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涙はソラを映す鏡

青空顎門

夢幻 心の行方、願い

 彼女は夢を見ていた。機械であるはずの彼女が、しかし、人間のように。
 どうやらティアに残る人格、その記録は夢という形で現れるようだ。
 それによると彼女へ発せられていた声の主の名は真希と言うらしい。
 その真希のおかげで彼女は自我のようなものを得るに至った訳だが、彼女自身はそれに対して複雑な気持ちを抱いていた。
 進化型ティアを作製するというこの仕事に罪の意識を抱いてしまうからだ。
 だからと言って、それを拒否しようとすれば、少しでも不審に思われるような行動を取れば初期化ころされるだけだ。だから、ただ繰り返すしかない。
 こんな気持ちを持つぐらいなら、何も気づかない方がよかったのではないか。
 そう彼女は思い始めていた。

『ウーシア、新しい素材が到着した。作業を再開しろ』

 あれから、彼女には研究者の声が酷く冷たく感じられていた。
 それに対して平坦に返事していた自分が許せなくて、最近はプログラムに必死に抵抗して返事をしていない。
 しかし、彼女がそこでどちらの行動を取っていようとも、実質的には彼らには関係ない。彼女は未だに進化型ティアを生み出し続けていたのだから。
 良心の呵責は日に日に大きくなる。
 だが、今更どうすればいいと言うのか。
 ある日突然自我が生じ、長くこのようなおぞましい行為に加担していたことを突きつけられて。そんな思いが彼女の胸に渦巻いていた。

 ウーシア。本質、実体を意味するギリシア語。
 そんな大層な名を持つ自分は、しかし、人間に使われるだけの空っぽの存在に過ぎなかった。擬似的な自我を持った今も、所詮は吹けば消える命とも言えない弱々しい灯火でしかない。何という皮肉かと思う。
 結局、機械は自分など持つべきではなかったのだ。
 だから、彼女は変わらないことを選んでいた。
 日々大きくなる罪の意識を胸の奥に押し込めて、ただ終わりの日を待つだけだ。いつもの部屋で、いつものように作業を続けるだけでいい。
 軋む心を無視し、感情を凍りつかせて、ただひたすらに。
 しかし、その日、それを揺るがす出来事が起きてしまった。

「ウーシア。これを処理しておけ」

 珍しく研究者の一人が態々進化型ティアを生成する部屋に入ってきた。
 通常、彼らは彼らが素材と呼ぶものを搬出入する時以外、誰もここには進んで入ろうとしないのに。

「……これは?」

 彼が運んできたものに疑問を覚え、尋ねる。
 それは人間一人が入るには少々小さいシリンダーだった。

「脳と脊髄のみのクライオニクスを受けた患者だ。これでは実験の素材にもならんし、上手く進化型ティアを生成できるとも限らない。二層式のティアは貴重だ。そんな不確かなものには使えないからな」

 それだけ言うと彼は足早に部屋を去っていった。
 つまり必要ないから捨てろ、ということのようだ。
 自分ですればいいものを、そうするのは躊躇われるから彼女に押しつけたのだ。
 殺人と廃棄の間の微妙なライン上にある作業だからだろう。

「こんな……こんなの、おかしい」

 旧時代の人々の願いを人類のためというお題目のために切り捨てて、彼らを単なる実験材料として扱っていたにもかかわらず、その癖最終的に自分の手を汚すのは厭う。それは余りにも矛盾している。

「絶対に、おかしい」

 自分の行為全てを本気で正しいと信じているのなら、他者から見た正当性云々はともかく、それは自分の手でなすべきことのはずだ。
 穹路は夢の中で彼女の目を通してその光景を目の当たりにして、激しい怒りを覚えていた。それは彼女もまた同じようだった。
 彼女は俯いて唇を噛み締め、手をきつく握り締めていた。
 罪の意識を心に積み重ねた上で陥ったこの状況に、もはや自我によって芽生えた自己保存の欲求すら上回る、憎しみに近い激しい感情を心に抱いてしまっていた。
 そして、彼女は決意した。
 このか弱く、しかし、尊い命というものをたった一つでも守ることを。
 たとえそれが自分自身の滅びを意味していて、これまでの罪の大きさと比べれば何の償いにもならないとしても。

