Cross Navi Re:〜運命の交差〜

noah太郎

1-4 目論見

大きなガラス窓の外では鳥たちが楽しそうに飛び回っているのが見える。
それと同じように、春樹の頭の中では少女の言葉がぐるぐると駆け巡っている。


(落ち着け…よく考えろ…落ち着くんだ)


春樹は必死に心を落ち着かせ、冷静になって考えてみる。

そもそもこの2人が異世界人を恐れ、殺すつもりならすぐやっていたはずだ。言葉が通じない者と分かった瞬間に殺せばよかったはず。

なのに、この2人はすぐには殺さなかった。
そして、この国はわざわざ異世界語を学んでいるという。


「わざわざ異世界の言語を学び、備えていたのは何故ですか?」

「…察しが良くて助かるわ。」


ルシファリスはクラージュへ視線を移す。


「我々は異世界人と意思疎通を図り、その能力と力を見極め、2度と同じ過ちを繰り返さないようにしなければなりません。」

「だから、あなたにはここにいてもらい、この世界のことを学びながら、自分自身のことを見極め、私たちに情報提供してもらうわ。」


春樹は、ルシファリス、そしてクラージュから強い意志を感じ取る。


「もし、もしもだけど…他の国の者が殺そうとしてきたら?」

「出来る限りのことはしてあげるつもりよ。あなたを簡単に手放すつもりはないし。」


そう言ってルシファリスは、春樹へと近づく。
座っている春樹の前まで来ると、そのまま顔を側まで寄せる。

たじろぐ春樹をよそに、ルシファリスは春樹の耳元に口を寄せた。


「そのかわり、私たちにしっかりと協力すること。」


そう言うとルシファリスは、そのままクラージュの横をすり抜け、軽い足取りで部屋から出て行った。

考えすぎたのだろうか。
一気に情報が頭に入ってきたからか、目眩がする。

春樹の心は、どこからともなくやってきた安堵感と未来への不安に、気分がひどくぐらついている。
なぜこの場に自分がいるのか、未だ納得できず気持ちが落ち着かないのだ。


「ハルキ殿、ご無理はなさらぬよう。とりあえずはお部屋をご準備させていただきましたので、そちらへ向かいましょう。」


クラージュはそう言って春樹へ近づく。


「…そうは言っても、やはり不安、というかなんでこんなことになったのか理解ができません。まずは理由を調べたい…」


クラージュは少し驚いた表現を浮かべたが、すぐに笑顔で、


「ルシファリス様には許可を得ています。明日の早朝、大樹へ向かいますので、ひとまずはご安心を。」


春樹は、少しの間をおいて頷き、立ち上がる。


(今考えても仕方がない。大樹に行けるのなら行ってみてから考えよう。)


「…クラージュさん、ありがとう!」


そう言われたクラージュはまたも、一瞬だけ驚きの顔色を浮かべ、春樹の言葉にうなづいた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



春樹は、やっとの思いでベッドに倒れ込む。


「身の周りを世話されるって、こんなにも疲れるのか…」


ぼそっと疲れを吐き出した。

部屋に案内された後、先ほどまでクラージュが部屋にいた。そして、もう1人、フェレスというメイドが一緒に付き添っていた。

黒のロングスカートに、肩はフリルでデザインされたエプロン、ほどけば床まで届きそうな銀髪を束ねたポニーテールに、多少吊り上った眼つきの中に蒼く澄んだ瞳、大人びた顔立ちからは全てを見透かしているような雰囲気を醸し出していた。

一言で言えば、超美人である。

そんな女性に身の周りの世話をされるのは、妄想の中でこそ極上のひとときなのだろうが、実際にされてみると緊張しかなかった。

特に服を脱がされそうなったときは、マジ焦った…

この世界では当たり前なのか?!

メイドとか、女の人に服脱がされるとか、今まで経験したことがないだけに、しかも目の前にクラージュがいるのだ。


(美人に服ひっぺがされるのをおじさんに見られるとかどんなプレイだよ!)


思い出しても恥ずかしさしかない…

春樹は、ゴロリと横を向く。窓からは街の明かりが遠くに見える。

起き上がり、窓を開け、顔を覗かせる。
白い息が広がると同時に、肌寒い風が顔の横を通り過ぎていく。

広い敷地に眼を向けるが、すでに人影はなく、暗闇が佇んでいる。建物から門までの道をなぞるように、灯りがポツポツと見えるだけ。

その先に街の明かりが広がっている。


「これは…現実なんだな…」


なんとなく気づいてはいた。
視えるもの、触れるもの、聞こえるもの、感じるもの、これほどまでにリアルな夢を、今まで一度でも見たことがあっただろうか。
全てがはっきりとしていて、まるで夢とは思えない。

…妙な感覚だ。

旅行で初めて訪れた土地で感じる不安と高揚が入りまじったような気持ち。殺されると聞いて怖いはずなのに、それとは別に少しワクワクするような…

春樹は昼間の出来事を思い出す。
小説に出てくる、まるでファンタジーのような世界で、少女に助けられ、ここにいる。

ルシファリスという少女。

小学生のような幼さの中に大人びた強さを持ち、強大な富を動かすその手腕。
建物内で使われていたあの技術。原理すら理解できないあの”法陣“は一体何なのか。

普通ではありえないこと、これらが春樹の心に高揚をもたらしているのも事実なのだ。

ため息と同時に白い息が大きく広がる。

受け入れ難い現実に対して、どうにか自分を納得させようと、ふと眼を閉じる。
風が運んでくる寒さが、少し心地よく感じる。
その時だった。


カツンッ


横の方でカツンっと音がしたのを感じた。

と同時に、勢いよく春樹の体は真後ろに引っ張られた。


(ーーっ???!)


