ギャルとボーズと白球と
「夢を見ちまったからさ。とてつもない、でかい夢をな」
「あー。バレー部おつかれー」
「勝ったんだって!すごいね!」
五月も半ば、連休明け。芽衣、優衣、智の三人は他の女子達に慰労の言葉を受けていた。
「ありがとー。まあでも次の試合ですぐに負けちゃったんだけどねー」
芽衣はすこし照れながら、同時にどこかうれしそうに答えた。
先週末、女子バレーボール部は5年ぶりとなる大会での一回戦突破を果たした。しかしその快挙もつかの間、次の試合で負けたことで、彼女たちの引退が決まっってしまった。
しかし久しぶりの勝利ということで同じクラスの女子がしっていたようであり、その子を皮切りに男女問わず多くの人が三人を褒めに来てくれた。
「なんか照れくさいね」
「ホント、ホント。でもなんか良いかもね」
優衣と智も照れくさそうにしながらクラスメイトにお礼を言っている。その光景にどこかうれしいものを芽衣は感じていた。
大会で負けた日のミーティング、芽衣はボロボロと泣いてしまった。それにつられたかのようにみんなボロボロ泣き出し、最後には顧問の先生まで泣き出してしまった。
(やっぱり、最後にごまかさなくてよかったかも)
芽衣はクラスメイトに囲まれながらそんな風に思っていた。たかだか数週間、頑張ったことなどちょっとした悪あがき程度でしかないし、そもそもそれが原因で勝てたのかもわからない。所詮は自己満足の範疇であることも芽衣は分かっていた。
ただそれでも最後の最後にこうして頑張ってみたことは、すごく愛おしいものであるように芽衣には思えた。
(そういえば、あいつは)
芽衣は窓の外の景色へと視線を移す。その瞳の先には朝練で早くも大粒の汗を流している男達がいた。
「小林先生。夏のシード権とれて良かったですね」
若手のコーチが監督に声をかける。
「とはいっても、関東ではすぐに負けちまったけどな」
監督の小林は窓の外に見える選手達を眺めながら答える。
「しょうがないですよ。ウチはエースを連投させずに温存してたわけですし、坂本も試合には出てないんですから」
「そう甘くはいかねえよ。向こうだって背番号1こそ投げてきたが、同じような力量のピッチャーはまだいくらか持ってるようだった。条件は変わらんよ」
小林はコーチの楽観的考えを諫める。コーチは「ははは、そうですね」と笑うだけでその先の言葉を失ってしまう。
「……それに、だ」
小林が続ける。
「坂本が実力通り復帰できる訳じゃねえ。それにあいつが休んでる二ヶ月で他の連中だって成長する。必ずしもプラスになるかわからねえよ」
小林の言い方にコーチも少し冷たいように感じた。しかしそれ以上に夏が近づいてきたことで監督自身に緊張感が高まってきたことがコーチには感じられた。
「甲子園、いけますかね?」
コーチが声を漏らす。その弱気な発言に小林はにらみつける。その鋭い視線にコーチはたまらず何も言われる前に「すみません」と答える。
「まあ、実際のところわからねえさ。今年ばかりは」
「そういうものですか」
「ああ、例年は分かるんだがな」
「ではどうして今年は?周りの戦力ですか?」
コーチは不思議そうに尋ねる。
本来野球が勝負事である以上勝ち負けはそう簡単に予想できるものではない。しかしここ何年か目の前で見ていて小林監督の力量をコーチは十分に分かっていた。
だからこそ「今年は」といったことに驚いてもいた。
「嫌、周りの戦力は勿論未知数だが、大会が始まってしまえばおおよそ分かる。それにちょこちょこ練習も隠れて見に行っているしな」
小林は「ニシシ」と笑う。
ときに鋭い眼光をのぞかせる40を超えた男だが、その振る舞いは少年のようであった。
「問題はむしろ自分のチームさ。今年は俺自身が計算を投げて、博打みたいなチーム作りをしちまっているのさ。よく言うだろ?『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』ってな。今年は自分のチームのことが分からん。だからどこまでいけるか分からん」
小林はどこかおどけた様子で語る。
「では、どうして今年は計算しなかったんですか?うちには一応戦力はそれなりにそろってますし、計算できる勝ち方もあったのでは?」
