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αφεσις

青空顎門

一 非日常への陥穽①

 私立聖アフェシス学院第三高等学校。
 東北と関東の境界付近にある市、時乃宮市に存在するこの高校はカトリック系の神学校であり、同時に中堅クラスの進学校である。
 アフェシス派と呼ばれる教会の人間が創立者であり、世界中に同様の名を持つ学校が存在している。
 この日本にも第十二までの高校以下教育機関と第三までの大学がある。
 三の数字を冠する幼稚園や小学校、そして大学は市内の別の場所にあるが、ここ第三高校は中学校と同じ敷地内にあり、校舎が繋がっている。
 ちなみに、派や学校の名前に使われているアフェシスとは、赦し、解放、自由などを意味するギリシア語だそうだ。

 ミッションスクールだからか、身なりにだけは時代錯誤的に厳しく、基本的に髪の毛を染めたり、制服を着崩したりすることは校則違反となる。
 ということになっているが、あくまでも名目上のことで高校生の半ばも過ぎれば、教師達もある程度は黙認してくれるようになるようだ。
 勿論、余りにあからさま過ぎると、出る杭は打たれる感じで注意されてしまうのだが。

「お、朔耶、おはよう」

 その高校側の校舎にある二年C組の教室に入ると、それに気づいたクラスメイトで一番の友人である暁和也が手を軽く上げた。
 六月に入ったため、彼も含めて少々気の早い生徒は既に半袖のワイシャツに白いラインの入った青色のネクタイ、深緑色のスラックスという姿だった。
 季節の移り変わりが視覚的に実感できる。

「ああ、おはよう。和也」

 短髪をやや茶色に染め、薄い眼鏡をかけた彼に挨拶し、まだ長袖のワイシャツが包む右手を上げる。
 それから朔耶は自分の席である窓際の一番前の席に座った。
 そして、隣の席で静かにカバーが外された本を読んでいる照屋千影にも、彼と同等以上の親しみを込めて挨拶する。

「千影、おはよう」
「……あっ、おはよう。朔耶君」

 ワンテンポ遅れて、ハッとしたようにその本、朔耶が以前に貸したライトノベルへと向けていた顔を上げ、彼女は嬉しそうな笑みを見せながら挨拶を返してくれた。
 だが、すぐに周囲を気にして恥ずかしそうに俯きながら、その小説へと視線を戻してしまう。
 朔耶はそんな彼女のいつも通りの様子に微かに苦笑しながら、鞄から教科書やノートを取り出して机の中に放り込んだ。

「朔耶」

 そうしている間に和也が机の傍に来て、何やら困ったような口調で名前を呼ぶ。

「どうした?」
「いや、それがさあ、一昨日のあれ、見逃しちゃったんだよな。兄妹揃って」

 一昨日のあれ、とは土曜の深夜に放送されている特撮ヒーロー番組、リメイク版時界天士ジン・ヴェルトの第二期のことだ。
 深夜帯ながらファンが多く、朔耶も毎週欠かさず見ていた。当然、録画もしている。
 この共通の趣味こそ和也が親友である所以だ。
 何を隠そう、和也に特撮の素晴らしさを再確認させたのは朔耶だった。
 その布教の成果は彼の妹である暁陽菜にも及んでいる。
 彼女の場合、内容よりも昨今の特撮によく起用されているイケメン俳優に目が行っているようだが。

「……でさ、今日。陽菜連れて、お前んち、行っていいかな?」
「録画、失敗したのか?」

 あれは深夜も深夜、二十五時とか二十六時とかもはや翌日じゃないかという時間帯の番組なので、録画は基本中の基本だ。それでも尚、リアルタイムで見るのが通なのだろうが。

「いや、陽菜が間違えて毎週の録画予約の設定を消しちまったみたいなんだよな。先週分を見る時にまた変な操作したみたいでさ」
「陽菜ちゃんが? 相変わらず機械音痴だなあ」

