黒の魔術師 

野村里志

注文の多い町







「しかし長い検査だな」


 シンは漏らすように呟いた。一晩の野宿を経て長い馬車旅を終えた二人に待っていたのは町に入るための入念な検査であった。


「しょうがないでしょ。私たちはよそ者なんだし、ましてや死体なんて運んでいるわけだし」


 サラはあからさまに疲れたようにふるまうシンに呆れたように答える。付近の村から離れ師匠の格好を止めたとたんに、シンは年相応の少年らしさが垣間見えていた。


 サラはそんなシンにどこか呆れた感情を抱きつつも、無意識に親しみも感じ始めていた。


「素性や名前の登録はともかくとしても身長や体重まで。身体的特徴なんか俺ぐらいの年代だとすぐ変わるっていうのに」


 シンはそんなことを言いながら先ほど脱がされたローブを羽織り直す。


「成長期……」


 サラは視線を下げ自らの体を見る。そのつつましくも少女らしい体形は二年前から変化があまり見られていない。


「しかし死体の件に関してはあまり聞かれなかったな。あんなものそれこそ一番気にしなきゃいけないだろうに」


 デリフィードの遺体については一応サラの身分証によって、黒の魔術師の検挙ということで説明している。無論サラもその点で入念に説明の準備や、魔術都市から持ってきた正式な書類を提出する気でいたが、杞憂に終わり、サラが身分証を出した段階で信用してもらっていた。


「それに俺の黒い痣も大して確認しなかった。てっきりそこに一番時間が割かれると思ったのに。まあ面倒ごとにならないにこしたことはないけどな」


 シンはそう言って、ブーツの紐を結ぶ。使い込まれてはいるがきちんと手入れがされているその靴は、傷こそついているものの品位を落とさない見た目をしていた。


「まあ町ごとに自治の仕方はある程度裁量があるから、少しかわったところもあるでしょ。さあ、行きましょう。馬車をとめなくてはいけないし、はやく遺体を引き渡さなくちゃ。」


 サラはシンの準備が終わるのを見て、馬車に乗るように促した。










「ところで俺と同じように優先順位が高く設定されている黒の魔術師というのは一体どれくらいいるんだ?」


デリフィードの遺体は魔術都市から派遣されてきた魔術師によって極めて手際よく引き取られていった。簡素にしかかけていなかった保存の魔法をより強固なものとして掛け直し、専用の棺にいれて運ばれていく。


魔術都市の魔術官僚の手際の良さと、仕事の速さはあの森で長い時間をすごしてきたシンにとっては極めて新鮮であった。


そんななかでシンは馬車でデリフィードが言っていた「優先順位の高い魔術師」という話を思い出した。


「あなた……名前としてはあなたのお師匠様だけど、それを含めて三人よ。最もあなたがその中に入ったのは極々最近のことだけれど」


サラはすこし真面目な面持ちでシンの質問に答えた。


「ふーん。ならそっちの方を優先して倒せばその大賢老様は俺に少ない人数で恩赦してくれるとかいう特典はないわけ?」
「あるかどうかはわからないけど、でも他の二人はやめておいた方が良いと思うわ」
「どうして?」


 シンはサラが先ほどとうってかわって真剣な雰囲気を醸し出していることが気になった。


「二人はそれだけ危ないからよ。あなたは……もといあなたのお師匠様はその実力の高さをも相まって危険度が高いとされたけどそれも最近の話。それに他の二人はずっと昔、それこそ十年近く優先順位が高い黒の魔術師として指定されているわ」


「そんなに強いのか?」
「それもそうだけど。危険度が高すぎるというのが本当のところかしら」


 サラは続ける。


「一人の方はブライトという名前の魔術師で既に50人以上の魔術師を殺しているわ。最も始めに殺したのは数人でほとんどが賞金につられた魔術師や警備隊等の追っ手達だけれども。もともとは魔術都市ブランセルの魔術学者で極めて多くの功績をのこしたひとなの。でも精神に異常をきたしたと私は教わったわ。二人目はデスペアと呼ばれるもので殺された人間は数え切れないほど。ブライトはもう見た人はいないとされているからもしかしたら死んでしまったのかもしれないけど、デスペアの方はいまでも神出鬼没に現れては人を殺めていくそうよ」


 シンにとってそういった話はおとぎ話と何ら変わることはなく恐ろしさは今ひとつ実感としてわかないものがあった。しかしサラはおそらく都市で訓練を受けた際や教育の課程でその恐ろしさを十分に教えられているのだろう。彼女の真剣な表情がシンに一定の緊張感を与えることに成功はしていた。


(とはいえこの目で見たことないものにそこまでおびえる必要も無いか)


「じゃあ、残り二人はそのお仲間で決まりだな。悪名高い方が捕まえ甲斐もあるし」


(ついでに師匠の名前もより拍が付く形で名誉を挽回できるかもしれないしな)


 シンはそんな打算を腹にもちながら、あくびをしながら大きく伸びをした。それをサラはきょとんとした顔で見つめている。


「なんだ。なんかおかしなこと言ったか?」


 サラはまるで自分の話を何も聞いていなかったようにしれっと言いのけるシンが何か不思議でどこか頼もしく感じた。


「そうね。あんただったらできるかもね」


 サラはそう小さく呟いた。


「何はともあれ情報を集めましょう。みたところかなり栄えているみたいだし、いい情報が入るかもしれないしね」


 サラは可愛らしく微笑むと進んで前に歩きだす。その足取りは軽く、いままでの緊張続きの時間から解放されたようであった。


 それは無理もなく、ここ数日間命のやり取りに多かれ少なかれ連続で巻き込まれていた。それだけに自らが育った都市に比較的雰囲気の近い、この町は彼女にどこか安らぎを与えていた。


 サラにとっては魔術を学び始めてからこれまでひたすら精進の毎日であった。遊ぶということはほとんどせず、ただひたすらに自らの腕を磨いていた。そこに加えてここ数日の戦闘である。張り詰めた糸は限界に達しており、どこかで緩める必要があった。その場所としてこの町は十分であった。


 そしてその安らぎは彼女に緩みを与え、好奇心さえも抱かさせていた。町には目新しいものが並び、初めて見る景色もあった。


 しかし彼女は気づいていない。




 好奇心が時に猫を殺すということを。









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