知れません。ご覧の通り、彼らは野宿し、汚いし飯を喰らい、命を賭して、魔物達へ挑んでいるのです。そして、このことが人手不足の原因でもあるのです。」


春樹の言葉に、再びスクリーンにはグラフが現れる。


「今度は、ミズガル内の就職率とその職種、職種ごとの成り手の経済的地位を示したグラフを見てみましょう。例えば我々研究職の就職率は、かなり高く人気がある職業です。これを目指すのは、経済的にも安定している層の人々です。しかし…」


春樹はスクリーンに目を向ける。
グラフが拡大され、冒険者の部分が大きく表示された。


「冒険者の就職率は非常に低く、これを目指す…いえ、冒険者しか選択できない人々が、冒険者になると言った方が正しいですね。冒険者になる方は、経済的地位が低い、要は貧困層に多く見られます。」

「ふん!そんな事は、元々分かっておる事ではないか。」


ヤゴチェは小さく吐き捨てる。しかし、それを聞いていたかのように、春樹はヤゴチェの方に視線を向けて、話を続けた。春樹と目が合い、ヤゴチェはまた言葉に詰まってしまう。


「そう。これは元々分かっている事。選択肢がない人々が、冒険者にならざるを得ない状況。しかし、選択肢が多い者は、わざわざきつくて汚くて危険な仕事に就こうとは思いませんよね。近年の出生率の低下も相まって、今ギルドでは過去最大の人員不足に見舞われているのです。」


その言葉に、オンライは感嘆の表情を浮かべて頷いている。一方で、キクヒトは渋い顔をしていた。


「あいつ…痛いとこを突いてくるな。さすがと言うか…」


そう呟き、チラリとルシファリスの方に目をやると、彼女もキクヒトの方を見て、ニヤニヤと笑みを浮かべている。


「ちぇっ、嫌な感じだ…」


キクヒトが口を尖らせて、そう呟いた。
会場では、引き続き春樹が話を続けている。


「特に、命の危険があることが、冒険者を職業に選ばない最大の理由でもあります。ギルドにご協力いただき、冒険者へアンケートを取ったところ、〈冒険者をやっていて何が一番つらいか〉という質問では、ダントツで〈死ぬこと〉でした。」


春樹は間を置く。その表情は少し悲しみを含んでいるように思える。静かに口を開いて、説明を再開する。


「現在、ギルドに所属している方々は、これまで、幾つもの苦境を乗り越えてきた方々です。そんな皆さんが声を揃えて言った事…それは、"仲間の死を防げなかった"でした…」


会場内は、最大限に静まり返っている。皆、春樹の言葉に耳を傾けていた。


「この世界には、怪我や病気を治癒するための法陣はありません。戦いで負った怪我はもちろんのこと、今のギルドの設備では、重大な怪我を負った冒険者は助け切れないし、医療がある程度発展している都市部でも、高額な治療費や技術的な部分で、助けきれない命があるのです!」


春樹の言葉に力が入る。
小さくため息をついて、心を落ち着かせ、春樹は結論を大きくのべた。


「亡くなった命を取り戻す事はできないけど、消えかけている命を助けたい。ギルドで頑張る冒険者の手助けをしたい。俺はそう思って、これを作りました!」


その瞬間、スクリーンには再び紫色の液体が映し出される。


「これは、名前はまだ決めてませんが、ある程度の怪我を治すことができる薬です。改良を加え、治癒の速度もかなり速くすることができました。」


春樹の言葉に、会場がどよめき始める。
ヤゴチェも驚きを隠せない。


「やっ、奴は…一体何者なのだ…」

「ふっ、副所長…?あれもすごいものなどでしょうか。」

「すごいなんてものではない…あれは神の雫だ…」


神の雫ー
大昔に神が涙し、大樹に溢れたそれは、ミズガルの地に降り注ぎ、その溜まりから生まれたとされる治癒薬。

ミズガルに残る一部の伝承にしか載っていないそれは、これまで飛空船と同様に、再現は不可能とされてきた。

それをあの若者は自分で作ったというのか。

ヤゴチェはそれ以上、周りの言葉が頭に入ってこなかった。


「やばいね…彼。ルシファリスもなんて人材を手に入れたんだか…異世界人だというのも頷ける。うちにも現れてくれないものかねぇ…」


キクヒトも大きくため息をついて、春樹に対して、畏敬の念を抱く。
チラリとルシファリスの様子を伺えば、彼女は興奮を抑えきれないといったように、椅子から立ち上がり、春樹を見据えている。


(彼はルシファリスの予想も超えたか…)


キクヒトはそう思いながら、再び春樹へと視線を戻した。

会場内は、異様な雰囲気に飲み込まれ、沈黙していた。春樹の発表は規格外すぎて、誰もがどうしていいのかわからなくなっている。しかし、ある者の拍手により、その沈黙は破られる。

ゆっくりと、しかし、力強く鳴り響くそれは、オンライから発せられていた。彼は拍手をしながら、ゆっくりと立ち上がる。そして、思いの丈を綴っていく。


「ありがとう…。冒険者たちの苦労を理解してくれて。全ての冒険者を代表して、ギルドは貴殿に敬意を表する。この時まで辿り着けなかった者たちも、きっと喜んでくれているはずだ!」


