ギャルとボーズと白球と
「どうして……トモと一緒に居るの……?」
「ゲーム!」
両チームの選手が整列して礼をする。先程最後のバッターになった打者はヘルメットを抱えながら泣いていた。胸には泥がつき、その姿は涙を誘うものがあった。
(これで、こいつらは夏が終わるのか)
誠二はどこか現実じゃないのかのようにぼーっと見つめていた。相手チームの選手はそれぞれ肩を落としながら応援席の人達に挨拶に向う。
「何ぼーとしてんだよ。あいさつ行くぞ」
後ろから誠二に声をかけてくる。振り返れば「にしし」と笑いながら振り返り際の誠二のほっぺたを指でつついてくる木佐貫がいた。
「……幼稚ないたずらするな、木佐貫。あと気色悪い」
「なんだよ~つれないな。別に良いだろ、こんぐらい。今日の完投勝利投手を敬え、敬え」
「うるせえ。五回しか投げてねえだろうが」
それだけ言って誠二と木佐貫は応援席前まで走って行く。既に誠二と木佐貫を除くすべての選手が並んで待っていた。
「本日は熱い応援ありがとうございました!気をつけ、礼!」
「「あしたっ!」」
応援席に向って挨拶する。一塁側応援席は大きい拍手で選手達を迎えていた。
「じゃあ選手は外に出て各自ダウン。その後ミーティングな」
誠二は選手達に指示を出して、木佐貫のダウンに付き合ってキャッチボールを始める。そんな中誠二は応援席の方を見渡す。
(あいつは……もう帰ったかな)
「誰探してんの?」
木佐貫がニヤニヤしながら聞いてくる。普段は常にマイペースで自由気ままに振る舞っているがどこか鋭いところがあると誠二は感じた。
誠二は「うるせえ」といいながらボールを投げ返す。
(勝ったんだな、俺)
誠二はこのときなって初めて試合に勝利した実感を得ていた。
「じゃあ今日はこのままグラウンド戻ってランニングを中心とした調整を行う。控え組とベンチ外は普通に練習だ。着替え次第バスに乗れ」
監督は手短にミーティングを終わらせ各選手に帰り支度をさせる。何人かの選手はそれぞれ個別に呼ばれ、次の試合までの修正点を確認させている。
「坂本、誰かお前のこと呼んでるぞ」
チームメイトが誠二を呼びに来る。(誰だろうか)と言われたままに行くとそこには偵察に来ていたであろう二ノ松学院の選手達がいた。
「お、セイジ!久しぶり!」
その中でも一番前で待っていた男は誠二が最も親交が深く、最も会いたくない相手だった。
「久しぶりだな祐輔」
「ああ。超久しぶり!今日の試合すごかったな!」
二ノ松学院のエースで今年ドラフト一位が確実視されている男は誠二の背中を気さくにたたいた。
よく見ると周りの連中もほとんどが見知った顔であった。中学の全国大会で知り合った選手達である。
「俺がセイジに会いに行くっていったら皆ついてきたいって来ちゃってさ。覚えてるこいつらのこと」
「まあ、なんとなくはな。有名だし、中学の時も会ってるし」
「またまた~。セイジも凄く有名じゃん。今日だって凄いホームラン二本も打っちゃってさ」
誠二は祐輔のフランクな接し方に幾ばくの懐かしさと、得体の知れない居心地の悪さを感じていた。
「この様子だと桐国は強敵だなぁ。今年の大会は荒れそうだね。それにさ………」
「坂本、監督が急げってさ」
祐輔と話していると木佐貫が呼びにくる。
「わりい、祐輔。俺、行かなきゃ行けねえわ」
そう言って祐輔と他の選手達に挨拶してその場を離れていく。誠二はあの場所を離れるのにどこか安堵感を抱いていた。
「……飲まれてんじゃねえぞ」
「え?」
木佐貫からの思いがけない言葉に誠二は少し驚く。しかし木佐貫の普段とは違う真面目な表情からその言葉が冗談ではないことが見て取れた。
「お前は……桐国の主将で、俺のキャッチャーだ」
「……わかってるよ。木佐貫」
誠二は木佐貫が言わんとしていることがよくわかった。
(やれやれ、どうしてこうピッチャーって奴は)
誠二からは自然と笑みがこぼれていた。
「あ~。暑かった~」
一足先に学校に帰ってきていた芽衣は、教室のクーラーを浴びながら一息ついていた。芽衣、智、優衣の三人はいつものように集まって昼休みを過ごす。
「けっこう帰ってくるの早かったね」
「確かに。二試合目って聞いてたからお昼過ぎるもんだと思ってた」
「うん。なんかコールド?とかいうので結構試合早く終わったんだよね。あと会場も学校から割と近かったし」
芽衣は先程買ってきたお茶を飲み干す。いつも持ってきている水筒は既に中身が空であり、この様子だともう一本買う必要がありそうではあった。
「へー。じゃあ勝ったんだ。ウチの学校」
「うん。圧勝だった。やっぱ強いんだね~」
芽衣は球場でもらったうちわを扇ぎながら「すずし~」とくつろぐ。
「そういえばメイ。さっき千尋ちゃんが探してたよ」
千尋とは三人と同じく三年一組に所属する女子生徒である。
「私?なんで?」
「わかんないけど、あとでまた来るって。昼休みはどこか行くみたいだったけど」
優衣もそれ以上のことはよく知らないらしく、智も聞いてないらしい。
「まあ。いいや」
芽衣はそう言って机の上に体を突っ伏して、うちわで扇ぐ。やはり夏の日差しは乙女には厳しいものがあった。
「あれ?どうしたのトモ。なんか浮かない顔してるよ」
「ん?どうもしないよ」
