ギャルとボーズと白球と

野村里志

「トモと帰ってた?」







(四回おわって七対一か。越智も東野も調子よさそうだし、今日は出番ないな)


 桐国高校のベンチ、木佐貫はどっしりと腰掛けながらのんびり試合を眺めていた。試合は終始桐国有利で動いており、今日の試合を任された越智、東野の両投手は危なげなく試合を作っていた。


「お、また打った」


 グラウンドでは本日三安打目となるタイムリーを誠二が左中間に打ち込んでいた。今日の試合と前回の試合で六打数五安打で二つの四球を選んでいる打棒は今日も健在であった。














 三回戦も順当に勝ち、監督の小林とコーチは一足先に球場の外に出る。


「なあ」
「なんですか、先生」


 小林がおもむろに尋ねる。


「お前、高校球児の恋愛ってありだと思う?」
「へ?」


 コーチは小林の突拍子もない質問に、呆気にとられてしまう。


「先生、それは?」
「そのまんまの意味だよ。高校球児の恋愛、お前どう思う」


 小林は球場の外で選手達を待ち構えている、応援してくれた生徒達を見ながら質問する。そこには男女問わず多くの人が応援に来ていた。その中には勿論黄色い声援も混じっている。


「まあ、時代錯誤的な考え方かもしれませんが、勝ちたいのであればするべきではないかと。基本的に全国の甲子園に出てくるような強豪高校は寮生活などでその暇さえ惜しんで練習してますからね」


 小林はその考えに深く頷く。小林はこのコーチが若いながらも野球だけじゃなく学校生活や、教育のあり方まで包括的に考えられるところを大いに買っていた。実際、押しつけるだけじゃない彼の指導は選手達からも評判が良い。


「俺もそうは思う。恋愛しながら野球がうまくなるなんてのはゲームの中だけの話だってな。甲子園に行くだけなら、恋愛なんてものは邪魔でしかない」
「では何故?」


 コーチは小林がどうしてそんなことを聞いてきたのか気になった。


「ただな、選手としてどうかっていうのはまた違うと思ってな」


 小林は続ける。


「例えばプロで活躍する選手でもプロに入って割りと早くに結婚する奴も結構いる。そういう奴は高校の頃から付き合っている彼女と結婚するもんだ」


「言われてみれば、確かに」


「チームとして勝つだけなら禁欲的に、真面目に練習する選手をそろえちまえば良い。だがプロはどうだ。プロで活躍する選手の多さはどこかずる賢かったり人の言うことを聞かない奴が多かったりする。優れたバッターなんか特に顕著だ」


 コーチは黙って小林の話をきく。彼自身今まで学生にばかり目を向けてきており、プロのことはあまり考えては来なかった。それ故に小林の話は興味深かった。


「俺は本当に傑出した選手は愚直なだけじゃダメだと思っている。自分で考える力が必要なんだ。「オン」と「オフ」を切り替えられて狭い集中的な視野と広い客観的な視野を持たなきゃいけないってな」


「ではやはり」


「まあ何が正解なんてわからねえし、そもそも教育や指導に正解があるとも思わない。ただ野球に限らずスポーツなんてものはメンタル面が大きく結果を左右する。今まで通りスパルタで精神を鍛えるっていう手もあるが、もう少しそういうことを考えていかなくちゃならないのかとも思ってな」


 小林がここまで言うと選手達がグラウンドから出てきた。二人は会話を中断しそれぞれにこれからのスケジュールの指示を出す。


(どうして、先生はこんなことを?)


 コーチは選手達にダウンの指示をしながら考える。丁度その時、坂本誠二が目に入った。


(もしかして、小林先生は本気で坂本をプロに行かせようと考えているのか?)












「坂本君!昨日の試合凄かったね」
「坂本、お前の活躍マジで感動した!」


 試合翌日、坂本の周りにはクラスメイトが輪を作っていた。試合は日曜に行われ、多くの生徒が観に駆けつけていたため坂本の知名度は飛躍的に上がっていた。


「メーイ、行かなくていいの?」


 後ろから優衣が指で芽衣の肩をたたきながら、芽衣に輪に加わるよう促す。


「私はいいよ。なんか照れくさいし」
「もう、意気地が無いな~」


 優衣はからかうように芽衣にそう言うといつものように授業の支度を始める。優衣の追求がなくなった芽衣は視線をその輪に向ける。そこには智の姿もあった。


(あれは一体何だったんだろう?)


