異世界の愛を金で買え!
夢魔の力
政庁から少し離れた建物。現在そこは簡易の裁判所のような施設となっており、そこにフィロといくらかの従者、そして一人の男がいた。
「この盗み、貴方がやったのですか?」
「はい。盗み出した銀貨は町外れのぼろ屋に……」
フィロはそこまで聞くと男にかけていた術を解く。
「連れて行きなさい。この人の証言通りなら証拠も出るはずだわ」
「「はい」」
猫族の従者達がその男を連れて行く。男は何が何だか分からないまま、部屋を連れ出されていった。
「随分便利な能力だな」
聞き慣れた声にフィロが振り返る。佐三が感心したようにフィロをみつめていた。
「しかしそうした特殊な力に町の制度が依存することは望ましいことじゃないな。フィロ、なるべくその能力は控えるように」
「……分かりました」
フィロは少し納得がいかなそうに答える。自分の能力を使えば裁判にかける時間がほとんど必要なくなる。少なくとも被告人が男性であれば、ものの数秒で真相までたどりつけるのだ。彼女自身能力の利用は効率的だと思っていた。
「しかし、結局能力は戻ったんだな」
「はい」
「原因は分かったのか?」
佐三の質問にフィロは少し首をかしげながら考える。王都で捕らえられていたときは心身共にそうとう弱っていた。少なくとも健康面が関係していることは確実であるが、それがどの程度なのかはわかっていなかった。
「正直な所、あまりよくわかってはいません」
「そうか」
「ただ個人的な感覚を申し上げるのであれば、比較的健康状態が良いとき、安心していられるときに効き目が良い気がします」
佐三は「ふむ」と相槌を打ちながら原因を考える。フェロモン説、催眠説、ウィル宇・細菌説。いくらでも解釈は可能であったが、証明の術がなかった。それに佐三からしてみても彼女が起こしている現象はあまりにも特殊であるため、そうした仮説すらも仮説の域をこえることはなかった。
「まあ、なんにせよその術は基本的にはなしだ」
「しかし、今現在の犯罪の数は日に日に増えています。こうすれば日に百件でも処理することができます。逆に証拠を吟味して判決を待つ従来のやり方では……処理が間に合いません」
「確かにそうだな」
佐三が頷く。
「でしたら……」
「だがダメだ」
佐三はきっぱりと否定する。
「確かに人口の増加は犯罪件数の増加に直結する。犯罪率が0パーセントにでもならない限りこれはしかたがないことだ。しかしその術を使い続けるようではこの町の制度が君に依存することになる。これは危険だ」
「………」
「例えばもし君が病気になったり、突然その能力を使えなくなったりしよう。その瞬間にこの町の司法制度は破綻する。それにさらに人口が増えることになればフィロの限界も超える。百件処理できても、千件発生したらどうする?だから問題があっても、普通のやり方でやるしかないのさ」
ぐうの音の出ないほどの正論だ。フィロはそう感じた。正直自分にしかない圧倒的な力だ。活用したいという気持ちがどこかにあった。
「それにフィロは自身で身につけた知識や能力がある。そんな突飛なものに頼るより、そっちを磨いてくれ。そっちの方がこの町としては助かる」
「っ!?……わかりました」
フィロは少し下を見ながら返答する。これだからこの人は困る。フィロはそう思った。
「ですが、サゾー様」
「なんだ」
フィロが質問する。
「この力、せっかくあるのですから使わない手はないのではないでしょうか?制度が依存するのは危険だとしても、一時的に使う方法はあっても良いかと」
「……まあそれはそうだな」
佐三は顎に手を当てて考える。
「まあ、仕事に使われちゃ困るが、プライベートに使う分には止めようがねえよ」
「いいのですか?」
「まあ、法に触れなきゃ……ってフィロがこの町の法を整備しているのか。こりゃまいったね」
佐三はそう言いながら何か良い方法はないかと思案する。そんな佐三の様子をみてフィロも小さく笑っていた。
「では、こうしましょう。サゾー様」
「ん?」
「貴方が指示して、私も同意すれば使うということで」
フィロの言葉に佐三は目を丸くする。それじゃフィロ自身にとって何のメリットもなかった。それに佐三にその引き金を任せることも理解できなかった。
「おいおい、そしたら俺の職権濫用に……」
「いえ、あくまで聞くのはサゾー様個人としての指示です。この町の運営者としての命令は受けません」
フィロはきっぱりとそう言う。しかし佐三には何が何だかさっぱりであった。
(まあ使わないのであれば良いか。別に俺が命じることも無いだろうし)
佐三はよく分からないままそう納得することにした。
「それと指示を受けるのは一度切りです。一度だけしか使いません」
「随分と少ないな。まあ別に俺もフィロにそんな風に頼るつもりもないが」
「そうですか?仮にも王女だった女性が願いを聞くのですよ。感謝してしかるべしですし、存分に利用していいのですよ?」
「やれやれ。ついこの間は恩があるとか言ってたくせに……」
「ですからそのために一度です」
フィロはきっぱりとそう言うと、にっこりと笑う。流石は元王族といったところであろうか。この町に来てから身につけるものは大分粗末なものへとかわったが、その優美さは何一つ変わることはなかった。
「ま、使う機会があればな」
「む、随分と大きく出ますね。後悔しますよ?」
「何度も言ったろ?再現性がなきゃ意味ないの。それこそもう後が無いときとか、死に際とかを除いて、そんな特殊な術に頼りたくはないね」
佐三はそう言うと手をひらひらと振って、裁判所を出て行く。もうじき準備も整う。ベルフを連れて遠くへ行くのも久しぶりのことである。
(町でなまらせた感覚が戻ればいいんだが。最近は色々上手くいっているせいでどうも心に張りがない)
佐三はそんなことを考えながら肩を回す。自身で漠然と気付いてはいたのだろう。自分に一種の緊張感が抜けていることに。だからこそ、一時町を離れようとしたのだ。
そしてだからこそ、ゆっくりとその足下がぐらついていることに、佐三は気付いてはいなかった。
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