黒の魔術師 

野村里志

旅の始まり















「どういうこと?ここに黒の魔術師がいると聞いて来たのに…」


「その噂は本当だ。実際に俺は黒い痣をもっている。ただおそらく君がさがしているであろう男が黒の痣を持っているのではなく、あくまで持っているのはその弟子だった。つまりはそういうわけだよ」


 少年はそう言って続ける。


「まあそんなわけだから人違いだ。さっさと帰ってくれ」


木々の間から差し込む陽ざしは小屋の周辺を照らし、森の美しさを魅せている。少年は既に勘違いと分かった少女に対する興味が薄れていた。


「じゃあ待って、それだったらあんたの師匠はどこにいるのよ?」


少女が聞いてくる。


「残念ながら俺にもわからん。二年前の大雨の日に出てったきり、帰ってきてない。生きてるのかどうかもわからないがそう簡単に死んではいないと思うぜ」


少年はぶっきらぼうに答える。


その刹那だった。


殺気を感じるのは少年の方が早かった。「伏せろ」という言葉と同時に少女に向かって飛び込み伏せるのと攻撃が来たのはほぼ同タイミングだった。


小屋が壊れる激しい音とともに砂煙が待った。煙に乗じて物陰に隠れると一つの人影が現れた。


「まずいな。勢い有り余って小屋ボロボロにしちゃったよ。もしかして一撃で殺しちゃった?まだ遊ぶはずだったのに」


そう言いながらヘラへラ笑い辺りを見回している男は頬に黒い痣のある魔術師であった。










「おろ?死体ないじゃん。いいねぇまだ楽しめそうだ」


(魔術で強化されてるこの家をいとも簡単に破壊しやがった。頭もいかれてるが実力も相当だ。まともにやり合えば面倒だ。奴の死角から一撃必殺。これでいこう)


少年は相手のすきを窺い近くに何か武器になりそうなものを探す。


(あの女が落としたナイフ!これはついてる。あとはこれで…てあれ?)


ここにきて一緒に隠れたはずの少女が消えていることに気付く。


(あいつ、どこに…)


「ちょっとあんた!なんてことしてくれるのよ!」


 少女は堂々と男の前に出て行き抗議する。


(……あの馬鹿野郎!)


少年は心の内で叫んでいた。明確に敵意のある相手に堂々と姿を見せる。それは戦闘においては致命的な行動であった。


(大丈夫だまだ俺の居場所はばれていないはず)


そう捉え直し、再び機をうかがう。


「お、やっぱり生きてたか。ところでお嬢ちゃんもう一人少年を見なかったか?」


そう言われて少女は「え?」と少年の方を向く。その一瞬視線を離した瞬間男は少女に魔術をはなった。
そして当然何の前触れもなく放たれたその攻撃に、少女は対処しようもなかった。


(この大馬鹿野郎!)


少年は即座に地面を蹴り、再度少女に向かって飛び込み伏せた。


「そっちのお嬢さんは素直でいいねえ。しかしそこのクソガキにも当てるように数発撃っておいたんだがすんでの所でよけていたか。致命傷にはなってないな」
「くそ、お前敵に向かって目を離すとかなめてんのか」


少年は右足に受けた傷から血が流れていくのを確認する。普通にやっていれば自分にもあたっているところだった。


少年はナイフを男に投げつけそれと同時に隣の部屋に駆け込みドアの鍵を閉める。ドアの鍵が閉まるのと同時にあらかじめ用意されていた魔術が発動しドアの強度を上げ、罠が準備された。


一方サラは未だに何が起こっているのかわからない様子でただぽかんとしていた。


「良いか、よく聞け」少年は足の傷の状態を確かめる。特に問題にはならなそうであった。


「何が起こっているのかはわからないがあいつは確実に殺しのプロだ。猟奇的に見える風貌も言動も嘘っぱちだこっちがガキなのを見越してビビらせに来てるだけだ」


そう言いながら少女を見る。サラはまるで何が起きているのか頭が動いていないようであった。


(クソッ、この赤ずきんは魔法の実力は本物かもしれないが実際に殺し合いの経験は無いようだな)