「あ、そう。じゃあ良かった」
智はすぐにいつも通りにこにこした表情に戻る。芽衣は「勘違いか」と思い直して再度うちわを扇いだ。
「え?恋愛相談?」
「しー。ちょっと声が大きいよ芽衣ちゃん!」
放課後、芽衣はクラスメイトの千尋と近くのファミレスに来ていた。学校から帰り道にあるそのファミレスは駅までの通り道に面しており、窓際の席に座っている二人からは下校する桐国高校の生徒がよく見えた。
「でも意外だな。千尋ちゃんがそういう話するなんて」
「もー。ひどいよ。芽衣ちゃん!私だって好きな人もいるよ」
「ごめん、ごめん。なんか可愛くって」
芽衣は謝りながら、少しすね気味の千尋を見る。
千尋はクラスでもどちらかと言えば地味な女の子で、芽衣を含む三人とはそこまで接する機会は多くなかった。
そういうこともあってこういった相談は少しうれしくも感じていた。
「でも恋愛の相談ならトモに聞けば良いのに。」
芽衣は素朴な疑問を千尋にぶつける。
「智ちゃんはちょっと聞きづらくて……。可愛すぎて参考にならないっていうか……」
「千尋ちゃん。それ、地味に傷つくんだけど」
芽衣の言葉に千尋は慌てて「ごめん!そうじゃなくて」と謝る。芽衣もさほど気にはしないがどこか納得いかないものがあった。
芽衣は気をとりなおすようにドリンクバーでいれてきたアイスティーを飲む。
「それに芽衣ちゃん、坂本君と仲いいでしょ。凄いなあって思って。坂本君、けっこう近づきにくいとこあるから」
「うぐっ」
芽衣は唐突に出てきた誠二の名前に飲んでいたアイスティーでむせてしまう。
「大丈夫、芽衣ちゃん」
「ごほっ、だいじょう、ごほっ。ぶ」
芽衣はひとしきり咳き込んだ後、千尋に説明する。
「だから私は別にアイツとはそういう関係じゃないって」
「え?そうなの。私てっきり」
「違うよ。断じて違う。そんな関係じゃない」
芽衣はむきになって説明する。
「でも、今日も応援に行ってたんでしょ」
「それは……そうだけど……」
芽衣はうまく言葉が出ず口ごもってしまう。
「で、私のことはいいから。千尋ちゃんは誰が好きなの」
「好き、っていうか、気になってるっていうか」
「一緒だよ。とにかく聞かせて聞かせて!」
そして芽衣は千尋の相談をひとしきり聞いた。
「へー。隣のクラスの子なんだ。同じ委員会で」
「うん。でもどうしたらいいかなって」
「うーん」
芽衣は少し考えていた。よくよく考えてみれば今まで芽衣は告白というものをされたことはあってもしたことはない。告白だけでなく、みずから積極的に男子に声をかけていくといったことも経験はなかった。
(あれ?もしかして私役立たず?)
芽衣は一瞬そんな考えが頭をよぎったが、すぐに打ち消して有効な作戦を考える。
「芽衣ちゃんはさ、どうやって坂本君と仲良くなったの」
「え?」
芽衣は「だからそんな関係じゃ」といいかけたが、千尋の様子を見て何か助けになる話はないか考える。
(どうって言われても、アイツが好きでもないのに告白してきて、それで私もムカついて)
ひとしきり思い出してみたが余りにもレアケースであり、とても参考になるようには思えなかった。
「んー、よくわかんない」
「え~、そうなの。でも凄いなあ、芽衣ちゃん」
「え?なんで?」
「だって知らず知らずに仲良くなれるんでしょ?私じゃできないよ」
千尋は自信なさげにそう言ってくる。芽衣は不謹慎ながらちょっとうれしくも感じていた。
「そんなことないよ。千尋ちゃん可愛いし。私なんかよりずっとモテるよ」
「でも私告白されたこととかないし……」
「私だってそんなないよ。私があるのも……きっと軽そうに見えるからじゃない?だから男子も声かけやすいんだと思う」
芽衣は言ってて少し自信を失ってくる。
「他の男子ならそうかもだけど……、坂本君は違うと思うよ。なんというかそういう価値観で見てない気がする」
「そうかな?」
「きっとそうだよ。じゃなきゃ部内恋愛禁止の野球部で、あんなに真面目な坂本君が一緒に帰ったりしないよ」
芽衣は千尋の言葉に少し自信を持ち始める。しかし途中で自分が相談されている側であったことに気付き、自分をただす。
「て、あれ?ちょっと待って」
芽衣はなにか見落としていることに気付く。
「なんで千尋ちゃんそのこと知ってるの?」
「そのこと?」
「私が、その……アイツと帰ったこと。雨の日に」
「え?クラスの女子はみんな知ってるよ。男子はあんまり知らないみたいだけど」
芽衣は千尋から知らされた新しい事実に頭を悩ませた。人の口に戸は立てられないと言うがこんなにもはやく広まっているとは思わなかった。
「ほら、噂をすれば」
千尋は窓の外を指さす。そこには背の高い体格の良いボーズ頭が歩いていた。
「別に、わざわざ見つけなくったって……え?」
芽衣は少し遠くからやってくる誠二を注意して見る。誠二はどこかうれしそうに話しており、その隣には自分のよく見知った顔がいた。
「どうして……」
芽衣の心臓が高鳴る。しかしそれ決して心地よいものではなく、自らの心を締め付けるような痛みを伴うものだった。
「どうして……トモと一緒に居るの……?」
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