「確かにそうだな。……ただ強いて言うなら」
小林はグラウンドに立つ一人の男を見つめる。その身体はこの一ヶ月でさらに大きく、しなやかになっていた。
「夢を見ちまったからさ。とてつもない、でかい夢をな」
「しかし部活終わると暇だなあ」
放課後、芽衣は優衣とともに図書室で勉強していた。二人は智も誘ったが、用事があるようであったため今日は二人であった。
「こら、メイ。受験勉強があるんだから暇じゃないでしょ。それに定期テストの点数、あんまり良くなかったんじゃないの?」
「う~。ユイ~。そんなこと言わないでよ~」
「だったら手を動かす。さっきから進んでないよ」
芽衣は痛いところを突かれたと、慌てて問題集と格闘を再開する。しかしグラウンドから声が聞こえるたびにどこか集中が途切れてしまった。
「……グラウンド、気になるの?」
「っ!」
優衣の一言で芽衣はつい身体を「ビクッ」と反応させてしまう。その様子をみて優衣はクスクスと笑った。
「もー、なんで笑うの」
芽衣は周りに配慮するように小声で問い詰める。
「だって、芽衣ってわかりやすいから」
優衣は楽しそうに答える。そして同時にまた1ページめくる。芽衣はその器用さに思わず感心する。
「好きなら告白しちゃえば良いのに」
「そんなんじゃ……」
芽衣はつい大きい声を出してしまう。
何人か勉強している生徒が芽衣と優衣の方を向く。芽衣は恥ずかしそうに「すいません」と小さく頭を下げながら勉強にもどる振りをする。
「そんなんじゃないってば」
芽衣は小声で優衣に言う。
「ホントに?」
「ホントにってそりゃそうなんだけど……」
芽衣はどこか歯切れが悪い様子で語尾を濁す。優衣はそれをみてまた少し笑う。
「もー、この話はここまで」
芽衣はそうだけ言って勉強に戻る。しかし良く動く優衣のシャープペンシルに対して、芽衣はなかなか勉強がはかどらなかった。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
優衣がそう言って勉強道具を片付け始める。。
「優衣はどうする?」
「私も行く」
芽衣はちょっと早い気もしたがこれ以上ここにいてもしょうがない気がしてた。優衣はこの後塾に行くらしく、芽衣も当初は家に帰って勉強する予定だったが、とてもそんな気分ではなかった。
二人は荷物をまとめて図書室を後にした。
図書室を出て、優衣の提案で二人は自動販売機まで来ていた。芽衣はミルクティーを、優衣は紅茶をそれぞれ買って、近くの座るスペースに腰掛けていた。
「で、どうしたのメイ?」
「へ?」
「何か、あるんでしょ?」
「わかる?」
「わかるよ。メイってわかりやすいもん」
優衣はニコッと笑う。
「あの、アイツにお礼言わなきゃなって思って」
「お礼って、坂本君?何のお礼?」
「部活を頑張れたお礼かな」
芽衣が少し恥ずかしそうに続ける。
「トモが前に言ったこと、ちょっと当たってはいるんだ。ウチ、ちょっと憧れてたんだと思う。ああいう一生懸命なやつ。今までやってきてなかったなって。今まで全力出したことなかったなって。でも今回、アイツほどじゃなけど、ちょっと頑張れた。そのお礼」
芽衣はそこまで言って隣を見ると優衣が少し驚いたような顔をしていた。
「メイってさ、見かけの割にそういうとこ真面目だよね。真面目って言うか、純情?」
優衣はクスクス笑いながら芽衣の方を見る。芽衣はその言葉にどこか照れくさそうに右手で髪をいじっていた。
「私だってこんなこといちいち大げさだと思うよ。でも前に言われたことがあったの。『お前のおかげで勇気をもらった』って」
「へー。坂本君そんなこと言うんだ。なんというか凄いね」
芽衣はそのとき二人も少し後ろで見ていたことを思い出す。そして途端にどこか恥ずかしく感じてきた。
「言ってきなよ」
「え?」
「お礼。今度会ったときにでも、ね?」
「……うん。そうだね。そうする」
芽衣がそういうのを聞くと優衣は優しく微笑んだ。
陽はすっかり伸び、放課後も依然として明るいままであった。グラウンドの運動部の声が学校全体に響き渡る。
夏はすぐそこまで来ていた。
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