涙はソラを映す鏡

青空顎門

混乱

「ね、ねえ、螺希。穹路君、一体どうしたの!?」

 しばらく逃避するように呆然としていたため、穹路の身に起きた変化に気づかなかったのだろう。
 穹路がこの教室を去ってから、翠は取り乱したように叫んだ。

「相坂さん。静かにするんだ。他の教室にはまだグリーフがいる可能性が高い」

 武人が冷静に注意すると、翠はハッとしたように口元を手で隠した。

「で、でも、一体何が――」
「分からない。けれど、穹路は私達を助けてくれた。それが事実」
「そうだ。さすがに俺一人で君達まで守るのは不可能だった。それに彼からはグリーフのような印象は受けなかったが……望月さんは何か知っているんじゃないか?」

 武人に問われ、小さく頷いて口を開く。

「私もよくは分からない。でも、琥珀の、先生の検査だと穹路の体内にはティアが埋め込まれてるらしいの。多分、クライオニクスを受けた人だから隠すのに都合がいいって、好き勝手に人体実験をした馬鹿がいたんだと思うけれど」

 PTSDの反動のせいか軽く多弁になってしまう。
 それを自覚しながら螺希は続けた。

「多分、翠のティアからリンク機能が消えたのも、穹路の中のティアが持つ力」

 その言葉に、翠ははっとしたように自分の手に握られた銃を見て、恐怖から身を守るように自分自身の体を抱き締めた。

「そ、そうだよ。ティアからその機能が消えてなければ、あたしもああいう風に」

 翠があの光景を前に茫然自失としていたのは、やはりそのことが原因だったようだ。一歩間違えれば、翠もまたグリーフと化していただから。

「やっぱり、穹路君のおかげ、だったの? そんな、それなのにあたし、さっき穹路君にあんな酷い態度を……」

 翠は深く後悔したように呟き、銃の状態になっているティアを見詰めた。

「後で謝ればいい。きっと穹路にもそれが必要になるから」

 螺希は体に力を込めて、無理矢理立ち上がった。
 どうやら壁に手をつけば自力で立っていられる程度には、硬直は和らいだようだ。
 しかし、この体ではまともにグリーフと戦うことなど不可能だろう。
 そもそも、今持っているこのティアはサポート専門なのだが。
 周囲の悲惨な状況にも多少慣れたのか冷静さも少しは取り戻せたが、こんなことですぐに動揺してしまう自分の役立たなさに全く腹が立ってくる。

「穹路……真弥を、お願い」

 しかし、今の螺希にはただ妹の無事を願うことしかできなかった。

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