 和也とのつき合いは中学入学の頃からで四年以上になる。
 その当初から彼の家に遊びに行くことも多く、そのため妹の陽菜とのつき合いも同じぐらい長い。
 彼女は今時の子にしては珍しく機械が苦手で、今回のようなことが度々あった。

「機械音痴と言うか、単に説明書を読む気がないからなんだけどな。で、どうだ?」
「ああ、大丈夫。母さんも喜ぶからな」
「そっか、よかった。じゃあ、頼むな。……っと、時間か」

 黒板の上の時計を確認しながらそう言うと、和也は廊下側の後ろの方にある自分の席に戻っていった。
 この学校では簡易的ながら毎朝礼拝を行っているためか、朝は時間に余裕がない。
 どうも一般的な学校より担任が来る時間が早い、らしい。

「今回のは少しCGが荒かった気がする」

 和也が離れてから、ぽつりと呟くように言葉を発したのは千影。
 ライトノベルは既に机の中にしまったようだ。

「そうだなあ。でも、話は中々重要そうだったぞ。伏線らしきものが結構出てきて」
「……広げた風呂敷をちゃんと畳めるかが心配」

 彼女の言葉に、それはそうだ、と相槌を打っていると丁度担任が教室に入ってきた。
 千影は普段通り背筋を伸ばして座り、教師ではなく黒板を真っ直ぐに見詰めていた。
 そのため、朔耶が担任に視線を向けると必然的に彼女の横顔が視界に入る。
 肩に微妙に触れる程度の黒髪が僅かな風でさらさら流れる様子がよく見えるし、正しい姿勢のおかげで全体的に小柄で凹凸の少ない体つきも見て取れる。
 緊張しているように表情は硬く、童顔による幼い雰囲気を相殺していた。

 彼女と初めて会ったのは中学二年生の時。
 話をするようになったのは、その二学期初めに行われた席替えで今回のように隣同士になってからだ。
 ただし、その時は完全な偶然であり、今回は少々作為的だ。

 教師によって席替えのシステムは違うらしく、今回の担任の場合、最前列は皆に忌避されるためか立候補制だった。それで彼女が今の場所を選んだから、隣がいいかな、という感じで朔耶も立候補したのだ。
 邪推されるようなことは……正直に言えば、あった。

 ともかく、あの頃の千影は一人物静かに本を読み耽る文学少女という風だった。
 が、そんな彼女を隣の席から何となしに見ていたところ、彼女の読んでいる本はカバーが外されたライトノベルだったりすることが多かった。
 恥ずかしいのか挿絵の部分を隠すようにして読んでいたが、タイトルから分かったのだ。
 当時その方面の話し相手が欲しかった朔耶は、そのライトノベルを取っかかりに思い切って話しかけた。
 千影とのつき合いはそれ以来だ。

 彼女は昔から人見知りが激し過ぎるらしく、そのせいで友人が少なく、それが長く続いたために他人の前で感情を出すのが苦手になったらしい。
 だからか、二人きりの時は感情豊かで多弁なのだが、周囲に人がいると口調が微妙に硬く、表情も冷たい感じになる。
 会話の切っかけもそうだが、そんな千影とここまで打ち解けられたのはやはり共通の趣味のおかげだ。
 ライトノベルの方向性からも分かっていたことだが、彼女はSFやファンタジーのバトルものが特に好きらしく、それだけでも十分会話が弾んだものだった。
 加えて、過去の名作と名高い特撮のBDを貸したら見事にはまってくれて、特撮関係でも和也以上の理解者と言っていいぐらいになっている。

「ところで、さっきの話だけど――」

 朝の礼拝のため、担任に促されて礼拝堂へと向かっている時、並んで歩いていた千影が思い出したように言って見上げてきた。
 その手には朔耶と同様、入学時に学校から贈られた聖書と賛美歌が抱えられている。聖書は旧約、新約両方が一冊にまとめられているものだ。

