あの日の誓いを忘れない

青空顎門

第四話 焔火斂は空気を読まない⑥

(こいつは、ゲベットの姿をしてるがゲベットじゃない。コピーでもない)

 火斂は現れた三体のゲベットの内の一体と戦いながら、戸惑いを覚えていた。
 黒き剣を構えて積極的に攻めてくるものの、どこか攻めて倒すという意識に欠けているような戦い方。これは明らかにゲベットの戦法ではない。

(これは、むしろ――)

 記憶の引っかかりに気を取られた隙を狙うかのように剣が振るわれる。が、それを圧縮魔力によって極限まで高められた身体能力によって容易く回避する。

(やっぱり、これはテレジアの戦い方だ)

 あの日の征示との戦いで僅かに見ただけだったが、それでも火斂はそう確信した。
 攻めながら相手の隙を作り出し、そこに本命の攻撃を叩き込む。恐らくそれがテレジアの戦闘スタイル。一先ず受けに回って後の先を取ろうとする征示や、先手必勝のゲベットとは一線を画した戦い方だ。

(けど、これは――)

 明らかに強大な魔力を頼みとした戦い方では決してない。むしろ、征示のような限られた力をやりくりし、力を技で補う弱者の工夫だ。
 侵略者。世界の敵。そこから生じるイメージとは乖離した戦い方。テレジアという存在に対する印象が歪んでいく。

「っと、甘い!」

 そんな思考を展開しながらも、繰り返される攻撃を回避する。
 しかし、戦闘に意識を集中せずとも避けられる程に技の冴えはない。まるで初めて操作するラジコンに手間取っているかのように、ちぐはぐな動きが端々に見られる。
 一気に畳みかければ、今の火斂なら速やかに勝利できた。しかし、その歪さが余りに気味悪く、胸に生じた戸惑いを解消するために軽い一撃を加えて一先ず距離を取る。
 そして、火斂は那由多とゲベットの戦いの場へと視線を向けた。
 そこでは全身を光と化した那由多がゲベットへと果敢に攻撃を仕かけていた。

(隊長、吹っ切れたみたいだな。……ん?)

 ふとゲベットの戦い方に違和感と既視感を同時に抱く。
 圧縮魔力によって強化された視覚でも視認できない程の攻撃を、連続に回避していくゲベット。その形はいつか、どこかで見たことがあるもので――。

「ちっ、邪魔だ!」

 再度テレジアの気配のするゲベットからの攻撃を受け、しかし、難なく回避して加減した一撃を叩き込む。
 そうして再び視線を移すと那由多とゲベットの戦いは最終局面に入っていた。
 そのゲベットは正にゲベットらしく先手の一撃を繰り出す。それが致命の威力を持つことが火斂にも感じ取れた。だが、火斂は不安を欠片も抱かなかった。
 何故なら、那由多の瞳はかつて以上の強さを秘めて、それを見据えていたからだ。
 果たして那由多はゲベットの攻撃を見極め、恐ろしい程の数の光を解き放ち、ここに勝敗は決した。

(しかし、あの構えはまさか、いや、けど――)

 その既知感の正体にさらなる戸惑いを抱きかけた瞬間、その異変は起こった。

「な、何だっ!?」

 空にひびが入ったかと思うと、少しずつ空の青がはがれ落ちていき、色の形容が不可能な歪んだ空間が生じ始める。

『……遂にこの時が来たか』

 すぐ傍で、それまで口を開かなかったゲベットが小さく呟いた。
 その口調、声色共に普段のゲベットとは異なるものだったが、それに気づけない程に火斂はその光景を前にして混乱していた。
 初めて見る異常だからではない。
 それは教育を受けたことのある者なら誰もが知る光景、現象だ。火斂もまた映像で、二五年前に実際に起きたそれを何度も見たことがある。
 だからこそ火斂は自分の目を信じられず、現実として受け止め切れずにいた。

(あれは、ヴェルトラウム城がこの世界に現れた時と同じ?)

