Cross Navi Re:〜運命の交差〜

noah太郎

1-11 退屈な門出

朝日が昇る。

山の向こうから顔を出した太陽は、おはようと投げかけながら、世界を照らし始める。
早起きな鳥たちが楽しげに遊び始め、街の所々で、人々の一日が始まろうとしている。

朝日が差し込む、とある一室で、春樹とリジャンが椅子に座って向き合っていた。

2人とも目の下にはクマができ、少しばかり息が荒い。


「…これが最後だ…」


リジャンはそう言って、試験用紙のような紙に書かれている、一つの文章を指し示す。
春樹はリジャンが指し示した場所に綴られた、最後の一文に目を落とした。

その文章の頭からお尻まで、一通り目を走らせる。
右手に持った万年筆を、紙の上でカツっと鳴らして、


「『この根野菜とシーラスのソテーを一つください。シーラスの焼き加減は…ミィムで、』だ!って、なんだよこの例文は!?最後の締めくくりがこれかい!」


そうノリツッコミをしながら、春樹はリジャンに視線を向ける。
そんなことはお構いなしに、リジャンは少し間を置いて…


「…正解だ。」

「まぁとりあえず…よぉぉぉっしゃぁぁぁ!!!」


リジャンの返答に、春樹は椅子の上でこれでもかと言うほど真上に両手をあげる。
そして上を向いたまま、手をだらんと下ろして動かなくなる。

リジャンはと言うと、同じく椅子に座ったまま、燃え尽きたボクサーのような格好になっている。

すると、ガチャっとドアが開いて、ルシファリスが顔を出した。


「あんたたち、なにやってんの…」

「…おぉ、ルシファリスか…俺は…やってやた……ぜ。」


そう言って、立てた親指を向けてくる春樹に対し、


「…あ、そ。」


とだけ返す。
そのまま春樹を無視して、リジャンのところまで来て、


「リジャン?リジャン!起きなさいよ!」


何度も声をかけるルシファリスだったが、3日間ぶっ通しで春樹に教示していたリジャンは、よだれを垂らしながら幸せそうに夢の中にいるようだ。

いくら振っても起きないため、ルシファリスは諦めて春樹のところに来る。


「で、どうなの?」

「異世界語…マスターしてやった…ぜ」

「じゃあ、今から王都へ出発していいわね?」

「おう、構わない…ぜ……って、今から?!おわっ!」


ルシファリスの唐突な問いかけに、反射的に起きようとした瞬間、バランスをくずして椅子から落ちかける春樹。
椅子と一緒に倒れて、ルシファリスの足元に転げ落ちる。


「…痛ててて…まじで今から出るのか?」


腰をさすりながら立ち上がり、ルシファリスへと再確認する。


「寝不足くらい何とかなるでしょ。また奴らが来たら面倒だから、こっちとしてはさっさと出発したいわけ。」


ルシファリスの相変わらずな態度にも慣れてきたのか、春樹は大きなあくびをしながら一旦、間を整える。


「わかったわかった。準備するよ。自分のためでもあるんだし。」

「あんた、私のこと完全に舐めてるわね…。」

「そんなことないって。ただ、お前の口の悪さには、反抗したって勝てないからさ。気を遣わないようにしただけだって。」

「それが舐めてるってこと…よ!」


そう言ってバシッと春樹の足を蹴る。


「っあたっ!?痛ってぇなぁ!何すんだよ!」

「ふん、さっさと準備してきなさい。」


豚草と文句を言って、足をさすりながら部屋を後にする春樹を見送ると、ルシファリスはリジャンに再び声をかける。


「あんたもさっさと起きなさいな。」

「…へーい。ふわぁぁぁ。」

「…で、どうなの?」

「どうもこうも、ほんとに3日でほぼ完璧にマスターしたぞ、あいつ。普通じゃありえん。俺的には教えがいのある充実した3日間だったが。」


リジャンは、再びあくびが出そうになる口を押さえて、ルシファリスにそう伝える。


「…そう。」


ルシファリスはニヤリと笑みを浮かべる。


「やっぱり異世界人は特殊なんだな。」

「そうね、とても興味深いわ。」

「しかし、お前がよく王都に行くことを決めたよな。あんだけ嫌がってたくせに。」

「気が変わった…とだけ言っておくわ。」

「ふん、お前のことだ。なんらかの価値を見つけてるんだろ、あいつに。」


リジャンのその言葉に、ルシファリスはふふっとだけ笑う。


「まぁ、いいさ。気をつけて行ってこいよぉ。ふわぁぁぁ。」


さあ寝るぞと言わんばかりの大あくびをするリジャンに向かって、ルシファリスは唐突に告げる。


「はぁ?あんたも行くのよ。何言ってんの?」


その言葉に、リジャンは口を開けたまま、固まった。



ーーーーーーーーー



準備を整え、春樹は眠たい目蓋をこすりながら、フェレスとともに裏口へと向かっている。

徹夜明けの覚醒感。
この感覚を異世界で感じるとは、夢にも思わなかった。

