ヒエラルキーを飛び越えろ!!

あゆむ

6倉木すずか

 
 だけど、クラスメイトのせいで縛られている、とも考えることはなかった。それは、クラスメイトの女子の大半が倉木と同じ、母子家庭という境遇からに起因している。

 倉木の所属する二組の女子は、出る杭を打つ、皆で揃って一等勝の世界など、狭量で稚拙なことはしない。それどころか各が自分の時間をもっているので、変に群れることはない。
 倉木にとって居心地がいいと感じるのに、そう時間はかからなかった。

 「倉木ー昼休みなくなるよー」一人になっている女子に進んで声を掛けるのは、小金紗子。ちんまりとした体型だが、たまに図々しいのがキズだ。——おそらく自覚もしていない。

「今日もギリギリまでノート睨んでたね」
「まぁ——」

 倉木はその後の続きの「分からなかったから」が言えなかった。

 弁当を開いて、残り僅かの休み時間を計って、口内におかずをひょいぱくと運ぶ。

 「倉木の弁当、いつも冷食使ってないよね」小金がいう。

「え? ああ、言われてみれば。考えたこともなかった」

 自身の弁当は昨晩のおかずも取り入れた、節約弁当。それを褒める小金の弁当はやや茶色が占めている。

「ここ、かすみちゃんのいる教室ー?!」

 野太い声が複数、無遠慮にドアが開かれ、「あー!! いたいた!! かすみちゃん!!」と須田心を全くの別名で呼ぶ。

 愛称とでもいうべきか、此処へ来る全学年の男女は有村かすみに似ている須田をそう呼んでいる。このイベントは毎日のように繰り返される。
 もはや、クラスメイトの女子たちは見慣れた光景へと化している。それに妬まず、恨まず、自分の時間をもっているところが、二組の特徴だ。

「ヤッベ、やっぱチョー似てる!!」
「名前は心ちゃんやんなぁ!!」
「え、俺見えてない! どこどこ?!」

 ドアの出入り口付近が渋滞して、後ろではひ弱なクラスメイトの男子が困り顔で立ち尽くしている。

「毎日毎日、違うお客さん来て、心も大変ねー」小金は他人事だ。

 そこへ、「ちょっといいかな」自己主張の強い連中を押し避けて、躊躇なく二組の教室に入って来た男。

「倉木さんはこのクラス?」

 クラス中、いや、野次馬に来た連中も静まり返る。ここ最近の話題は決まって「有村かすみ似の須田心」だ。二組に用があるとするなら、十中八九それだと皆が思う。
 意表を疲れたかのように教室は静寂に包まれた。

 その中で、倉木は「富松先輩?」という。

「あ、覚えててくれたんだ」

 倉木が頷く間にも、足取り軽くこちらへやってくる富松先輩。

「実は体育祭の時に見かけてさ。もしかしてすずかちゃんだったらいいな、て。一年生の教室を虱潰しに探してたんだ」

 「旧校舎にいた」と富松先輩は倉木を知人のように振る舞う。

「……お、お久しぶりです、ね」

 倉木は言葉を喉につまらせながら話す。なぜなら、富松先輩の存在は知っているが、まともに話すのはこれが初めてなのだ。それを相手は汲み取らずに、倉木のパーソナルスペースを無視して侵入する。

 「やっぱりいい子だね」と笑いかけられて、ますます富松先輩の意図が分からなかった。

「また来るよ」

 富松先輩は一つ屈託ない笑みをこちらに向けて、教室を後にした。ある意味で、嵐のような人だった。

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