 思わず周囲を見回すと魔導機兵もアンナの人形も、それと対峙していた旋風や水瀬も動きを止めて空を見上げていた。

「皆、急いで一ヶ所に集まって!」

 そんな中で唯一動じていなかった模糊が、しかし、慌てたように叫ぶ。が、余りに予想外の出来事を前に誰もその場から動くことができなかった。

「早く! 皆っ!」

 次の瞬間、彼女がそこまで焦っていた理由を知る。割れた空の中から強大な魔力が励起する気配が伝わってきたのだ。
 しかし、火斂達が動き出した時には既に魔法は解き放たれ、空を覆い隠す程の魔力の矢が雨の如く降り注いできた。
 その魔力の密度、そして、何より矢の密度と量から考えて詠唱なしの身体属性魔力化でやり過ごすのは不可能で、たとえ那由多のように身体を光化させたところで防ぎ切ることはできないだろうことは容易に想像できた。
 絶体絶命。そんな言葉が脳裏に浮かんだ正にその瞬間、突如として黒い渦がすぐ傍に現れ、そのまま火斂はそれに飲み込まれてしまった。
 と思った時には、目の前に〈リントヴルム〉の面々がいた。何が起こっているのか分からないのは彼女等も同じらしく、互いに顔を見合わせる。

「皆、無事ね? よかった……」
「理事長代理、これは一体――」

 安堵している模糊に詰め寄ろうとしつつ、周囲を見回して驚愕する。火斂達のいる僅かなスペース以外には未だに黒い矢が降り注ぎ、そこにある全てを破壊し続けていた。
 そして、何よりも驚きだったのは――。

「ゲベット、貴様、何をしている!?」

 残る二体のゲベットもまた、その場にいたことだった。

「那由多、待ちなさい。何をしてるのかは見れば分かるでしょう?」
「し、しかし、姉さん」

 彼等の内の一体は漆黒の膜を頭上に生み出して、黒い矢の雨を防いでいた。その意図は確かに一目瞭然で、だからこそ、これまでを思えば戸惑うのも無理もないことだった。

「もしかして、さっきの黒い渦って……」

 水瀬の言葉が場の空気を少し変える。〈リントヴルム〉の一員として戦ってきた者で、あれを見忘れる者がいるはずがない。
 それが皆を助けたのだから、もはや決定的だ。

「お、お前達に助けられる謂れなど――」
「那由多」

 尚のこと反発を強める那由多を静かに窘める模糊。
 そんな彼女の姿を見て、火斂はことの全容が何となく見えてきた気がしていた。

「うちらより、避難しとる人達は大丈夫なんか?」
『心配はいらない。そちらはアンナの人形達が守っている」

 旋風の問いに火斂と戦っていたゲベットが答える。
 今更気づいたが、その声色は明らかに女性のもので、しかも聞き覚えのある声だった。

「そ、そん声は――」
「まさか、テレジア!?」

 那由多の問いに応えるように、漆黒の鎧が粒子となって黒い渦を作り出した。
 そして、その中から純白のドレスを身に纏ったテレジアが現れる。
 以前とは違う真剣ではあるが冷酷さのない表情に、その場の誰もが戸惑い言葉を失う。

「避難所周辺や学院に今のところ被害はない。が、本番はこれからだ。模糊、あちらを頼む。この場は私が預かる」
「分かりました。……皆をお願いします、レア先生」

 頷くテレジアを確認してから、模糊は入れ替わりに渦巻く闇に入っていく。

「お前達、今は説明している暇はない。この矢が途絶えたら、魔導機兵共を狩れ。その間に私と征示で親玉を仕留める」
「征示? い、一体、どういうことだ!? テレジア!」

 テレジアが発した言葉に混乱したように詰め寄る那由多。旋風や水瀬もまた動揺を隠し切れていなかった。

「……そういう、ことか」

 そんな中で一人、火斂は色々と得心がいって呟いた。

「ど、どういうことや? 焔先輩」
「誰かの心を傷つけてでも、か。そして、あれこそがお前の言っていた侵略者なんだな」
「火斂、一体何を言って――」
「そういうことだ。あれは俺達のように甘くはないぞ」
「その声……征示!?」「征示先輩!?」「先……輩?」

 ゲベットから発せられた聞き慣れた声色に、那由多達がほぼ同時に驚愕の声を上げる。

「全く、お前の洞察力には脱帽するよ」

 そして、苦笑するように彼が告げた瞬間、その漆黒の装甲が全て取り払われ、中から征示が姿を現したのだった。

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