ギャルとボーズと白球と

野村里志

(らしくないのも勇気がいる。でもその勇気を、アイツにもらった)

 四月も早いものですでに下旬に差し掛かっていた。はじめは初々しく緊張気味だった新入生も大多数が学校に慣れ始めていた。
 通学路に咲く桜の花も大部分が散り新緑の葉が目立ち始めていた。


「今年は新入生ちゃんと入ってきてくれて良かったねー」


 部活終わりの更衣室。その日の女子バレー部の活動は入部員の歓迎会も兼ねたレクリエーションが中心だった。新しく入ってきた新入部員のおかげで高橋優衣は機嫌が良かった。


 新入部員の人数は4人。一学年でチームを組める数ではないが、弱小の女子バレー部としては上々の成果ではあった。


「でも大会の初戦が寺川高校とじゃねえ。別れは早いかもねぇ」


 智が諦め口調で笑う。次の大会は女子バレー部の三年生にとっては最後の大会であり、負ければ三先生の六人は引退することになっている。


「大丈夫だよ。寺川だっていつも1回線勝てるかどうかじゃん!」


芽衣が力強く言う。


「こっちは初戦突破もろくにしたことないけどね」
「だね」


 智の冷静な発言に優衣が同意する。しかし芽衣は最初からの諦めムードにどうも納得がいかなかった。


「もー、トモもユイも!まだ始まってもないのにさ!」


 芽衣が食い下がる。


「まあまあ。でも芽衣がやる気なんて珍しいじゃん」
「あ、確かに。あんま芽衣らしくないかも」
二人は友人の珍しいやる気にどことない関心を寄せている。


「え?そうかな?」


 芽衣は思いも寄らない発言に少し自分について思い起こしてみる。言われてみれば基本的に「なるようになれ」というスタンスで物事を進めていた気はした。


(確かに自分でもやる気出したのあんまなかったかも)


 その時ふとボーズ頭の一人の男が芽衣の頭の中でよぎる。変わってはいるがどこか真面目すぎてて、自分の目標に全力で生きるとある男だ。


(ないない!アイツの影響だけは絶対無い!)


 芽衣は自分の脳内によぎった人物をすぐさま打ち消す。


「どうしたの?メイ?」
「別になんでもないよ!」


 芽衣は慌てて取り繕う。三人はいつものように荷物をまとめ仲良く部室をあとにした。






(私らしくない……か)


 芽衣は自宅のベッドに横たわりながら今日の会話について思い返す。今まで自分がどんなものだとか考えたこともなかった。


 適当に見ている動画もSNSの内容もまったく頭に入らない。うまく言えない何かが胸の中でつっかえているようだった。


「もー。やめやめ!考えたってしょうが無い。なるようになるよ」


 芽衣はそのまま電気を消し布団に潜り込んだ。その日は珍しく芽衣にしては寝付きが悪かった。




「じゃあ、テスト前だし今日の練習はここまで。自主練習する人も遅くはならないように」
「「ありがとうございました」」


 それから幾日か過ぎた。
 芽衣は未だに自分の中の気持ちに整理がつけられないでいた。


「メイ、どうしたの?悩み?」
「大丈夫、なんでもないよ」


どこか様子がおかしい気がしたのか優衣が声を掛ける。ここ何日かの芽衣は悪い意味でバカっぽさが消えていた。


「……ねえ、ユイ。テスト終わったらすぐ次の週に大会だよね」
「まあそうだね。最後になるかもしれないから頑張らないとね」


 優衣は少し寂しそうに答える。
 優衣は後輩の面倒見が良かった。それは二年生に対してだけでなく一年生に対してもである。まだ新学期が始まって一ヶ月ほどしか立ってないが新入生は早くも優衣を慕い始めている。芽衣も優衣のそんなところを尊敬していた。
 そんな後輩思いな優衣だけにあまり早く後輩と別れてしまうのはどこかさみしいものがあった。


「でもテストまでだって日にちもあるし……それに……」


 芽衣が珍しく小さな声で話した。優衣はだまって芽衣の言葉を聞きつづける。


「私たちさ、頑張ったって言えるかな?」
「……っ!」


 優衣はこのタイミングで芽衣が何を悩んでいたかを察した。確かに大会本番は頑張ったといえるかもしれない。練習だってやるときはある程度真剣にやっていた。


 だがバレー部は別に強豪チームではない。練習も週に5日ほどあるものの練習時間そのものは他の部と比べても短い方だ。


 しかしそれは勉強との両立を考えてのことであり、それが女子バレー部の魅力でもあったのだ。


『勉強も部活も本気で頑張る部活』


 女子バレー部の部員達の多くがその考え方に賛同して入ってきている。芽衣や優衣、智も例外ではない。だから限られた練習時間で効率よく練習してきたのだ。
 そのあり方に今までの芽衣であれば文句など無かったであろう。


 しかし芽衣は既に“本物”を知ってしまっていた。


 すべてをなげうってまで目指そうとしているものがある人間を見てしまっていた。その存在が芽衣に否応なく現実を突きつけた。


 二人は黙ったまま何も言わなかった。


 しばらくして智が呼びに来た。二人はそれ以上そのことについて話すことなく、何もなかったかのように三人で帰った。


 しかし芽衣の意思はもう決まっていた。
 その日の夜芽衣は同期のグループチャットに「明日の昼休み、1組集合!」とだけ送って布団をかぶった。


(らしくないのも勇気がいる。でもその勇気をアイツにもらった)