敵が明確な殺意をもって今来ているとようやく自覚したのだろう。サラのその足は震え顔は青ざめ戦えるような様子ではなかった。


(まずいな。完全にびびってる。ここは何とかして落ち着かせなきゃ)


少女のとともに窓から外へ出る。窓を出るのと同時に部屋のドアが蹴破られる音がした。


「こっちだ!」


少年と少女はひたすらに森の中をかけていく。


「いいか。よく聞け相手は戦いのプロだどう考えても俺達が適う相手じゃない!」


大声で続ける。


「とにかく逃げて時間を稼ぐ、そうしたイーブンの状況にもっていかないと話にならない!」
「で、どうやって逃げるって?」


声が聞こえるや否やまたしても足元に魔法弾が飛ぶ。少女には当たらなかったが少年の左足に直撃した。


「いっっっ!」
「おっと、今度は逆の足に当てちまったな。走れるかボウズ?」


笑いながら来る相手はまさしく猟奇殺人者のそれであった。しかし足を狙うのは確かに効果的な戦術ではあった。


血の滴る両足を意にもせず二人は走り続ける。距離は開いていくものの流れる血は確実に居場所を示し続け少年の体力を奪っていた。


「くっ」という息切れのような吐息とともに少年は足をもつれさせ転ぶ。「大丈夫?」と少女は肩を貸すがもう肩を貸したぐらいでは動けないことは簡単に見て取れた。


「私が戦う」


少女はそう言って少年を傍の木にもたれかけさせた。


「ここで休んでて」


そう言うと少女は反転し来た道を走って戻っていった。


「おやお嬢ちゃん一人で帰ってきたのかい?けなげだねぇ。逃げるという選択肢もあったろうに」


男はニタニタと気味悪い笑みを浮かべながら少女を見つめる。


加速術式イグナイト


少女は静かに呪文を唱えると電光石火のごとく男に向かっていった。


「何?速い⁉」


少女は素早く懐に飛び込むと手に持っているナイフで男の腹に突き刺す。


(やった)と思うのもつかの間に左側からすさまじい衝撃を受け大きく吹き飛ばされる。


「残念だったな嬢ちゃん、俺たちは別に一人でやってきたってわけじゃ無いんだよ」


(隠れていた増援?)


しまったという思いと同時に自分が戦闘ではやはり未熟であることを痛感させられる。彼らは服の下にきちんと防具を仕込んであった。魔法の成績でこそ少女に劣るとしても戦闘面でははるかに優っていた。


「さあ、この嬢ちゃん見た所かなりの実力者だ。さっさと片付けてしまおう」


たった一撃ではあったがその衝撃はすさまじく、身体が既に言うことを聞かなくなっていた。死が確実にかつ急激に近づいてくるのがわたった。


無念だ。あまりにも無念であった。


「嬢ちゃん、悪く思うなよ。これも仕事なんだ」


男はケタケタと笑いながら近づいてくる。


「複数の大の大人が一回りも若い女性を殺めることが?ずいぶんな職業ね」


少女にはそう返すのが精一杯であった。
しかし男はその言葉にもまるで気にはしていない様子であった。


「人はひとりではいきられないし、徒党を組むのは人として間違ったことなんかじゃ無い」


男は続ける。


「自分の限界を見極めそれを踏まえてできることに尽力するそれが大人の生き方だ」


男は魔術の詠唱を始める。加速術式を自分にかけているせいか、はたまた死を実感しているからか、それがとてもゆっくりに感じられた。


(何が大人よ!ふざけないで!人の命を奪うことにどうして肯定できるっていうのよ)


「あんた達なんかに、あんた達なんかに……」そうつぶやく瞳には涙が溢れていた。


「あんた達なんかに人の命を奪われた人間の気持ちの何が分かるっていうのよ!!」


少女は腹の底から自らの命を叫ぶように声を張り上げた。


「知らんよ。知る気もないね」


男はそういい魔法弾を放った。


(ミナ、今あなたのところに…)


