ギャルとボーズと白球と
「堀岡、好きだ。俺と付き合ってくれ」
「堀岡、好きだ。俺と付き合ってくれ」
とある日の放課後、私は同じクラスの大男から告白された。
「え?メイ、坂本君に告られたの!」
「ちょっと!声が大きい!」
「大丈夫だよ。メイの着替えが遅いからもうみんな帰っちゃってるって。で?それで?本当なの?」
「うん。まあ断ったんだけどね」
「えーなんでよー。勿体ない」
 春休みを終え、新しい学期が始まりいきなり舞い込んできた大ニュースに高橋優衣は既に興奮気味だった。バレー部の練習を終えてくたくたな気持ちもすっかり吹き飛ぶスキャンダルだ。
「だってさーなんか野球部ってダサくない?私のタイプじゃないっていうかさ、なんか違くない?」
堀岡芽衣は少しぎこちない笑顔でそう答えた。
「ねえねえ。何の話~。ひょっとしてLOVEの話ですか~」
どこからか二人の話を聞きつけてもう一人少女が現れる。整った顔立ちに茶色がかったポニーテール、クラスのトップオブ”かわいい”桑原智である。
日に焼けた肌に色を少し抜いた髪、少し濃いめの化粧をしたいかにもギャルっぽい出で立ちの堀岡、クラス一美少女の桑原、そしてバランサーをつとめる真面目系メガネ女子の高橋は同じクラス、同じバレーボール部に所属する仲良し三人組であった。
当初は全く別々に過ごしていた三人も二年間という時間をかけて今ではすっかりおなじみの三人になっている。
「それでそれで、何の話なのよ」
「この子が告られたんだって。野球部の坂本君に」
「坂本君!同じクラスの?いやーそれは意外でしたねえ」
「ちょっと、勝手に話さないでよ」
「てか早く帰ろー。なんかお腹すいちゃった。軽くどっかよってかない?」
「いいね。ついでにそこで詳しい話も聞いちゃいますか」
「もう、これ以上話すこともないってば~」
陽が傾き始めた女子達の帰り道、グラウンドから聞こえる野球部の野太い声は徐々に遠ざかっていった。
「気をつけ!礼!」
「「「あっした!」」」
グラウンド挨拶を終えて、各々着替え始める。
坂本誠二はアイシングを外し氷を蛇口に流す。氷がピチャピチャと流れる様子を眺めているといつの間にか時間が過ぎており、何人かは既に帰り始めていた。
「俺も帰るか」
誠二は遅れながらアンダーシャツを脱ぎ急いで学ランに着替え始めた。遠くではいくつかの人影が見える。おそらくいつものメンツが自分を待ってくれているのだろう。それに気づいた誠二はより一層帰り支度を急ぐ。
「痛っ」
着替えが終わり鞄を持ち上げる段階になって肩にピリッとした痛みを覚える。ここ最近はずっとこの調子である。だましだまし使ってきた自分の右肩はもう8割の力を出すのがやっとといったところであった。
(はあ。なにやってんだろ、俺)
誠二は左手で鞄を持ち直しそのまま左肩に掛けた。
「おーい、坂本早くしろよ」
「すまん。今行く!」
誠二は小走りで待っている仲間の元へ走って行った。
「てか、あいつなんで急にアタシに告ってきたんだろ?」
芽衣は素朴な疑問として坂本誠二が自分に好意を寄せてきた理由がつかめないでいた。
(別にそんな話したことないし、アタシって可愛い方ではあるかもだけど正直な話もっと可愛い子はたくさんいるしなぁ。同じクラスのバレー部ですらトモの方がずっと可愛いし、それにユイだって……あれ?なんか哀しくなってきたな)
芽衣は自分の情けなくもどこか正確な自己評価に勝手に落ち込み、邪念を振り払うように頭を振った。
「でもなんで急に」
勿論芽衣もうれしくないかと言われれば嘘になる。坂本は野球部の主将もつとめており、顔もイケメンではないが昭和風のいい男である。背丈も高く身長は180以上あるだろう。体つきだって筋肉質で申し分ない。ユイが言うように悪くない物件ではあるのだ。
「そうはいってもなあ。なんか違うんだよな」
芽衣もいままで告白されたことは何度かある。実際に付き合ったこともある。でもなんか表面をなでたような関係にしかならずそれが嫌でいつもすぐに別れてしまっていた。今回の坂本の件もどこか本人の思いが見えないようでつい断ってしまったのだった。
「てかそもそもあいつのことあんま知らねーし」
芽衣は戯れに今見ているSNSのアプリを閉じ、“坂本誠二”で検索を掛けてみる。
(私何やってんだろ)
どうやら同姓同名の芸能人がいたらしくその人のプロフィールや画像がこれ見よがしに表示される。
馬鹿馬鹿しくなって検索画面を閉じようとすると不意に見覚えのあるボーズ頭の写真が現れた。
「第二シニア、黄金バッテリーのキャッチャー“坂本誠二”?何この写真若っ。これ中学時代か」
芽衣はそこまで野球に詳しくなかったため記事の見出しの意味はそこまで分からなかったが、記事のおおよその内容は見て理解することができた。
「中学時代全国ベスト4、全日本選抜。へー、アイツ結構すごい人だったんだ」
芽衣はその記事をついつい事細かに読んでしまっていた。
「……他になんか記事ないかな」
そういうとさらに他の記事を探し始める。気がつけば小一時間過ぎており、すっかり忘れていた翌日までの課題を泣く泣く夜中までやる羽目になった。
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