 翌日の昼休み、女子バレー部の同期六人は三年一組に集まっていた。教室にはあまり人はおらずいくらかの席を借りて昼食をとっていた。


「どうしたの、メイ。急に集合なんて?」


 最初に質問したのは智だった。もっともこれはみんな各々多かれ少なかれ感じていたことではあった。ただ一人、優衣だけは察しがついていた。


「あのさ、皆で自主練しない?」


 メイは自分の思いをストレートに伝えた。


「自主練っていつ?今日、明日?」


 同期の一人が聞いてくる。


「違うの。これから毎日、できるだけ。勉強の邪魔にならない程度に」
「毎日?これは大きく出たね」


 何人かが軽く笑う。しかし芽衣の様子から本気であることが分かり、態度を改め各々考え始める。
 皆それぞれ受験のために塾を入れたりしており、予定を変えるのも難しい部分はあった。


「もう、メイ。皆を困らせちゃダメだよ」


 そんな中はじめに口を開いたのは智だった。


「皆それぞれ塾とかの予定入ってるし、テスト勉強だってしなきゃいけないじゃん」


 智の意見は至極もっともであり、それぞれの意見をある程度代弁していた。


「でも」
「それに、限られた時間できっちりやるのがウチの部活でしょ。文武両道。曲げたらダメだよ」


 智の言うことは正論であった。話に筋が通っており、芽衣も十分に理解できた。
 だが納得はできなかった。


「でもやっぱり、最後に思いっきりやってみたいの!」


 芽衣はどうしても譲らなかった。いや譲りたくなかった。他の部員達その言葉にもそれぞれ考えている。
 その沈黙を破ったのも智だった。


「メイ、坂本君に憧れる気持ちは分かるけど、それを周りに求めちゃだめだよ」
「……っ!!」


 芽衣はその言葉に心臓がえぐられるような気がした。そして同時に自分の想いがどんどん不純なものに感じ始めた。


「なになに?何の話?メイ男できたの?」
「それがね~………………」
「なるほどね~。だからメイらしくないこと言い出したんだ」


 それぞれは突如振ってきた恋バナに興味を引かれる。場の空気は一気に弛緩し、話を真面目な方向に戻すことは不可能のように芽衣には思われた。


(そういうんじゃなくて、えっと……)


 芽衣は自分の心をうまく言葉にすることも、釈明することもできなかった。もう何を言っても無駄な気がした。そして、ただただやるせない想いとともに静かにことの成り行きを見守っていた。


(もともと私らしくないことをしようとしたのが良くなかったんだ)
 芽衣はそんな風に自分に言い聞かせた。




 「私は良いと思うよ。練習」




 突然の言葉に賑やかに話していた同期が静かになった。芽衣はふと顔を上げその言葉の主をみる。優衣は軽く芽衣に目配せをして続ける。


「別に受験だってまだまだあるし、テストだって練習したから勉強できなくなるわけじゃないしさ。それに私の場合、塾はオンラインだから時間ずらせるしね」
「ユイ……」


 優衣の助け船に芽衣は驚いた。そして何よりこの上ない安心感を感じた。


「あれ?ユイはそういう感じ?てっきり反対かと」


 同期の一人が聞く。


「別に私だって皆が思うほど真面目じゃないし、勉強だって好きでやってるわけじゃないよ」


 優衣が笑いながら言う。


「そっか~。部内一の優等生に言われるとこっちとしても断りにくいなあ」
「そうだね。私は塾もそんなに行ってないし、勉強だって休みがあってもなくてもそんな変わんないからね」


 同期達はそれぞれ「やろうか」といった様子で賛同してくれる。


「トモもやらない?できる範囲で良いからさ」
「え?……まあ皆それでいいなら」


 優衣がうまくまとめてトモにも許可をもらう。


「なんなら後輩にも声かけてみよっか?メイとユイがやりたいって言ったら来てくれるんじゃない?」
「おっ、いいね」


 他の同期達は既にすっかり乗り気でスマホを取り出し部活のグループチャットで連絡していた。








「じゃあ、今日は運動できる服持ってきてないから明日からってことで」


 昼休み終わりの予鈴がなり、それぞれ練習に合意して各々のクラスに戻っていった。


「ユイ~!ありがとう~!」
 芽衣はユイに抱きつきながらお礼を言う。


「いいの、いいの。私だってやりたかったし」
「ほんと優衣の人望のおかげだよ~」


 芽衣は心底うれしそうに優衣に頬ずりする。
 優衣は「こらこら、やめてよ」といいながらうれしそうに芽衣を自分から引っぺがす。


「あれ?そういえばトモは?」


 芽衣が智が居ないことに気付き周りを見渡す。


「たしかさっきトイレ行くって言ってたような……わたしもちょっと行ってくる」
「え?でも予鈴なったから急いでね」
「わかってる」


優衣はそう言うと小走りで廊下に駆けていった。










 優衣が女子トイレの中に入ったとき智が一人で鏡の前に立っていた。


「授業遅れるよ」


 優衣が声をかける。


「……人望あるわね。あなた」


 智は特に急ぐこともなく優衣に言った。鏡越しにうつる智の顔はいつも通り可愛らしくも優衣にはどこか異質なものに感じた。


「私?違うでしょ。みんなメイに惹かれて同意したんだよ。後輩達だって、面倒をよく見ている私よりメイのこと慕っている子も多いしね」
「……そうね」


 優衣は智の言葉を否定する。智も同意してそれ以上何も言わない。ただ鏡の前で自分の身だしなみを整えていた。


「トモ、ちょっとずるいよ」


 優衣の言葉に智の手が止まる。しかしすぐにまた手を動かし始めた。


「何のこと?」


 智は合点が得ていないような態度で優衣の方へ振り返る。
 優衣はそれ以上はなすことも、話そうとすることもせず「なんでもない」とだけいって女子トイレを後にした。


「……ムカつく」
智そう呟き、鏡の前で笑顔を二度三度作ってから教室に戻った。



「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く