「朔耶君の家に陽菜ちゃんも、行くんだよね?」
「ああ、そう、みたいだけど」
「わたしも一緒に行っていい?」

 緊張と不安の色が浮かぶ瞳で見詰められる。
 そんな目で見られると非常に弱いが、そうでなくとも答えは変わらない。

「勿論いいよ」

 そう答えると、千影の表情が明らかに安堵したものへと変わる。
 千影はもう何度も朔耶の家を訪れているが、彼女が自分から行きたいと言うのは中々珍しい。
 本などを貸したりするために朔耶が誘って、というのが大抵の場合だからだ。

「でも、千影は今回のは見たんだよな?」
「そうだけど……その、久しぶりに旧作の方が見たくなって」
「ああ、成程。あるよな。昔の奴をふと見返したくなる時」

 和也との会話でも話題に上った時界天士ジン・ヴェルトは大きく二つに分けられる。
 即ち十年程前に放送された旧作、そして、二年前に放送されたリメイク版とその続編で現在放送されている完全新作の二期を含めた新作の二つだ。
 旧作の時点では、コアなファンを獲得してはいたもののマイナーな作品という評価だったはずが、何故かリメイクされた上に続編まで作られるという実に不可思議な作品だ。
 しかも、しっかり四クールだったのも謎だ。
 ちなみに時乃宮市では当時夕方に放送されていた。

「あれはいい出来だからなあ」

 十年前であれば既に特撮でもCGが多用されていたが、旧作は極力実写に拘った上、アクションも非常にレベルが高かった。
 加えて、お馴染みの爆発シーンではハリウッドレベルの馬鹿な量の火薬が使われ、特撮のイメージ通りの映像が男の子の心を大いに刺激したものだった。
 勿論、王道展開のシナリオも評価されているし、題名にもなっているジンと呼ばれる変身ヒーロー達のデザインもかなりセンスがある。
 朔耶自身としてはリメイク版よりも旧作の方が好みで、一期放送記念でBDボックスが限定発売された時、貯金をはたいて買った程だ。
 DVDは生産量が少なく手に入れられなかった上、レンタルしている店もなく、長らく見ることができなかったため、発売の知らせを聞いた時は本当に嬉しかった。
 その嬉しさを分かち合いたくて、千影にはボックス自体を貸したこともあった。

「千影もそう思うだろ?」
「うん。迫力があって面白かった」

 当時と同じ言葉をくれる千影に自然と口元が緩む。
 自分の好きなものを好ましく思っている相手に同じように感じて貰えるのは嬉しいものだ。

「だから、また見たいの。朔耶君と一緒に伏線とか見返しながら。駄目、かな?」
「全然駄目じゃないよ。じゃあ、今日は一緒に見よう」

 やはり一人での解釈には限界があるし、気づいていない伏線も多々あるものだ。それを知ることができれば作品の新たな魅力に気づけるし、単純に二人で見るのも悪くない。

「ありがとう、朔耶君」

 千影は朔耶にしか分からないように控え目に微笑んで言った。

「ああ、いや、別にそんな理由がなくても千影なら歓迎するよ。特に母さんなんかは千影が来てくれると大喜びだからさ」
「……うん」

 朔耶の言葉に千影は小さく頷いて、頬を微かに赤らめていた。
 そんな会話を交わしながら歩く内に礼拝堂の入口に着く。
 丁度全校生徒が殺到する場所のため異様に混雑しており、周囲の喧騒も激しくなる。
 そんな状況では千影に声が届きそうになく、そもそも礼拝堂内での私語は厳しく注意されるため、どちらからともなく口を閉じた。
 そんな中で、朔耶は混み合っているおかげで普段よりもかなり近い位置にいる千影の姿を横目で盗み見ながら、友人達との放課後を思い描いていた。
 そして、気が早いな、と微苦笑を浮かべつつ、彼女と並んで礼拝堂に入った。

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