黒の魔術師 

野村里志

レナード・レスト









 始めに疑問を抱いたのは、サラと出会ったあの日のことであった。突如現れた襲撃者。本来あの小屋は周りに結界が張られており、並の魔術師では見つけることもできない。しかしあの日に限って何故か結界が壊れていた。


 次に疑問を抱いたのが二人目の襲撃者、デリフィードとの邂逅である。何故彼はあんな辺鄙な村にまで黒の魔術師を探していたのか。それにシンは師匠であるレナードの姿では一切の悪事は働いていない。それどころか努めて評判が良くなるように動いていた。にもかかわらずあの時に都合良くレナード・レストが要注意の黒の魔術師としてリストアップされているのはおかしい話である。


 そして最後に、デスペアが都合良く現れた。これこそが決定打であった。デスペアは魔術師の取締によって流れてきたと言っていた。だれがこんな不自然な取締を行ったのか。


 その他にもサラの話から大賢老がかつての自分の師に似ているといったことも加味してシンは既にアタリがついていたのである。


「そこまで読んでいたとはな」


 レナードは感心したようにシンを見つめる。シンは檻の中からただ自嘲気味に笑い、師匠に問いかける。


「それで?」
「?」
「どうして大賢老に成り代わっているんですか?」


 シンの問いかけにレナードは答えない。


「じゃあいつから?」
「……二年と少し前。お前と別れたあの大雨の日からだ」


(ということはあの日には既に入れ替わっていたのか)


 シンはいくらか考えてみたが、想像の範疇を越えないと判断して質問を続けることにした。


「……なんで俺に依頼を?」


 シンの質問にレナードは笑みを浮かべて答える。


「お前ならやれるだろうと思ったからさ」
「……嘘つけ。しかも答えになってない」


 シンは珍しい師の態度をとても信じられなかった。シン自身かつて施された地獄のような訓練を忘れていなかった。


「……やり直すためさ」


 唐突に話し出したレナードにシンは一瞬驚きを隠せずにいた。


「全てを……ね」


 レナードはそれだけ言うとそれ以上何も言わなかった。そして一言「さらばだ」とだけ告げてシンの目の前を後にした。


(別に助けるという訳でもないみたいだな)


 シンは結局師匠であるレナード・レストが何を企んでいたのかは分からなかった。しかし様子から察するに自分が刑を免れることはないことはなんとなく察した。


(しかし妙だな。俺を処刑するならわざわざ会いに来る必要も無い。師匠も血の通った人だ。今から殺そうとする人間に冷やかし半分で来るような人じゃ無い。それに『やり直す』?まるで……)


 シンはそこである考えに達した。師匠が黒の魔術師を集めた経緯、しかも生死を問わなかった理由、そういったことからおおよその輪郭が掴めてきた。


(俺の魔術は生者から、師匠の魔術は死者からのコピーだ。師匠の方は俺なんかとは比べものにならない精度で模倣を完成する。それに俺と異なりブランセルで学んでいるから魔術の応用力もある。とくれば……)


 シンは自らの師が何らかの新しい魔術を生みだそうとしていることはなんとなしに理解した。しかしそれが一体何なのか、何のためなのかは流石に確証がなかった。


(どうでもいいか……そんなこと)


 シンはそこで考えるのをやめる。だらりと身体を硬いベッドへと預け、のんびり牢屋の天井を見る。もう既にやるべき事をやったのだ。


 サラはこれで出世できるであろう。これからも変に絡んでくる魔術師は多そうだが彼女ならきっと乗り越えられる。


 師匠はこの一連の遺体から魔術を模倣し、さらなる研究を進めていくだろう。自分の師がかつてブランセルで認められず、あの森へ流れてきた事は知っている。そしてたまたま近くの村へ下りてきたときに自分を拾ってくれたことも。その恩返しが多少なりともできたのであればシンとしても本望である。


 そして何より、シンは既に過去に苦しむのには疲れ果てていた。師匠に面倒をみてもらいはじめた当初は毎日のようにあの日の夢を見た。今でこそ少なくなったがこのたびを始めてからはまた多くなってきた。


 既に生きる理由も、希望すらなかった。潮時だったのである。


(あと二日か。長いな)


 シンはそんな風に感じながら目を閉じ、意識を手放した。












(やっとだ。やっと始められる)


 魔術都市の中心、魔術協会の本部にレナードはいた。すでに自分本来の姿から老人の姿へと戻っている。


 あの大雨の日、シンと分かれたあの日のことをレナードは思い出していた。


 降りしきる大雨の中、地方を回っていた大賢老の馬車が土砂に飲み込まれたことを村人から聞いた。駆けつけたときには既にその老人は息をしていなかった。


(バカな奴め)


 レナードはその時そんな風に思っていた。


 戦乱から長い時が経ち、平和になった代償か、魔術協会は腐りに腐りきっていた。汚職などは日常茶飯事で特権階級がのさばり、魔術師としての能力では無く、その立ち回りによって協会での出世が決まった。この大賢老もその類いの人間であった。この地方の巡業も地方で金を集めるためと、地方の女で遊ぶための汚い周遊である。


 その裏でどれほどの魔術師が涙をのみ犠牲になったかは数が知れない。平和になったと言っても賊はいる。そうした賊を討つには魔術師が派遣される。しかし地方で税を集めているのは魔術師である場合も多い。それ故に村々では蔑まれながら、賊を討ちに行かなければならない。そして賊を殺せば黒の痣を身につけるため、生け捕りが理想となる。しかし戦いの場でそんなことをする余裕なぞ魔術師にはなかった。


 村人から賊に情報が流されることもしばしばあった。賊は容赦なく魔術師を殺した。そしてそういった戦いの場に出されるのは決まって真面目で上の連中に煙たがられる若い魔術師達であった。


 だからこそレナードは閃いた。この男に成り代われば、魔術協会の中枢にいけると。さすればこの腐った世界を変えられると。その考えが頭に浮かんだときには既に行動に移していた。


 レナードは死体が見つからないように死体を移動させて土に埋めた。念のため顔は潰し、服は剥いで。そしてその醜い老人の姿へとなりかわり堂々と村に下りた。








(最もそんな風にはならなかったがな)


 レナードは自嘲しながらブランセルの町を見る。長き歴史のある町だが、それ故に醜く、汚く見えた。


 トップの人間が一人変われど腐りきった組織を変えることはできない。レナードはつくづく思い知らされた。今大賢老の地位をこぞって連中が狙ってくることが良い例である。


(だからこそやり直すのさ)


 レナードは机の上にある書物に目をやる。魔術の構成はすでに完成していた。最もブライトの魔術に対する『見識』そしてデスペアの極めて珍しい『魔術』そしてシンの『時の加速』があってのものだが。




「『時』を『反転』させ世界を再構築する」




 レナードは静かに呟き、その時を待っていた。













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