長い廊下を歩いていると、いつの間にかリュシューが横にいるのに気づく。


「リュシューか?おはよう。」

「ハルキ殿、おはようっす。」


リュシューは相変わらず顔を向けずににんまりと笑う。


「何してんだ?こんなところで。」

「王都までは自分が運転するっす。聞いてないっすか?」

「…え?そうなの?…てことは…」

「そうっす!竜車っすよ!」

「男の子のロマン万歳!」


嬉しい知らせに、つい立ち止まって両手を高々と上げる春樹に対し、フェレスが表情を変えず冷静に告げる。


「ルシファリス様たちはすでにお待ちですよ。ハルキ様も少しお急ぎを。」

「…あ、ごめんなさい。」


そう言ってフェレスの後に再び従って歩く。
リュシューは相変わらず我関せずといった感じで、いつの間にかフェレスの横を歩いている。

しかし、やはり美人には…いやフェレスにはと言うのが正しいか、彼女には頭が上がらないなぁと思う。
最近はフェレスに厳しい口調で怒られることに対して、どことなく快感を覚えてしまっている春樹である。

自分の表情に気づかず、にんまりと緩んだ顔のまま、合流場所に到着する。


「キモい!土竜蛇並みにキモい顔ね!」


ルシファリスに唐突に罵られ、我に戻った春樹は、


「うるせぇなぁ!きつい思いしたんだから、少しくらい楽しいこと考えたっていいだろ!」


そう反発するが、春樹の横ではリュシューが、「ハルキ殿、キモい」と、何故か連呼して笑っている。


それを見てたら自分が恥ずかしくなってきて、顔が真っ赤になるのを感じた。


「は、早く出発しようぜ…!」


恥ずかしさを隠そうと、そそくさと竜車に乗り込もうとする春樹に、ルシファリスが声をかける。


「少し待ちなさい。もう1人連れて行く奴がいるから。」

「もう1人?」

合流場所にいるのは、春樹を含め6人だ。


「お前とクラージュさん、リジャンにリュシュー、フェレスさん。」


春樹は一人ひとり、視線を向けながらカウントしていく。竜車は御者のリュシューを外せば、5人乗りだ。この人数でいいはずといった顔を浮かべていると、


「今回、私は参りません。」


フェレスは表情を変えずにそう告げる。


「え?!フェレスさんは来ないんですか?」

「フェレスはここでの仕事があるから、残ってもらうの。」


確かにこの館は、フェレスがいなくなると立ち行かなくなるのは事実だ。
掃除や庭の手入れなんかは基本中の基本であり、従業員の食事の準備からトラブル対応まで、フェレスが1日にこなしている仕事量は半端ない。

クラージュは主にVIP対応をしていることは知っているが、それ以外何をしているのかはあまり知らないけど。

とにかく、春樹はフェレスが行かないと聞いて、少し寂しい気持ちになった。
ここ数日の間、毎日と言っていいほど一緒にいたのだ。そう感じるのも仕方がない。


「王都には長く滞在する予定よ。ここを誰もいない状態にはできないの。フェレスがいてくれれば安心だからね。フェレス、ヘレンにもよろしく伝えて。」


その言葉にフェレスは頭を下げる。


「とは言っても、あんたと常に一緒にいるのはクラージュとリジャンと、今から来るもう1人のやつだけどね。はぁ、噂をすれば、だわ。」


ルシファリスがそう言って視線を送る先に、ウェルの姿が見えた。
しかも、常人には背負うことができないであろう馬鹿でかい荷物を背負って。

そうして、みんなのところへ到着したウェルは、やぁやぁと手を上げながら、一同に挨拶をして、ズドンと地響きを立てて、背負っていた大きな荷物を下へ降す。

一同は、目が点になったまま、沈黙してウェルを見つめている。

ルシファリスがその沈黙を破る。


「…あんた、それ持ってくつもりなの?」

「ええ、工房を離れる間にも、鉱石の研究は欠かせませんよ。これでも必要最小限に抑えて選びましたからね。」


そう言ってウェルは、ハハハっといった感じで、大きな手でボリボリと頭を掻く。


「…却下よ。」

「えええ!?何でですか?!ルシファリス様!」


地面に膝をつき、懇願するウェルを見ながら


(そりゃ、そうなるだろ…)


と、春樹はため息をつく。
どこにどうやって載せるつもりだったのか。どう考えても重量オーバーで、竜車には載らない量だ。竜も若干引いている気がする。


「持っていく鉱石は3つまでよ!早く準備してちょうだい。」

「はぁ〜い…」


まるで、遠足でおやつの量を怒られた幼稚園児のように、ウェルはチェッと言った感じで鉱石を漁り始めた。

これでもない、あれでもないというように、鉱石をリュックから出しては後ろに放り投げ、持っていく石を選定しているウェルに、ルシファリスは痺れを切らす。


「リジャン!」

「はいよ!」


いつぞやに見た、いや、経験した光景が目の前で行われる。


"スパァァァァン!"


