黒の魔術師 

野村里志

最後の夜

 






「大賢老様どういうことですか!」


 シンに一日遅れて、サラはブランセルに戻ってきた。休みを挟みながらとはいえ長い道のりである。しかしサラは帰ってきて何をするよりも先にレナードの元にやってきていた。


(魔術師達には何とか理由をつけてサラを帰らせないようにと言っていたのだがな。彼女が押し切ってしまったか)


 レナードはそんなことを思いながらサラに「まあ落ち着きなさい」と椅子に座らせる。


「あの者は……シン・レストは私の指示に忠実に従い、何の悪事も働いておりません。それどころか自分の身を挺して私の身をまもってくれました」
「うむ。承知しておる」
「でしたら何故捕らえられ、あまつさえ処刑されようとしているのですか!」


 レナードは「むっ」と小さくうなり声をあげ言葉に詰まってしまう。


(処刑のことまで知っているとは……。道理で強行してブランセルまで戻ってきたのか。この事実を彼女が自身で知ったとは考えにくい。となればおそらくシンが口にしたのだろう。連行される前から気付いていたのか?かつての我が弟子とは言え余りにも聡いな)


 レナードはそんなことを考えながら優雅に長い髭を撫でる。しかしそんな様子にサラは苛立ちを隠せていなかった。


「大賢老様!流石に私でも納得いかないことはあります!」
「待て待て。そう怒るな。説明する」


(いかんいかん。どうもこの老人の身体でいると性格まで似てきてしまう気がする。人の神経を逆撫ですることに長けた連中に)


 レナードは従来より想定していた。回答をサラに伝える。


「いいか。サラ。君に伝えていないことがある」
「……何でしょう」
「あの男は……君の妹を殺した人間だ。……キトの村を焼いた人間でもある」
「っ……!?」
「それに君を守った功績を差し引いても、彼はそれ以上の人間を殺している。残念だが諦めてくれ」


 レナードはサラが驚き、黙っている様子をじっと見つめる。しかしレナードはサラがそれ以上のことを確認してこないことに違和感を覚えた。


(この様子……多かれ少なかれ彼女はこの事実を知っていたのか?シンが言うはずはない。だとすればデスペアか?はたまた別の要因か。いずれにせよこれまた面倒ではあるな)


 レナードは次々に自分の予想外の出来事が起きていることに内心頭を抱える。本来であればサラの気付かぬところでシンは処刑されさっさと魔術を完成させるはずであった。それが悉く失敗に終わっている。


 いずれにせよシンの処刑が執行されればその身体から能力をコピーできる。そしてそのすぐ後には時の流れを反転させる手はずだ。処刑さえ済んでしまえばそれで後はどうにでもなる。そんな甘さがレナードにはあった。シンの命を奪わなければならないことは心苦しくはあるがそれも一時的なことである。加えてそのわずかな心苦しさも昨日の対面でかなり消え去った。


 だがそれ故に最後の詰めを甘くしてしまったのだとレナードは心の内で反省した。サラが帰ってくることや、サラにシンの処刑が伝わっていることも予定には無かった。


(しかしそれにしてもサラは随分とシンを買っているようだな)


 レナードは大賢老に成り代わってからサラを弟子として魔術の面倒を多々見てきた。それ故にサラのことはよく知っている。


 妹が何者かに殺されたこと。村が亡くなったこと。黒の魔術師を憎み、妹の仇を討とうとしていることなど彼女の核となる背景までそれなりに記憶している。


 だからこそこの変化もレナードにとっては意外な事実であった。


「シンに……会わせてください」


 サラは漏らすように懇願した。














「大賢老様、いいんですか?彼女と黒の魔術師を面会させるなんて。それも彼はキトの村を焼いた者だというじゃないですか。彼女、怒りにまかせて……」


 大賢老の書斎。側近がレナードに対して質問してくる。


「大丈夫だよ。彼女のことはよく分かっているし、彼女にも心の区切りは必要だ」


 レナードはそう言いながら窓の外を眺める。日が傾き始め、ブランセルを朱く染めている。明日になればこの景色も変わって見えるのだろうか。レナードはそんなことをぼんやりと考えていた。


(とはいえ面倒なことになった)


 レナードは考える。『時の逆転』、その魔術の完成はおそらく一日程度かかる。故にシンを無理矢理にでも処刑して、さっさとはじめるということはできない。完成までの準備はなるべく丁寧に行っておきたい。それがレナードのもくろみであった。
















「こちらに」


 サラは促されるままに部屋に入る。そこはブランセルとは思えないほど汚れて、薄暗く、みすぼらしい部屋であった。


 そして鉄格子の中に、ベッドにのんびり横たわっているシンを見つけた。


「シン!」


 サラは檻のすぐ近くまで駆け寄る。シンはいつもと変わらないような気の抜けた顔でサラを見た。その変わらない様子がサラにはどこかうれしかった。


「面会時間は限られておりますので、手短に」


 それだけ言うと看守は扉の外へ出て行った。しばしの沈黙が二人の間に流れる。


「……どうして?」
「?」
「どうしてなの?」
「主語が抜けてるぞ。何が言いたいのか分からん」


 シンはぶっきらぼうに答える。サラの様子から言葉がうまく出てこないことはよく分かった。


「どうして黙ってたの?」
「お前の妹のことか?」
「……っ!?」


 サラはシンの言葉に胸が刺されるような思いだった。信じたくない事実がまた一つ現実となってしまったのだ。


「じゃあ……本当に」
「キトの村のミナという少女だ。あの村には一人しかいない。俺が手をかけた」


 サラは何も言わない。言葉が出てこず、自分の頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。


「あの村は……もうダメだった」
「……」
「村中に人食いの病がはびこり、あたりは地獄。俺の両親も食われて死んだ。お前の妹は俺と一緒にいたが足手まといになったんで刺して置いてきた」
「……」
「だからまあ結局は自己満足の旅だったのさ。お前を助ければもしかしたら恩赦もされるんじゃないかなとか思ってね。まあダメだったみたいだけど。いずれにせよあの森で暮らすのも退屈すぎた。潮時だった」


 シンは「ははは」と笑いながら、そう言ってサラの様子を見る。サラはただ黙ってうつむいていた。


「そういうわけだから……」
「そんなんで……」
「ん?」
「そんなんで納得できるわけないじゃない!」


 サラは涙で顔をぬらしながら、様々な感情が入り交じった表情でシンをにらみつける。


「……ひでー顔だ」
「あんたが……あんたが妹を……」


 サラはそれ以上何も言わなかった。ただ声にならない声で泣いていた。そして少しして泣いているサラを看守が連れ出していった。


(助かったな。泣いているのを見るのは些か辛いものがある)




 シンは昼か夜かも分からない部屋の中で、再びベッドに横たわり天井を眺めていた。















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