爆風とともに凄まじい音が響き渡る。少女が防御術式を使うことも計算に入れて放った一撃は少女のいた場所を跡形もなく吹き飛ばした。


「さて後は足をやって動けなくなったボウズだけだ。あっちはもう虫の息だが早くやるに越したことはないな」


一仕事終えた男はどこか安堵していた。事前の調べで少女が上級魔術師であることは知っていた。それ故にその少女を片付けたことで仕事に一区切りつけることができた。


しかしその安堵が命取りであった。


男はそう言い歩き出そうとした時今見た自分の仲間がいつもとは何か違うような気がしてならなかった。なんとも言えない違和感。部屋のものが勝手に一つだけ動かされたような気持ち悪い感覚、そんなうまく表現できない違和感があった。


この感覚をより鮮明に認識できていたとしたら彼の人生は変わっていたかもしれない。


「バッ馬鹿な、貴様何をやっている。トチ狂ったのか?」


男は自らを刺した男に蹴りを入れて距離を取る。


「悪いねおっさん、こっちも行き死にかかってるんだ。恨まないでくれよ」


そう言うと仲間の顔はどんどん若返り先ほど見た少年の顔が現れた。


「お前……さっきの」
「これが俺が使える唯一の魔術。名前はとくにない。触れた相手の身体的特徴及び魔術特性をコピーできる。最もコピーの精度を上げるには触っている時間がある程度必要だし、同時に何人もストックできるわけじゃないけどな。仲間は一人だけみたいだな。残るはあんただけだ」


少年の後ろには気を失った少女が倒れ込んでいた。


「あいつか?あいつの魔術をコピーさせて使わせてもらった。あの加速術式のおかげで間一髪助け出すことができたわけだ。」


「お前…、あの傷でどうやって…」


「あんた達がプロで十分準備しているようにこっちもこっちで襲撃に備えた準備は事前にしてあるんだ。森のいたるところに魔法薬や武器、トラップが仕込んである」


少年はもう十分かといったようにナイフから手を離し術を唱える。それは男にとって一番得意の魔術、今まで1番自分が目にしてきた術式であった。


「貴様ぁああ!!」
魔導弾フレイア


両者の魔法弾がぶつかり合う。しかしその威力差は明白であり衝撃により男を数十メートル吹き飛ばした。


「あんたが万全の状態であれば無論敵いっこないが、ナイフで一突きされたとあれば話は別だろ?」


少年は吹き飛ばされ倒れた男の元へと近づき術式を発動させる。男は息も絶え絶えで生きる望みはもう既に薄かった。


「最後に頼みがある」男は息絶え絶えに言う。


「娘の写真を見させてくれんか?」


少年は何も言わない。
男は胸元に手をいれ、一枚の写真を取り出す。少年は静かにそれを見ていた。


「娘なんていねえよバーカ」


男が術式を展開し攻撃を試みる。しかしその魔術が発せられることはなかった。その時既に少年の魔法弾が男の心臓を撃ち抜いていたのだ。


「あんたが奇襲用の魔術を持っていることも既に読み取っているんだ。悪かったな」


少年は男の心臓が止まっているのを確認する。心臓は止まるどころか貫かれ、動く以前の問題と言えた。


「『戦いをすると決めた時、私は既に勝利している』。この言葉は師匠の受け売りだがな。戦いには何よりも準備の段階が重要なのさ。この森に、俺のテリトリーに足を踏み込んだ時点であんた達はもう圧倒的に不利だったんだよ」


そう言いながら少年はひらひらと舞う一枚の紙を拾い上げる。少し焼けて見づらかったがそれは一枚の写真であった。


「娘、いるじゃねえか」


そこには楽しそうに笑う男と美しい女性、そして可愛らしい女の子が写っていた。少年はその写真を何故だか捨てる気になれず、胸ポケットにしまった。


「もしかしたら猟奇的に、冷徹に振舞っていたのは…」 


そう言いかけて言うのをやめた。死んだ相手をとやかくいってもしょうがない。そこにいたのは確かに自分やあの少女を殺そうとした男なのだ。それだけが事実であり真実なのだ。


戦闘の衝撃により辺りの木々は倒され以前にも増して日差しが差し込んでいる。ほのかな日差しはこの鬱蒼とした森の中でほのかな優しさを与えてくれる。せめてここに弔ってやろう。愛する家族の写真と共に。


少年はふとそんなことを考えた。





































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