黒の魔術師
エピローグ1
「大丈夫か?」
傷ついた少女を抱き起こし、レナードは容体を確認する。
(骨折…とまでいかなくても内出血は起こしてる)
レナードは半壊した家に運び込み幸い無事だったベッドに寝かせ一本のビンを持ってきて飲ませる。
「治癒を速めてくれる薬だ」
そう言って少女に薬を飲ませると、家の状況を確認する。
(こりゃひどい。ここじゃ休むこともできやしねえ)
少女は薬の作用もあってかまた眠ってしまっている。
そう考え少女が先ほどよこした礼状にもう一度目を通す。
(黒の痣の消滅、年金、雇用先まで与えてくれるときたか)
家を半壊にされた以上このままこの家で暮らすことは少年にとっては難しかった。だがそれ以上にレナード・レストという名に名誉を取り戻すこと、それが重要であった。
「……ん、」
しばらくして休んでいた少女が目を覚ます。気を失いこそしているが大きな外傷はないようであった。
「行くしかないか……」
少年はそうつぶやき礼状をポケットにしまう。
「今日はゆっくり休め、明日からは長い旅になる」
「それって、どういうこと?」少女はあまり頭が回っていないのかきょとんとした顔で少年を見つめる。
「あんたの依頼……正しくは大賢老様の依頼というやつだが受けることにする」
「そう……それはよかったわ」
少女はさっきまでの戦いに少し混乱しているようであった。しかしそれでもレナードが依頼を承諾してくれたことに安堵したのか、やがてまた眠りに入ってしまった。
「やれやれ、今日は床で寝るか」
気がつけば日は傾き、森に光は入らなくなっていた。静かで暗い森のなか二人の寝息だけが静かに漏れていた。
少女は夢を見ていた。
いつぶりに見た夢だろうか。
子供の頃の夢。
妹と一緒に野原を駆け回り、花で冠を作って、男の子にあげるかどうかで笑い合った。そんな懐かしい頃の夢。
そして地獄のような惨状と共に消え去ってしまった幸せな時間。
少年は夢を見ていた。
その黒い痣から迫害を受け、頼れる親族もなく、町や村を転々と移動していた日々。
きつい仕事を請け負うことでどうにか生き延びてきた。
少年らしい思い出は一つとして得られなかった。
しかし後に生きる意味をくれた自らの師、レナード・レストに出会った日に人生が変わり始めた。
地獄のような日々に差した唯一の光、人の温かみを知った。
翌朝、サラが目を覚ますとレナードは起きて旅支度を進めていた。
「起きたか」
レナードはサラが起きたことを確認すると、温かいお茶をもってきた。
「飲め。傷の治りを早くしてくれる」
そうとだけ言うとまたすぐに支度にもどっていった。
サラは次第に頭が覚醒してくると慌てて自分の身なりを確認する。特に取られているもの、衣服が乱れた形跡や、大きい傷跡などはなかった。
「あなた……私に何かしてないわよね」
サラはおそるおそるレナードに聞く。体に変な感じはないが、そもそもサラにはそういった経験はなかったので判別のしようがなかった。
「は?」
レナードは手を止めることなく聞き返す。
「何かって……何?」
「それは……その」
「なんだ?要領を得ないな」
サラの顔はどこか赤みがかり、口ごもっていてうまく聞き取れなかった。
「だから……その……からだとか……」
「?」
レナードは要点が得られないサラの様子に段々面倒になってきていた。
「いいから、はっきり……」
「私の体に、なんか変なことしてないでしょうね!」
サラは強く言い切る。レナードはその言葉を聞いて少し唖然としていた。
(まさか……)
サラは最悪のシナリオを考える。魔術師に限らず、女性が無防備でいることの危険性は魔術都市ブランセルで学んできた。
レナードの顔を見る。そのなんとも言えない表情からは何も読めなかった。
レナードは足を進めてサラに近づく。サラは少し身構えた。
「あのなぁ」
レナードは続ける。
「俺は子供に欲情するような病気持ちじゃないぞ」
レナードの呆れたようなその表情、そして言葉の内容を理解するとサラは少しずつ怒りが湧いてきた。
「あんた、ねえ。私はこれでも齢は十六なんだけど」
「え?俺と同い年だったの?」
そのあからさまな驚きと、不純物のない感想はサラの眉間に皺を一つ作ったが、現世に疎い少年が気づく由もなかった。
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