背中から床に着地し、後転しながらグルグル回る視界の中に、一瞬だけ銀髪の女性を捉えた。


ドォォォォォンっ!!!!


春樹が、棚に激突すると同時に、大きな音が響き渡る。振動に脳が揺さぶられ、鼓膜がうまく機能しなくなる。

銀髪の主が、一瞬よろけたのと同時にそれが姿を現す。
春樹の視界に黒いローブが映った瞬間、銀髪メイドが部屋の入り口のドアの方へと吹っ飛んだ。


(何がどうなっ…)


そう考えた瞬間、体がふわっと浮き上がり、そのまま窓の外へと体が飛び出す。


「ちょっ?!ここ!何階だっとぉぉぉぉぉ!!!」


体が窓から飛び出る瞬間、お腹がきゅぅぅぅっと締め付けられるのを感じる。

気づけば、ローブの者に担がれており、しかも建物の壁を直角に走り降りているのだ。
下から受ける風圧に、眼と口が乾き始める。
空気の冷たさなど微塵も感じず、春樹は泣き叫ぶ。


「たんまたんま!?マジ!?じめっ地面にげきっ突すっるっ!!」


地面にぶつかると思った瞬間、ローブの者は重力を無視するようにスタッと着地する。
春樹にも着地の衝撃はない。
そうして、ローブは再び駆け出した。


「おっお前っ!なっ何なっんだ!?えっっこれっっっ誘拐っっ!?」

「…だまれ」


何をされたのかわからぬまま、目の前が暗転し、意識が遠のいていく。
ブラックアウト…春樹は気を失った。

黒いローブが暗闇を駆け、門へと向かっていく。
門まであと半分といったところで、崩れかけた窓からひと足遅れて、銀髪のメイドが飛び出す。


「…逃がさない」


暗闇の最中でメイドの掌が光ったかと思うと、その周りに氷の刃が現れる。


「…駆けろ」


言葉と同時に氷の刃がローブの者を追撃し襲いかかる。

しかし…
当たるかと思われた刃は寸前で砕け散った。


「ーーーっ!?」

「…駆けろ」


振り向きもせずにローブがそう呟くと、氷の刃が背中の前に現れ、お返しと言わんばかりにメイドへと飛びかかる。


「…ぐっ!」


着地に気を取られ、防御が遅れたのか、ズドドドォォォォォっと大きな音と砂煙と共にメイドは視えなくなった。


「ふん」


ローブの者はお構いなしに門の方へと向かい駆けていく。
だらんと脱力した春樹を抱え、あと数十メートル…というところまで来た瞬間、ローブの者は急に立ち止まった。


「…ち。あいつら後で殺してやる…」

「おそらく…それは叶いませんよ。」


白髪の紳士が門の前に立っている。


「レイ・クラージュ…」

「私の名前をご存知とは…ただの賊ではありませんな。」


クラージュは髭をさすりながら、ローブの者に向かって言葉を向ける。


「その方をお返し願いますか?」

「…断る」

「どうしてもでしょうか。」

「願いを聞く必要がどこに…」

「確かにそうですな。」


その言葉と同時に、ローブは目を疑う。
自分が担いでいたはずの春樹が、クラージュの腰に抱えられているからだ。


(気づかなかった…現時点では…無理か)

「彼をさらって何をするつもりだったのです?」


その言葉に対し、ローブの者は一瞬ニヤッと口元に笑みを浮かべる。

そして構えを解くと同時に、黒い霧がローブの周りに現れる。


「今日のところは…勝ちを…譲る」


そう言い放つと、黒い霧とともにローブの姿は跡形もなく消えてしまった。


「…クラージュ様…申し訳ございません。」


ローブが消えた場所をじっと見据えるクラージュのところへ、銀髪のメイドが遅れて駆け寄る。少し攻撃を受けたせいか、メイド服が少し破けている。


「いえ、あなたの攻撃があと少し遅れていたら、私も間に合わなかったでしょう。フェレスも無事で何より。」


クラージュはフェレスへ笑顔を向けた。
それに対してフェレスは胸に手を当て、腰を折る。


「ルシファリス様にご報告を。」


フェレスはコクっと頷き、建物の方へと向かって行った。


「…はてさて、建物の修復にどれほどかかるのやら…」

そう呟いて、クラージュも春樹を抱えて、建物の方へと戻るのであった。

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