黒の魔術師
作られた呪い
「どうしたんだい、シン君。もっと楽しませてよ」
デスペアは杖を振り回し、数々の魔法を打ちだす。風の刃や土の槍、魔術弾から触れたものをこの世から消滅させる希有な魔術まで。シンがこれまでコピーしてきた魔術をふんだんにばらまいていく。
(焦るな。一つずついなしていけ)
シンは最低限の魔術でデスペアの魔術を防いでいく。しかし相手が打ち出すその物量に次第に押され始めてきていた。
(何て量だ。いくら何でも魔力に限界があるだろうに……こいつの場合底なしだ)
シンは迫り来る大量の攻撃に徐々に傷を負い始めてきていた。付けられていく傷は徐々に深くなり、少しずつシンの服は血を吸い、赤く染まり始めた。
「そろそろ決めようかな」
デスペアは距離を詰め、短剣を突き立ててくる。その動きはまるでシンのようであった。
ガキンッという鈍い音が響く。シンは何とかデスペアの攻撃をナイフで受けるが、ダメージの影響もあり徐々に押され始めていた。
しかしシンには諦める気など毛頭なかった。ただ相手を睨み、冷静に次の動きを見定めていた。
その時だった。デスペアは不意に力を緩め、静かに呟く。
「シン君……その目」
デスペアは不思議なモノを見るかのようにシンの瞳を見つめる。そして何かを悟ったように笑い出した。
「……何がおかしい」
シンが訝しげに問う。
「いや、ね。まさか自分が撒いた現物をこんな形で見ることになるなんて」
デスペアは笑うのをやめて続ける。
「シン君、君さ。『人食い病』に関わったことがあるでしょ?」
「……」
「勿論あの老いた魔術師のことじゃない。それよりもずっと前。君が幼少期の頃の話だ」
シンのコピーは比較的最近の記憶であれば遡れる。故にブライトの戦闘もデスペアにとっては認知するところではあった。
しかし幼少期の出来事について当てられたことはシンにとっても不思議ではあった。
「何も不思議がることはないよ」
デスペアはにやりと笑って話す。
「あの病……もといあの呪いは僕が『反転』の魔術を使って作ったんだ」
サラはデスペアによるダメージで意識を半分失いかけていた。そして二人の話し声で徐々に意識が覚醒していく。
「人食いの病と呼ばれるものは僕が『黒の痣』を利用して作り上げたものなのさ」
少し先でシンとデスペアが話す声が聞こえる。それはサラにとって非常に注意をひくものであった。
(人食いの呪い?)
「僕は人を好きで殺している。だから別に人が僕を殺しに来ようとするのはかまわない。ただあの黒い痣があることは少々邪魔だとも思ったんだ」
デスペアは続ける。
「それで反転の魔術でなんとかならないか試してみた。特性を反転してみたり、効果を反転してみたり。結局はどうにもならなかったけどね」
シンは黙ってデスペアの右手を狙いナイフで切りつける。短剣を持っている以上反転の魔術が消えていると読んだのである。しかしその攻撃は肉体を強化したデスペアに簡単によけられてしまう。
「ただ面白い発見があった。知ってるかい?黒の痣が元々死に至らしめていたのは西の魔術師に対してだった。だけど東と西で血が混じり合うことで呪いは歪になった。だが色々弄くったおかげで元通りに効くようになってきた。詳しい話は省くけど、呪いを抑制させる性質を反転させればすぐだった。」
「……」
「それだけじゃない。いじくって実験している間に黒の痣が魔術師を死に至らしめるのはその魔力を蝕み、食らいつくしてしまうからだと分かった。本来ならあっという間に蝕んでしまうその呪いの威力を反転の魔術で調整して弱めてやった。そしたらどうなったと思う?」
シンはひたすらに考え得る攻撃を加えている。しかしどれもデスペアによっていなされていった。
「人を食べるようになったのさ。他人の魔術経脈を食べて補おうとするようになった。これは最高に愉快だった。あとはその呪いが血を媒介にして伝染するように調整した。意外と便利だろう?僕の魔術。もっとも色々試行錯誤の末だったけどね」
サラは徐々に意識を取り戻し、デスペアの言葉が聞き取れるようになっていく。
「だからこそ最高だったよ。」
デスペアが続ける。
「キトとかいう村で初めて呪いがばらまかれていく様を見るのは。村が地獄になった。あの興奮は本当に忘れられない。」
(キトの……村?)
サラはそこで意識が完全に覚醒する。
(こいつだ!こいつが……やったんだ)
サラは何とか力を振り絞り、ゆっくりと立ち上がった。
「だけどすぐに予防策が見つかってしまった?違うか?」
シンは軽く血が混じったつばを吐き捨てる。
「よく分かったね。その通りだよ。それにあの呪いはそもそも完璧でもなかったんだ」
デスペアは首を振りながら、呆れた素振りを見せる。
「東の魔術師には効かなくなってしまった。勿論君にもね。君の赤い瞳がいい証拠だ。あの呪いにかかったものは瞳が赤くなる。でも君は人食いにはなってないからね」
「だから今度こそもっと素晴らしい地獄を作らなくちゃいけない。それだけに君の魔術には感謝してもしきれないくらいだ。君の魔術は汎用性が高い。地獄を作るのにはもってこいだ」
「……クズが」
シンは吐き捨てるように呟く。
「クズ?君が言えたことかい。君だってもう何人も殺しているじゃないか。」
「……黙れ。お前と……一緒にするな」
「だけど残念だ。君が初めてやった殺し、それがまだ読み取れない。だから……」
「半殺しにしてじっくり見させてもらうよ」
デスペアは再びシンに向って突っ込んでくる。シンは経験からこれが最後のチャンスだと認識していた。
「最後は……力勝負だ!」
シンは全身全霊を込めて今放てるありとあらゆる魔術をデスペアにぶつけた。
「一か八か最後の反撃に出たみたいだけど……魔力量に差があるというのに無駄なことを」
両者のぶつかり合い、制したのはデスペアの方であった。風、土の魔術をおとりにこの世から存在すら打ち消す特異な魔術でデスペアを葬ろうとシンは企んでいた。
しかしシンの思考様式はある程度読み取れており、その程度はデスペアにとってお見通しであった。
「残念だよ。色々と」
デスペアはもっていた短剣を地面に放り投げ、倒れ込んでいるシンに触れる。あと五つも数えないうちに、シンの読み取りは完了しようとしていた。
(さあ、君の初めてを教えてくれ)
デスペアはシンの記憶の糸をたどっていく。
(なるほど、これが君の師匠か)
そこではどこか不思議な景色をした森の中で今より少し幼いシンとその師匠と思しき男が戦いの訓練を行っている。
デスペアはさらに記憶を遡る。
(これは………どこかの町だな。彷徨っているのか?)
そこにいるシンは貧しい恰好で頬もこけており、今にも力尽きてしまいそうであった。
そしてとうとうたどり着く。
(これだ!これがシン君の……)
ザシュッ!
鈍い音がする。そして徐々に久しく感じていなかった痛みが背中より伝わってくる。
「なっ、何を……」
ここで初めて自らの反転の魔術が消えていることに気付く。何故消えているのか、それは定かではなかった。
ただ確かに言えること。それは背後にいる少女が、朱色のローブをまとい震えながら血まみれの短剣を握っているその少女こそが、自分にその刃を突き立てたということであった。
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