そう言って拍手を続けるオンライに影響され、少しずつ拍手の輪が広がっていく。それは本会場だけでなく、各区画に設置された観戦会場も同じだった。

ビフレスト内の全ての会場で、これほどまでに称賛の声が上がる事は、歴史上で初めてであろうと、キクヒトは一人思うのであった。

第二区画の会場。
カレンたちも拍手に加わっている。


「ハルキィ…よかった…よかったよぉ…」


カレンは泣きながら俯いて拍手を続ける。そんなカレンの頭を、ウェルは優しく撫で、声をかける。


「結果はまだ出てないけど、これはハルキと君たちアルバート研究所が、頑張ったからこそ、成し得た事だと思いますよ。」


カレンはその言葉に、泣き崩れる。
ウェルはカレンを気にかけながら、スクリーンに映る春樹へと視線を向ける。


(君は本当に…どこまでも凄いな…)





本会場では、閉会式の準備が進められていた。春樹がトイレに立ち、用を足していると、横にきた男に声をかけられる。


「いやぁ〜、さっきの発表には感動したっす!伝説を二つも再現しちゃうなんて!ほんと驚きましたよ。」

「あっ、ありがとうございます。でも、自分一人で成せた事ではないですから…」

帽子を深々と被り、サングラスをかけ、馴れ馴れしく声をかけてくる男へ、春樹は謙遜の言葉を伝える。

その言葉に、男は「またまたぁっ」と春樹の肩を叩くと、手を洗いながら呟いた。


「異世界人っつーのは、すげぇんだなぁ。」


その言葉に、ハッとして春樹は手洗い場に目を向けたが、すでにその男はそこにはいなかった。

難しい顔で待機席へと戻った春樹は、二人で話すベンソンとヤゴチェを視線に捕らえた。二人は春樹に気づき、声をかける。


「よう!お疲れさん!あとは閉会式での結果を待つのみだな!」

「今回は"度肝を抜かれた"。まさにその表現が正しいな。君には完敗だ。」

「いえいえ…そんな。」


謙遜する春樹に二人は笑いかける。しかし、いつの間に仲良くなったのか。そんな疑問を浮かべている春樹に、ヤゴチェが問いかけた。


「しかし、二つ疑問があるのだ。一つは大通りで言っていた助手のこと。もう一つは、我々の発表の後に言っていた君の言葉だ。あれから何度も考えてはいるが、わからんのだ。良ければぜひ…」


その問いかけに春樹は「あぁ」と言って、答え始めた。


「助手については、皮肉も半分ありましたけど…最近一人やめませんでした?ヘムイダル研究所の人?」

「そう言われると、確かに一人辞めておるな。カーロスか。」

「その人と、たまたま街のレストランで仲良くなって、俺がアルバート研究所の研究員と知った瞬間、貴方の悪口と今回のヘムイダルの発表内容を話し始めたんです。」

「なっ、なんだと!?!」

「まぁまぁ…お怒りになるのも、わかりますけど、だいぶ酷い扱いをしていたんじゃないですか?その人、ヤゴチェさんに憧れてヘムイダル研究所に入ったはずなのに、ただの雑用のようにしか扱われなくて、研究企画を出しても、罵られ、破り捨てられるだけって、嘆いてました。」

「ぬぅ…確かに厳しくし過ぎていたかもしれんが…しかし、他に極秘事項を流すとは、研究員としての信念はないのか!!」


憤るヤゴチェへ、春樹は少し間を置いて再び口を開く。


「その理由が二つ目の意味なんですけど…カーロスさんはヘムイダル研究所の今回の研究について、彼なりに心配していたみたいです。」

「…心配?なぜ、心配する必要がある?」


理由がわからないといった様に、ヤゴチェは首を傾げている。


「先程の道具…誰でも使えますよね。魔力量の少ない子供でも。もし、人の心を持たない様な悪意のある人間に渡った時、ヤゴチェさんはどうしますか?」


春樹の問いにヤゴチェは言葉に詰まった。その事は、ヤゴチェ自身も懸念はあったのだ。しかし、結果を出すことを優先し、その課題については、後回しにしていたのである。

ヤゴチェは小さくため息を吐くと、春樹へと静かに呟いた。


「研究員の信念か…自分で言っておきながら、君や後輩に教えられるとは…」

「俺もそうですが、願わくばあの道具が、本当の意味で世のため、人のために使われることを、彼は最後に祈っていました。」

「さっ、最後にだと?!それは一体…どういう意味だ!」


ヤゴチェは焦った様に、春樹に言い寄る。


「あっ、ごめんなさい。彼は実家に帰って家業を継ぐと言ってました。」

「なっ、びっくりさせおって…まぁよい。私はこれから、休暇をもらうつもりだ。奴の実家は知っとるし、研究とは何かゆっくり教授してやろう。」


ヤゴチェのその言葉に、春樹は微笑んで頷く。ベンソンはそんな二人を見て、大きく笑いながら、話しかけた。


「話もまとまったところで、最後の結果発表を聞こうじゃねぇか!お二人さんよ!」


会場では、閉会式の始まりの合図が鳴り響いていた。

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