異世界の愛を金で買え!

野村里志

神のなすことゆえに




「どうだ、調子は?」



 佐三が技術者に問いかける。技術者は遺跡にある謎の多い装置をいじり、一段落つくと汗をぬぐった。



「比較的良い感じです。まだしばらく調整と時間がかかりますが、もうしばらく日にちをいただけるのであれば動かすことぐらいはできそうです。ただ……制御できるかは、まだわかりません」

「分かった。引き続き頼む」



 佐三がそう言うと、技術者は軽く会釈をしてから再び作業を再開した。少し離れたところでは学者達が集まり技術者も交えて議論をしている。『目の前にある謎の多い装置を動かす』というミッションの元で、彼等は職業の垣根を越えて団結していた。 



 町から少し離れた場所にある主神教の遺跡。現在は主神教の幹部であるタルウィが支部として利用しているその場所に佐三とベルフはいた。ベルフは久しぶりの馬車での移動であったせいか非常に機嫌が良く、呑気に鼻歌を歌いながら佐三の後ろをついてきている。普通野生動物なら自ら動くことをよろこびそうなものだがと佐三は思ったが、ベルフにしてみれば自分が移動用に使われるよりは馬車の旅の方がはるかに良いのであった。



「おお、佐三殿。お待たせして申し訳ない」



 佐三がしばらく技術者達の働きを観察していると禿げた大男がやってくる。



「これはタルウィ殿。お久しぶりです」

「こちらこそ、お久しぶりです」



 そう言ってタルウィは佐三とベルフの両者と握手をする。ベルフの方は大丈夫であったが、その握力に佐三の手は握りつぶされそうであった。



「大事な遺跡に技術者を送らせていただいて、恐縮です」



 佐三がタルウィに頭を下げる。



「いえいえ。大丈夫ですよ」



 タルウィが続ける。



「勿論聖なる場所ではありますから、基本的には教徒でない人間を中に入れては問題になります。しかし佐三殿にはたくさんの援助をしてもらいました。感謝こそすれ、文句を言う筋合いにはございませんな」



 タルウィはそう言うと満面の笑みを浮かべる。「とんだなまぐさ坊主だ」。佐三はそんなことを考えながら同様に笑った。



「しかしここには一体、何があるというのですか?」



 タルウィが尋ねる。無論彼に全てを話すつもりもないので、佐三はほどよく話すことにした。



「おそらくは失われた技術でしょう」

「ほう」

「私の故郷にも似たような遺跡があり、そこからは多くのことが学べました。正直な話をすれば、ここの技術を少しでも学び取り、商業に活かせないかなど考えております」



  嘘は言っていない。しかし全てでもない。佐三はそんな受け答えをする。タルウィもそれは承知の上で話を続けた。



「神の御技を、金儲けにですか?」

「はい」



 佐三はタルウィの質問にはっきりと答える。



 しばし沈黙が続いた。



「ぷっ」



 先に沈黙を破ったのはタルウィであった。



「はっはっはっはっは!」



 タルウィは佐三の背中を叩きながら続ける。



「佐三殿も人が悪い。そんな堂々と返されて、私が責めるわけにもいきますまい。ただでさえこちらは貴方からの援助で今があるのですから」



 タルウィは笑いながらそう言うとにっこりと笑った。無論こういったことを許せるのはタルウィの技量だろう。流石は組織全体の改革を試みようとするだけのことはある。



「かたじけない」

「構いませんよ。何も雑に扱われてもいませんし。それにこちらとしても解明が進むことは願ってもいないことですから」



 タルウィは技術者達の作業を見ながらそう言った。そんなタルウィに対して佐三が質問する。



「とはいえ、問題もあるでしょう。禁忌に触れるであったりだとか」

「確かにそう言う輩もいますな」



 タルウィが頷く。



「だとすれば、苦労をかけていることは事実です。こっちとしても方針を変えることはありませぬが、その厚意に対する礼ぐらいは言わせてください」



 佐三はそう言って頭を下げる。別に自分の考えをかえるつもりはない。しかしその考えを曲げずとも、相手に配慮をするかどうかで結果はかわってくる。佐三としては頭を下げるぐらいはどうってことなかった。



「はっはっは。いいんですよ。佐三殿」



 タルウィが笑いながら続ける。



「それに私としても、どちらかと言えば佐三殿の考え方に賛成ですから」

「賛成?」



 佐三が聞き返す。



「はい。というのも、私としては我々を作りし神が人間の行動にいちいち目くじらを立てるとも思わないのです」

「それは……そうですね」

「そうでしょう?わざわざ自分で人間やこの世界を作っておいて、自分の思い通りにいかなかったら怒り出す。人間であればそのような未熟者がいても不思議ではないですが、それが信仰の対象なら話は別です。そんな器の小さい相手なら神などとは呼べないでしょう」



 佐三はタルウィの強気な言葉に少し驚く。なかなかなことを言うものだ。佐三はそう感じた。



「随分と言いますね。それではまるで神などいないみたいだ」

「はっはっは。まさか。私は聖職者ですよ、佐三殿。それに逆ですよ、逆」

「逆?」

「はい。私は神を信じているからこそ、そう言えるのです。私たちを作りし神から見れば、私たち人間などまさに赤子同然。ならば慈愛の目で接することが道理というものです」



 タルウィの言葉に佐三は「なるほど」と相槌をうつ。佐三は元来神などというものは信じてはいない。しかしタルウィの考え方を否定しようと思うほど、自らの常識に驕ってもいなかった。



 それに彼の考え方は真偽は別としても、理屈は通っている。それに己の考え方をきちんと持つ人間は信用できる。それが宗教であれ、誇りであれ、哲学であれ変わりは無い。佐三はそう思っていた。



 佐三はぼんやりと後ろに立っているベルフを見る。今はその牙をしまっていたとしても、彼もその一人であることにかわりはなかった。



「しかし、神ねえ……」



 佐三はかつてこの世界に来る前にみたあの光の球を思い出す。



(あのうさんくさい光の塊も、神を名乗っていたっけな)



 佐三はだいぶ曖昧になってきた記憶の中からあのときの情景を引っ張り出してくる。まるで夢の中にいるようでありながら、あの出来事をきっかけに自分は別の世界に来ていたのだ。



(あの神は親の願いを聞いたと言っていたが……。それが真実かはさておき、それを聞くほど神は暇なのだろうか?そして結婚相手をわざわざこの世界に送ってまで探させる必要があったのか。考えれば考えるほど突っ込みどころが多すぎる)



 佐三は依然として神などというものを信じる気にはなれなかった。信仰するにはあまりにも現代の価値観に染まりすぎていた。



(やっぱり、神なんてものは胡散臭いな)



 佐三はそんな風に思いながら技術者達の仕事ぶりをみつめていた。



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