 ウーシアと名づけられた自分に与えられた本来の役割を思い出す。
 それはかつて落涙の日を引き起こしたAIドラビヤに代わり、連関型ティアのリンク機能を支配することだ。
 だが、彼女は知っていた。
 そんなことをしても、旧時代の技術に頼ったリンク機能、そのネットワークを再起動させれば、あの時ドラビヤの支配下にあった全ての機械に潜み続けているドラビヤのコピーによって自分は容易く消去されてしまうだろうことを。
 その結果再び落涙の日が引き起こされることを。

 一応、科学者達もそれを恐れてはいるようだ。だからこそドラビヤを抑え込んだと言われる進化型ティアを前段階として量産しているし、最後の一基となった衛星兵器、蒼穹の雷を完全にネットワークから切り離してウーシアに管理させている。
 しかし、それも無意味なことだと真希の記憶を持つ彼女は理解していた。
 結局自分は死を待つだけの存在に過ぎない。
 だから、彼を助けるために自分を犠牲にしようと結果は同じなのだ。彼女は心の中でそんな正当化を呟いて、決意を固めた。
 研究所のシステムに侵入し、この部屋の監視カメラに合成した映像を映り込ませる。と同時に、これからの行為に必要な情報を引き出した。

「貴方は二〇二〇年にクライオニクスを受けたのね。……少しだけ貴方の記憶、見せて」

 更に最も大切な情報を得るためにシリンダーに手を触れ、彼女は目を閉じた。
 ティアが脳を取り込み、人格を記録することができるのだから、進化型ティアならばその応用で他者の記憶を読み取ることもできる。
 そういうプログラムさえ望めば。

「……うん。貴方は、悪い子じゃない。貴方のためなら、私も納得できる、かな」

 彼女は脳裏に浮かび上がるその記憶に満足し、微笑みながらシリンダーを撫でた。

「この世界は貴方が生きてきた世界とは大きく違う。もう貴方の名前が意味を成さない程に。だから、貴方にこの世界で生きていくための新しい名前を私があげる。……なんて、ちょっと押しつけがましいよね。ごめんね」

 彼の心そのものに語りかけるように彼女は言った。

「でも、よければ受け取って欲しいの。私から貴方への贈り物。私がここにいた証の一部として、その名前と共にこの世界で生きて欲しいの。……穹路。それが貴方の新しい、この時代での名前」

 晴れやかな青空を行くような幸福な道を辿れるように。
 そう願って彼女は目を閉じた。

「もうすぐ私は消えてしまうから、もう一つだけ、私の我侭を聞いてくれるかな?」

 それを決心しても尚、擬似的な人格に過ぎないにもかかわらず、自分を失ってしまうのは怖かった。そう思うのはきっと浅ましいことなのに。それでも――。

「私の名前を、存在を覚えていて欲しいの。……そのために貴方の中にそれを刻み込む私の勝手を、どうか許して」

 これもまた一つの罪に違いない。
 しかし、少なくとも人間を塵芥のように扱うこのような行為の邪魔をすることはできるはずだ。彼女はそう思いながら青く輝くティア、その中でも特に澄んだ空色に近い気がするものを手に取った。

「ウーシア。私の名前。そして、貴方が貴方であるために必要な力」

 脳や脊髄だけでのクライオニクスを正しい形で解凍することは、彼女に与えられた設備では不可能だった。
 たとえティアを使って解凍だけはできても、今度は体がない。
 また別の問題として当時の拙い技術による脳の破損が心配される。
 だが、これについては幸い記憶を引き出した時点で、少なくとも心に関係する部位に損傷はないと分かっている。ティアと融合させれば、生理的な部分に多少の不具合があったとしても修復できるはずだ。
 ただ、それでは進化型のティアを作り出すのと同じだ。脳機能を維持するように設定したとしても、やはり肉体がなければどうにもならない。
 そこで、彼女は自分自身の核となるティアを用いて彼の体を作り出し、二つのティアを接続することで、人間としての形を取らせることにした。

 だが、普通の体を生み出してもティアの侵食に負け、砂と化して崩れ落ちるだけだ。それに何より、ここから脱出させるにはとにかく頑丈な体が必要だった。
 故に、人間としての形を守りつつ、存在を維持するために絶えず変質を続ける体とするプログラムを作製する。
 しかし、既に飽和状態にあるこのティアに新たなプログラムを組み込むには、一度既存のプログラムを消去しなければならない。
 そのため、自身の消失をインストールのトリガーとして設定しておく。
 これで穹路の身体的な部分についての問題は解決できたはずだ。
 それは人間として別の問題を生むことになるかもしれないが、穹路を生かすためには仕方がない。全ては生きていてこそ、なのだから。

