異世界の愛を金で買え!

野村里志

エピローグ0 出会いと別れ

 












 ガシャン、ガシャン、ガシャン


 発電機が動き出す。繋いであった電球が一斉に光り出した。けたたましい音を立てながら動くその機械は佐三の元いた世界のものと比べればはるかに効率の悪い代物だろう。しかしこの世界においてはそれは珍しいものであり、隣に立つベルフは何事かと言わんばかりに身構えていた。


「しかしこんなに早くに試作機ができあがるとはな」


 佐三はその機械を眺めながら感心する。


 佐三の計画のように、産業革命に近いものを起こすのであれば機械化による自動化と大量生産は必須である。その科学技術力の下地として学者を王都から招聘していたのであるが、そこから先の変化は佐三の想像以上に上手くいっていた。


「いやはや、これも技術者がいるこの町だからできたことですな。他の町なら、少なくとももう二年はかかっていたでしょう」


 佐三の横に立つ学者が言う。彼は自分の理論に基づいた機械が上手く動いているのを見て大変満足そうにしている。それは技術者達も同様であり、彼等も思い思いに試作機が上手く動いていることを喜んでいる。


(しかし、この町に技術者が集っていたのは驚きだったな。彼等も職を求めてこの町に来ていたのか?いずれにせようれしい誤算だ)


 佐三といえど、町の産業や人の流入に関して全てを把握しているわけではない。それに元々そこまでの管理体制を敷けるとも思っていなかった。だから必要最低限のこと、つまりは治安および取引に関する法の整備や水道などの公共施設の用意にのみ注力していた。いわゆる『小さな政府』を目指していたのである。


 しかしこうした放任主義は逆に言えば干渉がないということである。変なしがらみの存在しないこの町は商業に最適であり、積極的な競争が生まれていた。その副産物として、知らず知らずの内に技術者なども入ってきていたらしい。佐三が取りかかった産業の高度化は華麗なスタートダッシュを決めていた。


 うれしい誤算は他にもあった。それはこの世界の学問がことのほか発展していたことである。これはフィロのお陰でもあっただろうが、王都にはかつてフィロ同様に学者を保護していた富裕層がいたらしい。しかし主神教が勢力を伸ばす過程で、その影をひそめていたのである。そして最後の支援者であるフィロを助けたことで、最終的にその果実を佐三がいただくことになったのだった。


(うまくいきすぎて恐ろしいくらいだ。だが経験上、前の世界でもプロジェクトが何のトラブルにも見舞われなかったことはない。となると今後の反動が恐いもんだが……)


 佐三はそんなことを考えながらこれからのリスクを考える。経営者たるもの、必要なのは上手くいかせることではなく、上手くいかない場合の想定と準備である。佐三はそう思っていた。


「とりあえず、この試作機を改良してみてくれ。できればもう少し小型化したいし、効率も上げていきたい。何より出力が低すぎて実用化はまだ先だろうからな。予算はきちんとつける」
「そうですな。私どももそう考えていました。だがこの町でならば、やってみせますぞ」


 学者はいきいきしながらそう言うと、発電機を停止させる。停止させたことで電球の光が消えた。


(しかし電球が既にあるとはな……。こりゃトーマス・エジソンもびっくりだ。俺はこの世界はてっきり中世ぐらいのレベルだと思っていたが、こりゃひょっとすると近世、下手したら近代ぐらいまであるんじゃないか?)


 佐三は一連の装置を観察しながら考える。そもそも電球が存在するのであれば発電機などあってしかるべしな気もする。しかしそこがあべこべになっているということは、何かの理由があって技術が後退したのかもしれない。実際に佐三がいた世界でも中世の西欧では教会によって文明が逆行した時代がある。


 それに技術として存在するのと、それが普及しているのはまた別の問題である。佐三がいた現代社会だって、日本やその他の先進国を出れば、夜には月明かりしかない場所はいくらだってあるのだ。


(もしかしたらこの世界でも別の場所では、科学技術が進んでいるかもしれないな)


 佐三がそんなことを考えていると、ベルフが興味ありげに電球の匂いを嗅いでいた。


「なあ、サゾー。この光る物体はなんだ?ほのかに温かいぞ」
「あまり触るなよ。雷が流れて死ぬぞ」


 ベルフが電球を恐る恐る触ろうとしていた手を、慌てて引っ込める。佐三は笑いながら「冗談だよ」と言った。


「いっ、痛っっ!!」
「………」


 ベルフが無言で佐三の尻に蹴りを入れる。けっこう力がこもっていたのかそれなりにいい音がした。


「お前……それは洒落にならん……」
「サゾーも学習しないな」


 腕組みしながらベルフが言う。佐三も負けじとベルフを煽り返していく。そんな二人を周りは微笑ましく見ていた。


























「随分上手くいったみたいですね」
「なんだ、フィロ。来ていたのか」
「はい。学者の皆様に挨拶がてら。……皆さん随分浮かれている様子でした。いつもなら私が来たことを喜んでくださるのに、それどころではない様子で。少し妬けますね」


 実験が終わり、佐三が一通り話し合いをしてから帰ろうとしていたところ、フィロがやってくる。


「ベルフ様もこちらにいたのでは?」
「ああ。あいつなら話が難しいって言って仕事に戻ったよ」
「そうなのですか?でも、ベルフ様が仕事に戻るくらいでしたら、よほど嫌だったのですね」


 フィロは笑いながらそう言う。佐三も「違いない」と言って笑った。


「しかし今回の件はフィロのお陰でもある。ありがとうな」
「え、私はそんな……」
「フィロが保護していたお陰で、彼等のこの町に来てくれたわけだし、おかげでこの町もさらに発展しそうだ」


 佐三はあくせく働いている学者や技術者達に目を向ける。彼等は非常に意欲的に動いていた。


「だとしても、サゾー様のお陰です」


 フィロの言葉に佐三が視線を戻す。フィロは少し気恥ずかしそうに続ける。


「貴方が助けてくれなければ、私は今頃王都で亡骸になっています。彼等もこんなに明るく暮らしてはいなかったでしょう」
「……そんなもんかね」
「そんなもんです」


 フィロは微笑みながら言う。佐三は「どうだか」といった様子ではぐらかした。


「いずれにせよ、サゾー様。貴方が私にとって命の恩人であることには変わりません。いつかその恩を返させてください」
「まあ、着せられる恩は着せておくかね」


 佐三がそう言うと再び発電機に視線を戻す。その恩返しをうけることはあるだろうか。その発電機の存在は佐三のもう一つの目標にもつながっていた。


(あの神殿にある装置、あれが電力で動いているかどうかは分からない。だが動力を生み出せたなら……)


 佐三は以前映し出された東京の光景を思い出す。少なくとも投げた石が向こう側に消えた以上、あれが扉である可能性は高い。他にもハチのもっている刀などから、世界がつながっているという可能性は十分にあった。


「……まあ、先のことなんて分からないか」


 佐三は静かにそう呟く。


 長き異世界の旅路に、終わりが近づいていた。













コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品