 先日ファミレスから見えた光景を思い出す。明らかにあの二人は一緒に帰っていた。本来なら女子と一緒に帰ることはできないはずの坂本がだ。


(たまたま……だったのかな)


 芽衣は答えの出ない問答を頭の中で繰り返す。
 気がつけば授業も終わり、昼休みになっていた。








「「あっ」」


 昼休み、今日は普段とは違い弁当をもって来ていなかった芽衣は近くのコンビニに昼ご飯を買いに来ていた。そんな中コンビニで誠二に会ったのは珍しい偶然であった。


「今日、練習は?」
「昼は無しだ。試合の翌日ってのと夏場で食欲が減退するってこともあってな。昼は休んでちゃんと食えって監督の指示だ」


 見ると誠二のかごの中には大量のおにぎりとサラダチキンが放り込まれている。


「お弁当、今日はなかったの?」
「いや、もう食べちまった。これは補充分だ」


 芽衣はあの弁当の量を思い出す。あれだけ食べた後にまだ食べるのか、その大きい体も納得である。


(この前のこと……どうだったんだろ)


 芽衣は先日見た光景を思い起こす。智と一緒に歩いていた誠二はどこか楽しそうでもあった。


「「あのっ」」


 またしても二人は同時に声を発してしまう。


「あっ、いいよ」
「そっちこそ」


 互いに譲り合い、結局誠二が先に話し始めた。


「この前さ」
「うん」
「ありがとな」
「え?」


 芽衣は何のことか分からず聞き返す。


「夏の初戦、見に来てくれてただろ?そのお礼」


 芽衣はふと顔が熱を帯びていくのを感じる。あの日どこで見て良いかわからず右往左往したなかで一瞬だけ誠二と目が合った気はしてた。


 だが実際に向こうも気付いていて面と向ってお礼を言われるとどこか気恥ずかしいものがあった。そして同時に気付いてくれたことに対する高揚感も芽衣は感じていた。


「まーね。せっかくだと思って。けどよくいるって分かったね」
「そりゃ分かるさ。おっさんや高校球児が集まるバックネット裏に場違いな女がいたからな。よく目立ってたぜ。前が見えねえって怒られてたろ?」


 誠二はにやりと笑ってみせる。芽衣はそこまで見られていたとは知らず急に恥ずかしくなってきた。


「しょーがないじゃない。初めて見に行ったんだから」


 誠二はケラケラ笑っている。芽衣はそんな誠二にわざとらしくすねて見せた。


「悪い悪い」


 誠二はまだ半分笑いながら芽衣を見る。気恥ずかしさでわざとらしくすねてみせる少女は普段とはまた違い、とても可愛らしく見えた。


「でもうれしかった。ありがとう」


 誠二のまっすぐな言葉に面食らい、芽衣は小さく「どういたしまして」と返すのが精一杯であった。誠二と話しているときの気持ちの高ぶり、それは既に抑えられるものではなくなっていた。


 それ故であった。芽衣はあの光景が強く頭の中でフラッシュバックしてしまう。自分の中で聞くべきではないとわかっていてもどうしても確かめたくなってしまった。聞かなければ見間違いとごまかすこともできたのに。


「ねえ」


 芽衣は笑いながら食品を物色している誠二に質問する。


「試合の後ってだいたい休みなの?」
「ん?まあそうだな」


 誠二は意外な質問に感じながらも答える。


「まあうちは結構コンディションとか意識するからな。試合後の練習も体力を回復させるための練習って要素が強いし」
「この前の試合の日も?」
「そうだな。普通に早めに練習が終わって帰ったよ。まあ翌日から普通に練習だったけどな」


 「あれはなかなかきつかった」と誠二は笑いながら話す。しかし芽衣の耳には入っていてはいなかった。


「その日……さ」
「ん?」




「トモと帰ってた?」




 瞬間、誠二の動きが止まる。周りの音も存在もまるで感じなくなり芽衣は時が止まったように感じた。
 そして芽衣は瞬間的に察した。


「いや~、たまたまファミレスからみえちゃったんだよね~。トモも教えてくれれば良かったのに。なんか寂しいなぁ」


 芽衣はわざとらしくおどけてみせる。そうして振る舞いながら心がぐしゃぐしゃに壊されていくような気がした。


「いや、別にあれはそういうんじゃ」
「いいの、いいの。私黙っておくから。ただトモが教えてくれなかったのが寂しいなって。まあ言いづらかったのもあるんだろうけどさ」




 芽衣はそれだけ言うとそのままコンビニから出て行く。しばらく歩いてから何も買っていないことに気付いた。


(まあ、いいか。なんかお腹もすいてないし)


 芽衣は自分の中で黒くよどんだ気持ちが増えていくように感じた。


(何やってんだろ、私)




 そしてそのときコンビニに残された誠二も同じ気持ちを抱いていた。


(何やってんだろ、俺)


 誠二はレジで会計を済ませ急いでコンビニを出る。しかしそこには既に芽衣の姿はなかった。




「…………クソッ」


 誠二はただ小さく呟き、拳を握りしめた。











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