黒の魔術師
妖精のいたずら
(なんであんなこと……)
サラは朝一番に魔術協会に来ていた。本来ならば足を踏み入れたくはない場所。しかしそれでも仕事はやらなければならない。
しかし今のサラにとってここに来ることはさして問題ではなかった。昨日シンに当たってしまったことの方がどうしても悔やまれてしまっていたためである。
(シンは……何も悪くないのに)
サラは大きくため息を吐いて、魔術協会に向う。その足取りはいつも以上に重く感じられた。
魔術協会ではこれといって問題が起きることもなかった。無論嫌な注目はされてはいたが、朝一番ということもあってそもそもの人が少なかったのである。
ひとまずの懸念は晴れたので、サラは気分転換に町でも回ろうかと考えていた。シンには謝らなくてはいけないが、そのために少し心の準備が必要であった。
(あ、このお店、かわいい)
サラは小さなお土産物屋に目がとまる。ガラス越しに見てみると中には綺麗な女性が商品の陳列を行っていた。
サラが中の様子をうかがっているとその店主がサラに気づいたのか手を振って中に招き入れた。
「いらっしゃい。ごめんなさいね、気づかなくて」
女性はニコッと微笑みサラを招き入れる。その笑顔は同性のサラから見ても見とれてしまうような美しさであった。
「いえ、私も見ていただけですから」
サラは促されるままに店内に入る。店の中には地元の産品や、妖精祭に向けてのプレゼント用品、花などが並べられていた。
「妖精祭のプレゼント、探しているのかしら?」
その店主がサラに質問する。サラは不意にされた質問に慌てて否定する。
「いやいやいや、私にはあげる相手もいなくて…………」
サラは苦笑いしながら視線をそらす。妖精祭のプレゼントは本来親しい間柄の人間に渡す。しかしサラには家族はなく、友人とよべるような存在も皆無であった。故にプレゼントについて店主に話しかけられるのはどこか気まずい気もした。
店主はそれを見て、少し考えてから「ちょっと待っててね」と言って店の奥に入っていった。そして少ししてから青い鉱石の付いたペンダントを持ってきた。
「これ、よかったら」
「え?」
サラは急に差し出されたペンダントに驚く。
「これ、私からのちょっと早いプレゼント」
店主は笑顔でサラにペンダントを差し出す。サラはいきなりもらうわけにはいかないと遠慮した。
「いいのよ。私よりあなたが持っていた方が良いわ。あなた……魔術師でしょう?」
店主に自分の素性を当てられ、またもサラは固まってしまう。そんな様子を見て店主は「うふふ」と笑う。
「ごめんね、びっくりさせちゃって。私も前は魔術協会に所属していたの。結婚してからはやめちゃったんだけどね」
「なんだ、そうだったんですか」
サラはほっと胸をなで下ろす。元々魔術協会の人間であればその職業柄相手が同業者かどうかはなんとなく理解できる。
「そう、だからこれもらってくれない?わずかだけど魔力を増幅させる効果もあるのよ」
「え、でも……」
「いいから」
サラは半ば押し切られる形でペンダントを手に取る。そのペンダントは非常に美しく、相当の値打ち物であることは容易に理解できた。
「しかし……珍しいですね。協会をやめてお店を構えていらっしゃるなんて」
サラは店主に尋ねる。魔術協会はある種の既得権益層でもあり、やめるメリットはあまりない。それどころか結婚をして子供を育てるにあたっては一定の援助までしてくれる。もっとも子供を魔術学校へ行かせることを前提とはするのだが、いずれにせよ魔術師が魔術関連でない職に転職した例をサラは聞いたことはなかった。
「まあ、色々あってね。私もお店を開いてみたかったし」
店主は明るく微笑む。その様子は今の生活の幸せぶりを語っていた。
「ねえ、良かったらお話しさせてくれない?この時間帯になるとお客さん、余り来ないのよ。いつも来るお客さんも今日は早めに帰っちゃったし」
「……はい!是非!」
サラのその返事に店主はうれしそうに微笑むと、奥から椅子を取り出してきて座るように促した。
「そういえば自己紹介が遅れてたわ。私はフィオネ、よろしくね」
「ブランセルで魔術師をしています、サラです。はじめましてフィオネさん」
二人は紹介し合うと、椅子に座り、話しはじめた。
「なるほど、サラさんはその年でもう上級魔術師なのね。すごいわ!」
「いえ、私なんて全然で」
サラは謙遜して、フィオネの言葉を否定する。
「でも頑張ったからできたことよ?自分のことでも誇って良いわ」
「そうだと、いいんですけど……」
サラの歯切れの悪さにフィオネは何かを察する。そして無言で聞く姿勢に入ると、サラも自然と言葉を発することができた。
「なるほど。最近になって自信が揺らいできたのね」
「はい。今までだったらこんなことはなかったんですけど……」
サラは一通り思っていることをフィオネに聞いてもらう。自分が周りに疎まれていること、それでも努力を続けたこと。しかし最近になって一緒に旅をする少年を見て自信を失ってしまったこと。無論シンが黒の魔術師であること等は伏せてはいるが話せる内容はできるだけ話した。
そしてフィオネは最後まで真摯にサラの言葉を聞き、返答する。
「確かに自分を省みることは大事よ。驕る気持ちは成長を阻害するからね」
「はい」
「でもね…………」
「?」
フィオネは一呼吸置いてサラの瞳をまっすぐ見つめる。サラはその深く純粋な赤みがかった茶色の瞳にそのまま吸い込まれてしまう気がした。
「自分で自分を否定することは、それよりずっといけないことよ」
「……!?」
その言葉はサラの心に突き刺さるように響いた。そしてフィオネは再び笑顔に戻り、サラを見つめている。その言葉と表情はサラ叱咤すると共に救い上げてくれている気もした。
「フィオネさん、ありがとうございます。私、もう大丈夫です!」
サラはそう言って立ち上がるとフィオネの手を取り、礼を述べる。その表情からは先程までの暗さは見えなかった。
フィオネはその様子を見て、まるで自分のことのようにうれしそうにしている。そんな態度はますますサラを勇気づけた。
サラはそのまま出口へと向かう。そして店を出る直前にフィオネに声をかけられる。
「ねえ、サラさん」
「?」
サラは不思議に思い、振り返る。
「あなたが一緒に旅をしている方というのは……どのようなお方なの?」
サラは少し考えてから答える。
「私と同じくらいの男子で、黒髪で東の顔つきをしてる人です。いつもてきとうで困っているんですけど……いざという時は、すごく頼りになる人です」
サラは照れながら答える。フィオネはそれを微笑ましげに見ていた。
「フィオネさんも黒の魔術師について何か噂があったら教えてください。私たちが駆けつけますので」
サラはそう言うと、手を振って店を後にする。フィオネはそれをサラが見えなくなるまで見送った。
「そう、あの子が」
西の町において東の特徴をもつ人間は珍しい。ましてや少年など町に一人いるかいないかである。フィオネがいつも店に来る少年を思いつくのはさして不思議な話でもなかった。
それはまるで妖精のいたずらのように。それぞれの想いは混じり、衝突し始めた。
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