涙はソラを映す鏡

青空顎門

真実と願い

 穹路達が出ていってしまうと急に部屋が広く感じられてしまう。
 ソファーで真弥と二人で並んで座っていても寂しさを感じる程だった。

「ねえ、お姉ちゃん。進化型のティアって人の脳から作られるんだよね?」

 ぽつりと呟かれた真弥の質問に躊躇しつつ静かに頷く。
 恐らく半ば理解していて確認のために尋ねてきたのだろうが、それで彼女もまた確信してしまったに違いない。

「なら、このティアって、お母さん、なの?」

 ぽつりと呟いた真弥の言葉に螺希は俯き、あの日の光景を思い出した。
 砂の積もった母親のベッドと、その中に落ちていたティアを。

「お母さん……何で、なの?」

 真弥は、宇宙を思わせるような黒い輝きを放つティアを摘み上げて問いかけた。

「多分――」
「え?」
「多分だけれど、お母さんは八年前のあの時、お父さんをその手で進化型ティアにしてしまったんだと思う」

 あの日あの時、惨状を前に最後まで意識を保てなかった螺希にはことの全てを測ることはできなかった。しかし、それでもそうだと確信できた。
 父親の形見だというあのティアを父親が持ち、あの場で使用していたら、あのような事態には陥らなかったに違いないのだから。

「そして、そのことに罪の意識を感じて、自分自身にもそうしたんだと思う」
「そんな……わたし達を残して?」

 真弥の言いたいことは分かる。
 しかし、螺希は母親を責める気にはなれなかった。
 彼女はきっと、結果として愛する人を殺めてしまった、とその行為を捉えてしまったのだろう。その罪悪感のために、あのように日に日に弱っていったのだ。

「そのティアには、最初から二つのプログラムが書き込まれてた。害意のある者から身を守るプログラム。そして、お父さんのティアと引き合うプログラム。それはきっとお母さんの想い」

 迫り来る危機から娘を守りたいという想いと、夫を愛し傍にいたいという想い。

「お父さんのティアにも、お母さんから受け取った時、既に一つのプログラムが書き込まれてた。悪意のある者の位置を知らせるプログラムが。そして、あの日お母さんのティアを見つけた後、もう一つのプログラムがいつの間にか書き込まれていた。お母さんのティアと引き合うプログラムが。それはきっとお父さんの想い」

 娘を危険から遠ざけたいという想いと、妻を愛し傍にいたいという想い。

「お母さんが私達を残して逝ってしまったのは紛れもない事実。でも、ティアに込められた想いまで否定しちゃいけない。私はそう思う」

 これは真弥でも簡単に納得できることではないだろう。
 螺希自身、口ではそう言いつつも納得し切るには至っていないし、まだ幼い真弥はきっと母親に甘えて、色々なことを一緒にしたかったはずだから。

「お姉ちゃん……うん」

 それでも小さく頷いてくれたところを見ると、真弥も理解はしてくれたようだ。
 それだけで今はきっと十分。そう思いながら、螺希は天井を見上げた。
 その先にある青空すらも越えた先に向かう穹路を想うように。

「お父さん。今は、私達のことより穹路を守って。きっとまた会えるように」

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