異世界の愛を金で買え!

野村里志

美味しくはないスープ








「佐三様、大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫だよ、フィロ」

 主神教の支部、タルウィが拠点としている遺跡近くまでの移動の最中、フィロが心配そうに佐三に尋ねていた。

 別に大して長い距離でもない。そこそこ歩きはするものの、ある程度歳をめした学者でも一日歩けばつく距離だ。他のグループの方が長い距離を移動しているし、険しい道を進んでいる。それなのにもかかわらず佐三の表情は見る見る険しくなっていた。

(まずいな……これは本格的にまずい)

 佐三はフィロにバレないように腹部をさする。鈍い痛みが傷跡から発生していた。

(血は出てないみたいだな。ということは内部で傷が開いたか?もしくは銃弾が体内を傷つけているか、その他感染症を引き起こしたか……いずれにせよ考えてもきりがない)

 佐三は荒れる息をなんとか整えようと深呼吸する。そして拳を握りしめながら懸命に歩いた。











「佐三様、ご無事で何よりです」
「タルウィ殿、今回の支援。感謝します」

 主神教の支部、無事日暮れ前に到着した一行はタルウィと教徒達によって案内を受けていた。

「佐三殿はあちらの家屋を使ってください。急ごしらえではありますが、用意させていただきました」

 タルウィが示す方向を佐三は見る。きっと配慮してくれたのであろう。他の人達よりも少しばかり立派な住処が佐三のために用意されていた。

「タルウィ殿、流石に私があそこを使うことはできません」
「しかし、用意したものですから……」
「是非教徒の方に使ってもらってください。私は他の皆と同様でけっこうです。……流石にこのような状況で特別扱いされるわけにもいきませんから」

 佐三はそうとだけ言うと、水筒を取り出し、水を飲む。水を飲むことで一時的に痛みがまぎれるとどこかで聞いたことがある。眉唾物だが、それでもすがらないよりはマシであった。

「……分かりました。すぐにそのように用意します」

 タルウィは感心したようにそう言うと、手早く教徒に声をかけ、立ち去っていった。この非常時だけあって、タルウィも忙しそうに動いていた。

 佐三はタルウィの背中を見送ると、今後のことを聞く前に歩き出す。そもそも佐三には今後のことすらも必要ないのだ。

(最終確認をしておこう。決行は……今夜だ)

 佐三はかの遺跡、技術者達がいるであろう『扉』へと歩みを進めていた。













「佐三殿、聞きましたか?」

 その日の夕飯の最中、同席していたタルウィが佐三に話しかける。

「何をですか?」
「かの侵略者のことです」
「……是非教えてください」

 佐三が静かにそう言うと、タルウィは顔を近づけて小さい声で話す。

「彼等は国家ではありますが、同時に宗教徒でもあるようです」
「教徒?」

 佐三は首をかしげながら聞き返す。それもそのはず、近現代の軍隊において宗教というのはあまりマッチせず、むしろ合理的な作戦行動に悪影響すら出るとも考えられるためである。

「はい。彼等は異教徒を憎み、殺害しています。その異教徒が獣人達なのです」
「……成る程」
「彼等に征服された都市にいる信者によれば、彼等は獣人を見下すというより、迫害しているとのこと。言われてみれば確かにそうです。見下すだけであれば、奴隷にした方が効率的ですからな」

 佐三はその言葉にすぐに合点がいった。無論それは佐三が優秀だからとかではない。佐三の世界で既に経験済みだからである。

タルウィの情報はある意味では正しくない。これはいわゆる『ホロコースト』である。勿論ホロコーストはドイツの政策名で、似たようなことは当時の日本でもやっている。

(自らと異なる集団を排除することで団結し、強い組織を生み出す。成る程、それは強いわけだ)

 倫理観を置いておけば、他者を排除しようとする動きは凄まじい力を生み出す。欧米を筆頭に21世紀の保守派の反動を見れば明らかだ。人は団結して敵を排除するのが大好きなのである。

 しかしこうなると問題がある。イエリナ達の今後だ。もしこの国が支配されたとき、獣人達はどうなるか。佐三の見立てでは隠れて息を潜める予定だが、そんなものが許されるだろうか。

 ただ支配するだけなら見逃されるだろう。しかしそうしたある種の思想に基づく組織体制であれば、獣人を排除するために支配地域をくまなく捜索する可能性は高い。匿えば殺すというお触れが出たとき、彼女達は本当に密告から逃れられるだろうか。

例えば、イエリナのように他人を頼ったところで、その相手が自らの命を捧げてまで匿ってくれるだろうか。

 答えは『NO』だ。あり得るはずがない。可能性を0とは言わないが、それを勘定にいれるようなら経営者は失格だ。

「…………」

 佐三はそのスープをスプーンのようなもので掬い、口に運ぶ。相変わらずこの世界の料理は味気なく、美味しいとは思えなかった。

 これまで幾度となく食べてきたこの世界での食事、佐三は決して美味しいとは思わなかった。しかし一方で、自分自身どこか懐かしさを感じ始めていることは否定しなかった。これでも数年は暮らしてきたこの世界である。何も思わないわけではない。

(だがだからといって、馬鹿な判断はできない)

 佐三はまた一口スープを口に運ぶ。調味料になれた現代人にとってはどうしようもないほどに薄いスープであったが、だからこそ思い出されるものもあった。

 馬鹿みたいに大量に食べるベルフ。それを「よく食うな」と半ば呆れたように見ていた自分がいた。初めてギルドに入った夜も、ベルフと食事をしていた。

 今日もどこかで遠吠えをしているのだろうか。自分の耳には勿論聞こえはしないが、日が暮れるとどうもあの声を思い出してしまう。習慣というものはおそろしいのだ。

「………」

 佐三は何も言わない。自分自身、後ろ髪を引かれる思いをしていることは重々承知していた。優秀な経営者と言っても血の通った人間であることに間違いはない。苦楽を供にし、一緒に生活をしてきた仲間を捨てる判断は楽ではない。

 しかしだからこそ、自分はしなければならないのだ。仲間にだって代わりはいる。妻にだって。それができたからこそ、自分は経営者として一流だったのだから。

 佐三は最後の一口を口に入れる。スープは最後まで味気なく、そしてどこか温かかった。






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