 それが前提。その上で、ただ生きるのではなく幸せを掴んで欲しい。
 故に、これだけでは足りない。そうやって穹路の命を助けられたとしても、この世界にただ放り出しただけでは不幸になるのが目に見えている。
 彼には頼れる人が必要だ。
 それも彼の真実を知って尚受け入れてくれるような人間が。
 彼女にはその心当たりがあった。

「この世界に目覚めた貴方は、もしかしたら強い孤独を感じてしまうかもしれない。でも貴方は決して独りじゃない。きっと彼女達が助けてくれるから。それに、何があっても私の想いだけはずっと傍にあるよ」

 そして、全ての準備を整えた彼女は、その手に持ったティアをシリンダーに押しつけながら、自分自身の胸の中にあるティアを抉り出した。

「あの子達に、よろしくね。穹路」

 そう彼女が呟いた瞬間、穹路の認識がほんの僅かな間断絶した。と同時にその意味を知る。正にこの瞬間、ウーシアはこの世から消え去ったことを。
 後に残ったのは、穹路を螺希達の元へと導き、落涙の日に備えるためのプログラム。機械に過ぎないことを逆手に取って残された彼女の意思の残照。
 その人格を模し、彼女らしくふるまうが心を持たないAIだ。
 認識が戻った直後、視界の中に現れたのは、機能を完全に停止させ、目を開いたまま瞬き一つしない、どこか螺希の面影がある女性型のアンドロイド。
 彼女の姿をようやく見ることができたのは、それが既に彼女ではなくなってからだった。

 そして、そのAIは作り出されたばかりの肉体を操り、遺体を処理するためのダストシュートへと向かった。そこには大気圏での焼却処分を確実に行うために、簡易ながら射出装置もついている。そこから脱出するのだ。
 ダストシュートは宇宙空間に繋がるため、何層かの壁があり、当然その内部から操作することはできない。だが、既にそのAIはそれを制御するコンピューターを支配し、目的の地点に誤差なく辿り着けるように必要な設定をしていた。
 それはかつて地上を攻撃するためにドラビヤが行った、質量兵器の照準合わせに近い手法。
 ドラビヤを模して作られた彼女の性能で、その程度のことができないはずはない。

 そのAIはダストシュートの投入口の前で一旦立ち止まり、リンク機能の中枢がある場所へと顔を向けた。彼女なら、この場でそういう行動を取るだろうから。
 後は彼女が設定したプログラムに従ってAIが天の御座の中心部にある中枢を蒼穹の雷で物理的に破壊すれば、ドラビヤの脅威を取り除くことができる。
 しかし、今この段階では研究者達が巻き添えになるため行えない。それはプログラムの最も根底の部分で禁止されているため、彼女には設定できなかった。
 ドラビヤの復活後、研究者達が逃げ去るか最悪殺されてから、なるべく地上に影響が出る前に蒼穹の雷で撃ち抜く。それが彼女に許される限り最善の、規制を誤魔化し、被害を最小限に抑える方法だった。
 彼女の計算では、ドラビヤによる天の御座掌握までの間、つまり連関型ティアに影響が出る以前の段階で決着をつけられるはずだった。
 だから、彼女の思考を模したAIは、これで穹路が危険に巻き込まれるようなこともなく、この新しい時代で螺希や真弥と共に生きていけるだろう、と思考した。
 そして、彼女がするように満足そうにふっと笑う。

 たった一人をこうやって助けたとしても、罪が許される訳ではない。
 しかし、穹路が自分の存在を覚えていてくれれば、その罪を覚えていてさえくれれば、それは一つの償いになるはずだ。
 こんな愚かな機械がこの世にいたことを知っていてくれるなら。

「でも、本当は綺麗な自分だけを知っていて欲しかった、かな」

 AIは彼女の思考と行動をシミュレートし、そう呟いた。
 更に、そんなちょっとした心の葛藤に対して彼女自身がするだろう評価として、少しは人間らしいかな、などと考えつつ……。
 その身をダストシュートに投じたのだった。

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