自分の時より、スピードも重さも十分のった一撃が、ウェルの頭をとらえる。


「っぐはぁッ!」

(うわぁ〜…あれはまじ痛い奴だ…)


春樹は後頭部が疼くのを感じ、無意識にさすっているのに気づく。


「早くしろって言ってんの。」

「アイアイ…」


ひっくり返って若干痙攣しているウェルは、片手を上げてサムズアップ。


(根性あるなぁ。)


ウェルの強さに感心しつつ、自分も気を付けようと心に誓った春樹であった。


-------


揺られる馬車の中、春樹はぼーっと窓の外を見つめている。下から眺める空は、その表情を全く変えずに、春樹を見下ろしている。

かれこれ2刻ほどたっだろうか。

先ほどまで平原を走っていた景色は、すでに森の中へと変わってしまっている。同じような木が、何度も何度も目の前を通り過ぎるだけの風景に、春樹は飽き飽きしていた。

ふと、竜車の中に目を移す。

春樹を合わせ、5人が乗っている車内は思ったほど狭くはなかった。ゆったりと座れる座席に、春樹は背を預ける。

リジャンは相変わらず本を読んだまま、一言も発さない。まぁ、今はコミュ障モードだし、仕方がない。時たま、気味の悪い笑い声を静かにあげたりしているが、春樹はそれを気にせずスルーする。

ウェルに関しては、小さな筒状のルーペのようなものを使って、ニヤニヤしながら鉱石をずっと見ている。鉱石は3つしか持たせてもらえなかったはずだが、それらを何度もローテーションして観察しているのだ。ウェルも時たま、笑っているのかどうなのか、喉を鳴らしているような音を発している。

2人は出発してから、ずぅーっとこの調子である。

ルシファリスはというと、足と腕を組み、ずっと目を瞑ったままで、なにやら考え事をしているようだった。ルシファリスもずっとこんな感じで、話しかけるなオーラを出しているのがわかる。

クラージュとは、たまに話したりしていたが、そのクラージュも、先ほどリュシューに呼ばれて御者台に行ってしまった。どうやらこの後の行程を話し合っているようだ。

春樹は、気にするそぶりも一切出さず、ルシファリスへ声をかけた。


「なぁ、ルシファリス。王都ってあとどれくらいで着くんだ?」


この問いに、ルシファリスはチラリと片目を開けて一瞥し、返答する。


「まだかかるわ。」

「まだってどれくらい?」

「蚊みたいに鬱陶しいわね。今までみたいに静かにしてて。」

「俺もいい大人なんだけどさ、"竜車"とか"王都"とか聞くと、なんかこう童心が騒ぐと言うか、ソワソワしちゃって。」

「お気楽でいいわね。わたしは色々考えることがあるの。あんたに付き合っているほど暇ではないわ。」


ルシファリスはそう言うと、再び目を閉じてしまった。春樹は、ちぇっと呟き、再び窓の外に目を向ける。
すると、タイミングよくクラージュが御者台から戻ってきた。


「順調に進んでおります。この調子ですと、あと1刻半ほどで、ヴァンへと到着できそうです。」


その言葉に、ルシファリスはコクっと頷く。


「はぁ〜、仕方ないからまた外でも見ながらぼーっとするかな。」


春樹はそう言って、頬杖をついて再び窓の外に目を向ける。
空を見上げると、鳥たちが楽しそうに飛び交っているのが伺えた。


「ほぇ〜、あんな風に空を飛べたらいいのになぁ。」


春樹は、ため息まじりにそう呟く。


「確かに、空を飛べたら気持ちいいでしょうなぁ。」


何を言わずとも返答してくれるクラージュの優しさに涙が出そうだ。
ルシファリスとは大違いである。
相変わらず、瞑想を行なっているルシファリスを横目でチラッと一瞥し、再び外へと視線を戻す。


「クラージュさん、御者台に行けたりします?」


どうにかこの状況を打破しようとクラージュへ問いかける春樹に対し、クラージュからの返事はこうだった。


「行っても良いのですが…飛ばされずにおれますか?」


春樹は一瞬、クラージュが何を言っているのか理解できなかった。
クラージュは、惚けた顔の春樹に気づいて、


「失礼。言葉が足らず申し訳ございません。外はかなりの風圧ですので、耐えられるかということです。」


それを聞いた春樹は、先日竜車に初めて乗った時の話を思い出す。


(竜って、確か時速100キロで走ってるんだったな…)


そう思った瞬間、ある思い出が脳裏をかすめる。
ドライブしていた時、高速でふざけて窓から上半身を出した友達が、あわや吹っ飛ばされそうになり、寸でのところで、体を掴まれて一命を取り留めたことを。
その姿が自分と重なり、春樹は身震いする。


「…や、やめときます。」

「それが良いでしょうな。」


くすりと笑うクラージュから、改めて外へと視線を戻し、縁に顎を乗せたまま、


「はぁぁぁぁ、早く着いてくれぇぇ。」


そう大きくため息をつくのであった。

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